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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
二章 無念収めた匣の蓋
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9

 翌日顔を合わせたシノは、少し目が赤くなっていた。


「夢で、褒めてもらえた……」


 肩に手を置いて頷いた。良かったねと声をかける。

 それからは連日魔物を狩った。リュワの身体を作り上げるためだ。ちまちまと部品だけは作ってはいたが、いくらなんでも待たせ過ぎだとシノにも言われた。錐突鳥から羽毛を、潜顎蛇からは鱗、硬皮獣からは皮を。それ以外にも情報が手に入る魔物は狩っていった。

 三人での連携を確かめながら、稼ぎを抑えることを気にせずに狩りまくる僕達にドリスさんも呆れていた。


「シュウ、シノ。そろそろ控えてくれ。素材の在庫が余り始めた。流通量を一気に増やすと市場が混乱する」


「申し訳ありません。シノとの連携も確認できましたので暫く大人しくしておきます」


「そうしろ。私もアリーシャもシノとの時間が減っている。独り占めは感心せんな」


「最近はドリス様が私にも御気を配っていただくせいで、僕の事は御見限りかと嘆いておりましたよ?」


「なんだ、寂しくなったのか? くくく、そういう事なら何か考えておいてやろう」


 シノとドリスさんが親しくなってから、こういう感じで挟撃される事も多い。それは僕に限った話ではないから三竦みでじゃれ合いは続いている。

 ギルド前でシノと別れ、僕は工房区へ。問屋で各材料を買って今日は彫金工房へ向かう。細かい道具を借りながら最後の部品を加工し終えた。

 月明館に帰り着くと、シノが街歩きの結果報告をアリーシャさんにしていた。

 

「ただいま戻りました。シノ、シュライト様と約束したし暫く休みにしよう」


「おかえりシュウ。休日ね、わかったわ。アリーシャさん、明日お仕事の合間にでもさっきのお店に行きませんか?」


「わー、行こう行こう!シュウ君も行く?」


 ぼく、ついでみたいにさそわれるの、さびしい。


「いえ、僕はしばらく部屋に篭ることになると思いますので、お二人で楽しんできて下さい」


 三日くらいで完成すればいいなぁ……

 

 それからは寝起きだけは規則正しかったがそれ以外は制作に没頭することになった。

 細い中空の鉄管をカットして作っておいた、背骨から尾への骨組みの中に細く束ねた僕の髪の毛を通す。その骨組に伸縮性を特性付与した魔物の皮を筋肉状に貼り付けていく。接着剤も接着力を極限まで特性付与して使用する。各関節や筋肉に神経に見立てた髪の毛を仕込み、それを背骨に仕込んだ束ねた髪の毛へと繋げていく。

 大きさ五十cmほどの人形を、人体構造をできるだけ再現しながら作っていくのだ。目と指先が悲鳴を上げる。特に顔。味覚再現の為に口中には髪の毛を念入りに仕込む。ここまで来たらついでだと各感覚器官にも繋げていく。

 

 全身全霊をかけて製作に入った僕が部屋から出てきたのは、予定を一日オーバーした四日目の夕方だった。いつも僕達を助けてくれるリュワの為だ、という情熱が無ければとっくに放り出していたような、精緻な人形が出来上がっていた。


「あ、シュウ君出てきた!篭りきりで何……大丈夫?物凄い疲れた顔してるよ?」


「こ、こんばんはアリーシャさん……今日はゆっくり寝ます……申し訳ないんですが、明日の朝食は大盛りで部屋にお願いします」


「それは良いんだけど……」


 後のフォローをシノに任せてよろよろとお風呂に向かう。コリがほぐれて湯に溶け出す。このまま寝そう……ヤバい。沈んだ体を起こすのにあらん限りの力を振り絞り、その日は寝た。




