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結構遅くまでシノの部屋で話をしていたはずなのに、何でこの二人はこんなに元気なんだろう、と思いながら後ろについて歩く。前方には隊長さんともう一人、騎士の方が露払いしながら進んでいる。お忍びなので帯剣はしているものの服は普段着だ。
前夜の話し合いで決まっていたのだろう、二人はあちらこちらと店に入っていく。時折こちらに矛先が向く会話に受け答えしながら、僕は僕で目ぼしい店に当りをつけながら着いて行く。
「シュウ、再会から暫く経つのに贈り物がリボン一本とはいただけんな」
僕だって今日、なにかしら買い求めるつもりでしたよ!今回の話があった時からそう決めていたのに……まぁ、もう一回くらい二人で散策できる機会もあるだろう。その為にも今日は情報収集だ。
「朴念仁なもので、忙しさにかまけて失念しておりました」
「シノ、君も多少はねだった方が良いぞ?物分りが良すぎる女は都合の良い女にされてしまう」
ドリスさん、機嫌が良いなぁ。その調子でノヴェストラ公にもおねだりしちゃえよ!
「シュウはまだ心に定まらぬ事が多いようです。私もその中の一つということでしょう」
シノも何言ってんの?!貴族ならいざ知らず、平民がそんな若い内から相手を決めるなんて、と考えたところで気がついた。僕も貴族じゃん!!
「行く道もはっきりしない若造です。女性にだけは手が早いなどと、そんな小僧は御二人共嫌いでしょう?」
「「たしかに」」
ハモったところで二人は店に入る。ついて行こうとしたが止められた。
「男は表で待っておれ。下着に興味があるなら止めはせんが」
興味はあるけど待ってます。忠犬宜しく佇む三人。通りを行く女性の視線が痛い。
「これ、ついて行こうが待っていようが恥ずかしい事に変わりはないのでは……」
「はは、そうですな。我々が正装なら主の買い物を待つ騎士と見られましょうが、いかんせん普段着三人衆では致し方ありませんな」
苦笑いしながら日常を装って周囲に気を配る。視線に引っかかる者はいないけど、ずっと跡を尾けられている。
「何故今日は馬車をたてないのですか?」
「仰々しく道を行けば御家の耳に入るからと。ここではいつも街歩きですな」
「そうは言っても流石に都に到着した事は御存知なのでは?」
「ええ、御存知です。もう一人前の年齢で御役目にも就いている。孫や娘とはいえ、過剰に係わる事はしない、と本家でもここでも皆さんそういう建前なのですがな……」
「本音は構いたくて仕方がない?」
「ははは、細かい居所が知れれば偶然を装うくらいの事はするでしょうな」
日常のドリスさんをあまり知らないし、普段こんな話はしないからなんか新鮮だ。名高いシュライト家はもっとガチガチの御貴族様かと思っていたが、どうやら違うようだ。武家の頭領とその娘という立場ではまた違うのかもしれないが、家族という関係の内では幾分柔らかいのだろう。
暫し会話をして、出て来た二人が持つ包みをそれぞれが受け取る。僕は鞄へ、お供の騎士の方はそのまま手に。……親しくなったし、今度隊長さんに鞄を安く譲ろう。
「シノ、もうちょっと都の『様子を見たい』。少しペースを『抑えよう』。歩き疲れて『死にたくない』」
気配が剣呑さを増してきたため、僅かに表情が硬くなっていたシノに強調しながら伝える。様子を見て、行動を起こすなら抑える。生け捕りで、と。
「わかったわ、シュウ」
「何故シノに?今日は私が案内役だぞ?」
ドリスさんの雰囲気がいつもと違うがどうしたんだ?護衛の腕を信じきっているのとはまた違うような。どっちかというと……浮かれてる?
「はは、シノから言ってもらった方がお聞き届けいただけると思いまして」
誤魔化す。伝えて急に空気が変わると尾行者が消えるかもしれない。小銭が目的の破落戸ならばこんなに長時間尾行はしない。素早くカモを見定めてとっとと仕事にかかる。とすれば、誘拐、強姦、もしくは身分そのものが原因のなにか。隊長さんにも伝えてあるが、意見は概ね僕と同じだった。
相手に悟らせないように会話を続け、少し歩調を緩めて歩いていると、前方に人だかりが見えた。
「なんの騒ぎだ?」
「見世物や大道芸の類ではなさそうですな」
ドリスさんの問いに隊長さんが答えると、観衆の悲鳴と共に、抜いたぞ!と声が上がる。
「何処のバカだ。街中で刃傷沙汰とは。まさかギルドの人間ではあるまいな……取り押さえて来い」
隊長さんともう一人が中心へ向かう。それと見て取った背後の気配が害意を纏いながら接近してきた。
騒ぎを陽動に使って行動に移る、か。囮に使った二人を牢から出せる立場の人間が、最低三人に金を握らせ雇い、引き離す必要がある護衛を共にしている人間を襲う。厄介事の臭いしかしない。
シノとアイコンタクトの後に僕も二人の前に出る。背後を空けてやるから針に食いつけ。針のカエシはお前が思う以上にデカいがな。
「これだけ大きい首都ともなると、血生臭い騒ぎも起こるんですね」
後ろを振り返りながらそう言う。シノに転がされ、ナイフを握った手を後ろ手に捻り上げられながら呻く男に近づく。僕たちが最後尾なのもあって周囲の目は騒ぎの中心へと向いている。
「許可があるまで一言も喋るな。何を喋れば僕達の機嫌が良くなるか、それだけ考えておけ」
「わ、わかっ、ぐっ」
口を開いた男が呻く。腕の捻りが増したのだろう。まだ許可は出していないぞ、と言おうと口を開きかけた僕の頭に
(シュウ!何か変なのが近づいてくる!)
いつもののんびりした口調とは違い、緊迫したリュワの声が響く。警戒を最大に跳ね上げ、周囲の気配を探るが何も感じられない。
(変なの?妙な気配は無いぞ?)
(だから変なんだ。気配どころか周囲の音が伝わる空気の振動すらない。何も無い空間が近づいてくる!)
何も無い空間?……まさかそっちが本命か?!
(進路はドリスさんか?)
(うん、速度が上がった!!すぐそこだよ!)
振り返ると没個性的な、そこに居るのが当たり前といった印象の男がいた。
リュワが言う空間の内に入ったのだろう、周囲から遮断されたドリスさんが警戒を露にして首を巡らせる。こちらの敵意に気付いた男が驚いた表情でドリスさんに手を伸ばすが、僕はあらん限りの力で地を蹴ると男の腕を掴んだ。
「あなたが本命でしたか」
油断泣く男を見据え口にした僕は
(シュウ!)
という悲鳴に近いリュワの呼びかけに、眼へと差し出されるナイフに気が付いた。いや、気が付いてはいたがそこで初めて脅威だと認識した。
(なっ、見ていたのに反応しなかったのか?!僕は?)
咄嗟に空いていた右腕をナイフの軌道に置くが、痛みは男を捕らえた左腕に走った。同時に腕を捻られ、僕の腕から逃れた男は逃走に入る。
「シノ、ここは任せる!」
(シュウ、そいつ魔法を使ってるよ!対象の注意力を散らしてる!気配はおそらく魔道具。継続して魔力が顕現してるけど、弱くなって来てるから時間制限があるみたい!)
頷くシノと頭に響くリュワの声に頷きを返しながら、僕の血を浴びたドリスさんを残して男の背を追った。




