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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
二章 無念収めた匣の蓋
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 ギルド中央本部は連合を組む前のノルトライト王国の首都に暫定的に置かれていた。

 連合成立の経緯もあってノルトライト王家がこの連合の盟主となり、その関係もあって今のところはかつてのノルトライト王国の王都が連合首都となっている。ギルド発足の発表と同時に新都建設も発表され現在建設が急がれている。遷都が済めばそこに移ることになるだろう。故に、今のところは、と付く。

 ちなみにシュライト家もノルトライト王国貴族である。それも王国の『フォー・ライト』と呼ばれた、姓にライトが許された四貴族の内の一つという高貴な一族。


「という事はここもまもなく旧都と呼ばれる事になるのですか?」


「そうですな。新都が出来次第、中央執政機関は軒並みそちらへと移ることになりますな。その為、設立間も無いギルド本部は仮普請の有様です」


「道理で街の外れにあるわけですね」


 そう、街の中央には深い歴史を感じさせる建物が見えているのに、ギルド本部はちょっと豪勢な倉庫、といった具合な趣きだ。とてもこれから数日間、ここでお偉い貴族様方が集まって会議を行うとは考えられない。


「今の冒険者の質を考えればここで良かったとも言えるがな」


 ドリスさんが馬車から降りながら答える。


「新都の方には冒険者が出入りする建物と本部建物を分けて作っている。さすがにお偉方が集まる区域に冒険者を出入りさせるわけにはいかん」


「でしょうね……」


「だが、何時までも距離を空けたままでは軋轢も生じるだろう。先だってドリス殿が立てた武勲を稀な例にするわけにはゆかぬ」


 鋭さを感じさせる声に振り向くと、数名の護衛を従え威風を纏った偉丈夫が立っていた。


「ノヴェストラ公爵様。アレスト支部長ドリス・シュライト、只今到着いたしました」


 ドリスさんが腰を折る。という事は僕らが取れる姿勢は一つ。膝を着き頭を垂れる。


「ご苦労。しかしドリス殿、貴女に畏まられるのはまだ慣れぬな。御父上は息災でおられるか?」


「はい、多忙の身ゆえ公爵様と旧交を温める暇もないと嘆いてはおりますが」


「私も一度ゆっくりお話に伺いたいが、此度も貴女に手紙を託すことになりそうだ」


「父からも預かってきております。かけていただいた御言葉も伝えておきます」


「おお、頼む。……そこに控える二名はひょっとして私が頼んだ者達か?」


 うええ、二名って僕達の事か?


「はい、例の事件の要となった者達です。アレストギルドのトップチームでもあります」


 ドリスさんの旅中の暇潰しに呼ばれたんじゃなかったのか……しかもノヴェストラ公って事はギルドのトップ。


「後々の楽しみと思っていたが早速会うとはな。許す。顔と名を」


「お前達、御挨拶のお許しをいただいたぞ。顔を上げよ」


 後々のって……後で詳しく問い詰めてやる。

 ドリスさんの言葉の後にゆっくりと顔を上げる。


「お初に御目にかかります、ノヴェストラ公爵閣下。アレストギルド所属、冒険者のシュウと申します。護衛中につき帯剣のままの挨拶、御無礼は御容赦下さい」


「同じくアレストギルド所属、シノと申します。私も護衛中につき帯剣の身、公爵閣下への非礼をお詫びいたします」


 冒険者の口上に護衛の騎士達が驚いている。一通り『眼』で見るが悪意はなさそうだ。ちょっと安心してすぐに頭を下げる。


「……ほう、ドリス殿が気に入る訳だ。その若さで弁えている。しかも腕が確かとなれば現在のギルドには宝だな」


「彼らは今のところ特別中の特別です。が、他の冒険者もここまでとはゆかずとも、磨けば光り始める者も出てくるかと」


「うむ、問題はどうやって磨くかということだが……ドリス殿にはなにやら考えがある様子だ。会議を楽しみにしておこう」


「御期待に沿いますよう、努力いたします」


「ではその時に見えよう。今回は楽しみが目白押しだ、ははは」


「はい、では失礼いたします」


 本部に到着の報告に向かうドリスさんとは逆に、ノヴェストラ公は馬車に乗り込みギルドを後にする。遠のく存在感を背に受け、我知らず進む足が速くなりそうだった。


 


 街に入ってギルドに直行した僕達は、いよいよ街の中心へと歩を進める。アレストよりも広いその都は通りの左右に煉瓦、石、木造と様々な様式の建物が並んでいるが、雑然とした印象ではなかった。それがこの国の持つ雰囲気なのか、それともノヴェストラ公の印象が後を引いているせいなのか、僕には判断がつかない。


「どうだった、シュウ。ノヴェストラ公の印象は?」


「気圧されました。ギルドを束ねる人物としては、あれほどの威風をまとった方でなければ務まらないのでしょうね」


 ドリスさんが嬉しそうな表情を浮かべる。意外だ。常ならば、大物相手にいきなりの挨拶、してやったりといった顔をするかと思った。


「公はワスボウトの戦神と謳われた尚武の御方だ。ノヴェストラの家風もあるのだろうが、それだけではない。武を以って人の上に立つ、その理想像をそのまま体現なされた方だ。武のシュライトといわれた我が家との付き合いもそういった面が大きい」


「公国侵攻においてワスボウトを守りきった御方と聞きました」


「うむ、四倍の敵軍を城砦に釘づけにし、連合援軍と策を用いて討ち払った名将だ。当時二十歳の若さで、だ。途中で当主の御父上が到着なさってからも実際の指揮を執られていたそうだ」


「援軍を率いていたのはシュライト様の御祖父様とか」


「それ以前にも戦場で幾度か相見えていたと聞いた。年若い敵将とはいえ何か通ずるものがあったのだろう。連合が成ってからは親しくしていただいている。当時幼かった私もよく遊んでいただいたものだ」 


 我が事のように誇るドリスさんの頬が少しだけ赤い。成程、何やら掴めてきた。僕への悪戯など頭の隅にも無かったのだろう。


「先程も仰られたように、今回お前達を連れてきたのは公の御要望があったからだ。御懇談の機会も設けていただけた。くれぐれも失礼の無いようにな。私の面子を潰すなよ?」


 へっへっへ、解りました姐さん。姐さんの恋心を潰すような真似はしやせんぜ。


「気を引き締めて伺わせていただきます」


 シノも頷いている。やる気十分なのは女性同士の謎の連帯感によるものか。

 宿の前で馬車が止まる。ここが僕達の宿なんだな、と雇い主に挨拶をする。


「ではシュライト様、僕達はここで。明朝に別邸の方にお迎えに上がります」


「何を言っている?私達の宿もここだ」


 僕とシノだけだったが、今度こそ驚く。 


「は?シュライト家のお屋敷でお休みになられるのでは?」


「あそこには御祖父様と兄上達がいる。顔を出せばどういう話になるかは考えずとも判る。会議が終われば出立前には挨拶に寄るが、此処のほうが身も心も休まるのでな」


 適齢期が過ぎているとはいえ、そういう話もまだあるのか……そりゃ憂鬱ですよね。心に決めた御方がいらっしゃいますもんね。

 僕達の気は休まりませんが、ささやかな協力をしましょう。上手くいくように祈ってます。

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