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がらがらと回る馬車の車輪を僕の肩に乗ったリュワがぺしぺしと叩く。
馬車の中から腕が伸びてきてひょいと肩の上からリュワを掻っ攫う。
「リュワ、そのような遊びをしていると巻き込まれるぞ?中においで、コレットと遊ぶと良い」
これで僕の道連れは全員馬車の中に連れ去られた。残りの時間をのどかな街道の景色を見ながら過ごすには先行きは長い。
「ははは、シュウ殿は先程から遊び相手を取られてばかりですな」
「人を惹きつける事においては、まだまだシュライト様の足元にも及ばないと、そういう事でしょう」
以前の作戦行動で顔見知りになった騎士隊長さんが、話し相手になってくれるらしい。
「私もできれば楽をしたい。シュウ殿と話をしながらお呼びがかかるのを待つとしよう」
それは無いな。
「次は僕の番かもしれませんよ?」
これも無いだろうな、と思いながら軽口を叩く。おそらく馬車の中は、もう外の事など気にも留めてないだろう。広がる平原や、近寄っては離れていく森を眺めながら街道を進む。
「冒険者ギルドが活発に動き始めてからは、街道筋も幾分安全になりましたな」
確かに、そういう声は聞こえてくる。街道沿いの森の浅い場所に潜む、魔物の中でも下位に属する生物は、冒険者達の格好の獲物だ。しかし。
「その評価はいささか早いかもしれません」
「と、言うと?」
「魔物の影が薄くなったのは事実でしょう。問題はその空いた領域に何が入り込んでくるかです」
肉食の獣ぐらいならまだ良い、彼らは腹がいっぱいになれば引き上げる。商人の荷までは狙わない。いざとなったら食料を放り出して逃げれば良いのだ。
「最も貪欲な生き物は人ですからね。騎士団の皆様の仕事が増えることになるでしょう」
「確かに、手配書の数もジワリと増えてきていますな」
「これからでしょう。商人達がこう噂を始めれば飛躍的に増えますよ。『連合国家の街道は安全だ。行商で一旗あげるならあそこしかない』とね」
「その噂が無法者を呼び寄せることになる、ですか。確かに、それはもうすぐの事かもしれませんな」
安全な場所というのは人を惹き付ける。人は金を、金は賊を呼び込み、危険が増えれば安全を確保する仕事が増える。
「主な街道だけでも街道警備の必要がありますな……具申してみましょう」
「そうですね、日々行き交う旅人や商人と騎士団の皆様がより近くなれば、良いことも増えましょう。彼らは情報伝達の担い手でもあります」
「ふむ、シュウ。そこにギルドが食い込む余地は?」
あなた、馬車の中できゃいきゃい騒いでらっしゃったじゃないですか
「騎士団の皆様が主街道なら、我々は街や村を繋ぐ細い道でしょうか?この間のような連中は、往々にして孤立しがちな村を狙いますし」
「成程、そのような道なら森の狭間を通ることも多い。魔物の出現率も高いな。確かにギルドの領分と近いかもしれん」
「そうですな、騎士団とギルドの共同作戦の機会も増えるかもしれませんな。すぐではないでしょうが、訓練に関しても何か行うべきか……」
それにはまだ障害も多いけどね。
「その為にも、ウチの所属員諸君にはもう少しマシな態度になってもらわないとな」
「それは今回のシュライト様の頑張り次第でありましょう。ランク制度が導入されれば、上に行くには人間性や協調性が不可欠になります。より良い稼ぎを求めた時、礼儀や対人作法が必要なら、彼らもできる範囲で努力しますよ。先程も言いましたが、人は貪欲な生き物ですから」
リュワの服や食器類を作り揃えた僕とシノは、それまで稼ぎ過ぎていた為に長期の休日を取るつもりだった。そこに、ギルド長会議出席の為に中央本部までの警護を、とドリスさんから依頼があった。冒険者ギルドでは珍しい個人依頼である。完全に気を緩めていた僕とシノが、慌てて準備をして現在馬車の横、という訳だ。
「ほう、そういう攻め方もあるか。良い事を聞いた」
これ以外にどういう攻め方するつもりだったんですか?!
「確かにこの前の帰り道では、シュウ殿に我々と冒険者達の間に入ってもらいましたからな。彼らが実力を認める者が、我々も認める者であれば、意思の疎通は格段にし易くなります」
あの時は大変でしたよ……あれで捕虜でもいた日には、僕も役目を放り出して先に帰ってました。
「おかげで騎士団の皆様にも『天敵殿』等と言われる始末でした」
「はははは、我々の中でも噂の的でしたな。シノ殿とお近付きに、と目論んでいた者もシュウ殿の人となりで諦めておりましたよ」
そんな不埒者がいたんですか……
「くくく、我が友人に手を出そうとは。シュウの目を潜り抜けていたら、もっと酷い事になったかもな」
「シュライト様は過保護なのですね」
「シュウに言われるとはな……」
「ははは、お二人共。シノ殿がお困りのようですぞ」
まだまだ景色は変わらない。途中途中で一息つき、馬にも休息を入れながら一行は進む。
馬車の外では二人一組が散らばって、周囲に気を配りながらも旅中の閑をひそひそ話で埋めている。それは今夜の警備体制であったり、着いた先での遊興についてだったり。
シノとリュワを取られた僕は、取った本人と騎士隊長と色気の無い話をするしかない、と思っていたが。
「シノ」
「うん、少し向こう。こっちに気を向けてるわね」
僕の呼び掛けに応じて馬車から降りてくる。顔は真剣だ。
「魔物です。先行して処理します。このまま前進を」
「よし、行け」
ドリスさんの言葉と同時に飛び出す。
「先制を頼む」
「解ったわ」
前方、木立に二十歩程入り込んだ辺りにシノが魔力を繰って衝撃波を飛ばす。
前足に着弾したらしく、体制を崩したところに接近速度を上げた黒い短剣と鉈が迫る。
魔物は、何とか避けられる速度で飛び込んだ僕を見ながら身をかわすが、残念。
「ハッ!」
という鋭い呼気と共に細く短めの両刃直剣が、左目から入って頭を貫き魔物が一匹この世から減った。
シノがずるりと剣を抜き、血振りの後に死体の毛で拭ってから鞘に納める。
通常なら解体作業に移るのだが、今回は護衛。毛皮は諦め牙だけ鉈で叩き折る。木立の奥へと魔物を引きずり、魔力も使ってさらに奥へと放り投げる。他のはこっちに出て来ないでね。
「二人の狩りを見るのは初めてだが……話に聞いていたとおり凄まじい早さだな。相手は何だ?」
「滑刃獣の一種ですね。牙が四本の猪型です」
毛が太く弾力があり、おまけに油を纏っているので刃が非常に滑りやすい。突進と牙は要注意だが罠に嵌めるのが容易なので、新米冒険者のいい稼ぎ相手になっている。
「それが牙か。曲がりも少なく大きさも良い、象牙細工にはもってこいだな」
「本部で処理していただきます」
「まったく、君達は……金より素材は相変わらずか」
入ったと思ったら出てきた僕達に、騎士団から感嘆の声が漏れる。あの二人は特別だ、お前達は魔物を舐めてかかるんじゃないぞ、と隊長さんが訓示を与えている。
その後、シノはすぐに馬車の中へと拉致され、魔物と先程の戦闘の事を僕に尋ねようとした隊長さんが、ずるいですよと部下の方々に非難されていた。