 翌日、朝食より随分早く起きて、向かいの部屋を静かにノックする。朝の精神修養をしているからシノは起きているはずだ。

 僕の部屋へと集合してお披露目をする。とはいっても特性付与しながらリュワは見てたけど。


「ごめんね、リュワ。随分待たせちゃったね。やっと出来たよ!」


「やったー!シュウー、ありがとうー!!」


「良かったわね、リュワ。それにしても、私はぼんやりとした輪郭ぐらいしか判らなかったんだけど……これがリュワの本来の姿なのね」


 ぼんやりでも輪郭見えれば凄いんだけどね。他の魔道具職人はぼんやりした球状にしか見えていないはずだし。


「シュウはー、細かいところとかー、色とかも見えてるからー、楽しみだったんだー!」


 中性的どころか中性の顔に白い肌。羽は血の通った(通ってないけど)肌の白とは違って純白。下半身は綺麗なパールの入った青緑の鱗で覆われている。


「でもリュワ、残念なんだけどこの体は僕たちがいる所でしか見せないでおいてくれるかな?」


「わかったー、魔道具人形が増えたらー、またみんなー、大騒ぎになるもんねー」


「ごめんね。その代わり食べ物の味は判るはずだよ。朝御飯、みんなで食べよう!」


「うんー!やったー!!」


 人形に手を置いて潜る。向こうでリュワが僕を伝って人形に宿った。

 戻った僕とシノが見たものは、僕の右腕に巻きつき羽で手を抱えて人差し指を甘噛みするリュワだった。

 楽しい時や嬉しい時はこうなるんだな。


「ほんとだー、味が判るー!!シュウの指ー、ちょっとしょっぱいー!」


 上手くいくかどうか緊張して汗かいてたからです。


「リュワ、人の身体の味はあんまり言わないでね。それは汗の味だよ」


「わかったー!シノに貰った髪の毛もー、さらさらー!気持ち良いー!」


 お墓に行った時にちょっとだけ分けてもらっておいた。僕の髪よりも綺麗だったから。


「喜んでもらえて良かったわ。これから三人で色んなもの食べようね、リュワ」


「いっぱい食べるー!!」


「食べた物はお腹の中の袋に溜まるようになってるから、いっぱいになったら水分を抜いて小さく固めて、下半身に開いてる穴から出してね」


 すいません、人体に勝る機構は無いと思い知りました。人と同じだー!と喜んでいるからこれはこれで良かったんだろう。出てくるのは固形の粒だと思うし。


「シノー、僕裸だからー、今度服作ってー」


「良いわよー!どんなのが欲しいの?」


「んっとー、おすましなのとー、シュウが良く着てるのとー、シノが持ってる藍色の着物とー、二人とお揃いの鎧ー!」


「わかったわ、今日から作り始めるから待っててね!」


 今日からはシノが篭るのか……鞄から返り血で汚れた袴を出す。これも藍色だ、血を避ければ作れるだろう。


「鎧は僕が作るよ、ダフトさんの工房で良く見てたから作り方はわかると思う」


「やったー!」


 少し浮いてすいすいと動くリュワ。シノの腕を登って肩の上に陣取り羽でさわさわと顔を撫でている。シノもリュワをつついたり撫でたりと、くすぐったそうに笑いながら過ごしていると、ノック。

 すいすいっとベッドの下に隠れるリュワ。


「おはよう、シュウ君……とシノちゃん。じゃあ、御飯は二人分テーブルに置いておくわね」


「はい、ありがとうございます」


 パタンとドアが閉じられるとリュワが結構なスピードでこちらに来る。そんなに楽しみだったのか……これからは待たせないようにしよう!

 と、決意したところで重大な問題に気がつく。


「……リュワ、どうやって食べさせればいいかな……」


 羽でナイフとフォークは使えないし、犬食いなんて絶対にさせたくない。ウチのリュワちゃんはお上品ザマス!


「こうやってー、食べるよー?」


 ナイフとフォークを浮かせているが、そもそも縮尺があってない。無理だ。


「きょ、今日のところは爪楊枝で我慢してもらいましょう」


 とシノが給仕に回りつつ、初めての三人での食事はちょっと締まらない感じで始まる。

 リュワは美味しい、美味しいと僕とシノに味を教えてくれる。

 その様子は僕達の顔を綻ばせ、リュワは自分の望みを自分で叶えた。

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