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意外なのか当然なのか、向こうの剣術では刀を扱った。
案内役の彼の言うことには良いチョイスでしょ?とのことだ。
「まぁ、小船の中の業物を無駄にするのも惜しいし、ちょちょいと細工もしてあるしね」
修練が終わり出発を間も無くに控えてどこか見覚えのある家の正体が分かった。
気安くなった彼が教えてくれた。
「小さかったからおぼろげにしか覚えてなかったけど……そうか、祖父ちゃんの家か……」
「是非にここを、と言われてね」
「居るんですか?こっちに!」
「うん。だけど会わないって」
そりゃそうだろうな……自ら命を絶った不心得者で、不幸者だ。違う魂が生ききったとしても、自分の子供に辛い顔をさせた存在に会おうとは思わないだろう。
「言伝を預かってる。『わしらと会うのはもっと後だ。親より先に会いに来るな、馬鹿もんが!次は精一杯全うして来い』って、心配しながら言ってたよ」
「……」
「修坊にって贈り物も預かってる」
「贈り物?」
「物っていっても形ある物じゃないけどね」
そう言って修に手をかざす。見えない何かが魂に足され、三年間で強くなった魂の器が広がった。
「今のは『センスロックの解除』と、『技能上達速度上昇』の祝福だよ。どの程度の上昇率かはお楽しみってことで」
「センスロック?」
「要は才能さ。何かをいくら練習しても上手くいかないって事なかったかな?」
「ありすぎました……」
「それは才能にロックがかかってるからなんだ。地球では魔法にロックがかけられるし、生まれる時にも数多くの才能に枷がかかるんだけど、それを一切合財取っ払ったんだ」
それは良いのだろうか?そりゃ多芸多才な人はいるけれど、これは努力が必ず全て実を結ぶと保証している事に他ならない。
「君の魂についたクセは『諦め』。それを打ち消すためには何でも良い、自信をつけていく事しかないんだ。先が見えればやる気も出るだろう?」
「祖父ちゃん、祖母ちゃん……」
「懐かしそうに言ってたよ、小さい頃に上手くできたねって褒めると例えようもなく可愛らしい照れ笑いしてた、って」
「伝えといてください。次は胸張って会いに行くからって。ありがとうって」
何時からだろうか、何をしても上手くいくわけないって諦念に縛られたのは。
努力しても叶わない事もあるけど、全ての努力が無意味じゃない事くらい判りそうなものなのに。
「んじゃ、俺からも感謝の気持ちを渡さないとな」
と、襖を開けてザックが入ってきた。
「また後でって言ったきりだったからもう会えないかと思ってたよ」
冗談めかして言うと、心外だといわんばかりの返事が返ってきた
「んな恩知らずじゃねぇよ。それもダチから受けた恩義だぜ?これ返さないくらいなら消えた方がマシだ!」
予想外の強い口調に戸惑い、聞こえた単語に驚く。
「ダチ……僕が?」
「嫌だっつっても俺に取っちゃお前はダチで恩人だ。次はどれくらい後に会えるかわかんねぇけどな」
「嫌なわけ……恩はこっちだって……その、言葉だけで……ありが、とう」
長く憧れていた友達、という言葉に胸の奥を押されて溢れてくる何かをこらえ、途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「挨拶だけで済ませねぇよ。ほら、受け取ってくれ」
またも魂に何かが足される。広がった器に力が満ちる。そして全体に染み渡り逞しさが増した。
「俺の身体能力をお前に付け足しといたぜ。人外を狩ってた世界のモンだ。最期はチンピラに後れを取ったが、あん時は尋常じゃないくらい飲んでたしな。向こうの奴らがどんなモンか知らねぇが……いいとこまで行けんだろ、多分」
ニカっと笑って手を差し出すザックに涙混じりの笑顔を返しながら、手を握る。
「前世の鬱憤晴らして来い!好きに暴れりゃ良いんだよ!見てたんだろ?俺のやり方!」
頷く。今決めた。今度は我を通す。撥ね退けて推し通ってやる!
「んじゃ、またな。次会った時は面白い話し聞かせろよ。胸がスカッとするヤツな」
そう言うと手を振りながら、修の、ほぼ初めての親友は出て行った。
「ではそろそろ送るよ……っとその前に。私からも一つ」
そしてまた魂に足される。淡く鋭く包んだ光が周囲の景色を魂に送り込み、視界を鮮烈に彩った。
「それは『情眼』。一種の鑑定眼だけど、対象が持つ感情程度しか測れない。場合によっては酷く曖昧な感じ方になるかも知れないけど、迂闊に騙される事はなくなると思うよ」
「ありがとう、この台詞ばっかりだけど、ほんとに……」
「それが最上の言葉だよ。さ、頑張って楽しんでくるんだよ」
うん、行ってきます、と言おうとしたけど声が出ない。
「魂と身体を同調させ始めたからね。私も土産話、楽しみにしてるよ。じゃ、またね」
それを最後に意識が消えていく。前回と違って絶望は影も形もなく、言葉にできなかった感謝の気持ちは胸の内で皆に届いたと確信しながら。
「また砂利か……」
目が覚めると砂浜に倒れていた。
横には小船が打ち上げられて傾いでいる。
身体を起こして確認するが、矢傷はなく倦怠感も疲労感も感じない。衰弱もしていないようで、気分はたっぷり寝た後そのものだ。
「周囲に脅威となる存在は……大丈夫みたいだな」
砂浜はそこそこ遠くまで続いてるようで、遠目に木立が見える。
一先ず自分の持ち物の確認からだな、と船の周囲に眼を向けるが荷物と言えるものは見当たらない。
船の中に行李が二つあるのを見て蓋を開ける。
「こっちは食料と水……雀の涙だな、こりゃ。こっちは……衣類と装飾品。換金目的で詰めたのかな?」
その中に手鏡があるのを見て、自分の容姿を確認する。
大人しそうな顔立ちに、伸ばした髪を後ろで結わえた姿。前世での自分にも何処となく似ているからかそこまで強烈な違和感はなかった。
「大人しそうな顔で舐められてた部分もあったんだろうなー」
他人事のように言えるのは、ザックが見せてくれた人生に拠るところが大きいんだろう。
身体は映像で垣間見た若君よりも少し逞しかったが、それでも細身だろう。おそらく上乗せされたザックの身体能力の受け皿として少し器が広がった、と言う事かな?
「さて、なんか業物がどうとか言ってたけど……見当たらないな」
と船底の板がズレているのが目に入る。外してみると細長い油紙の包み、その中から刀袋が出てきた。
「潮気で痛んでないと良いけど……どこかで一息ついて手入れの必要があるかもなぁ……」
刀の入っていた奥からは鉈が一本出てきた。取り敢えずこれを腰に差し急場を凌ぐ事にする。
それと一緒に籠手と脛宛が紐で一纏めになって出てきた。
「新撰組かよ……無いよりゃマシだけど」
と、もう無いかと覗き込むと刀と同じ、油紙に包まれた小箱が一つ。
「これで最後かな。中は……守り刀と、鉢金?」
守り刀には家紋が入り名のある武家のものだと一目でわかる、が……
「鉢金のほうはなんだ?取り立てて凝った作りでも紋付ってわけでもなさそうだし」
変わっていると言えば鉢巻の両端に鋼の縁取りがあるのが変わっていた。
「まぁいいか、頭と手足守れれば。そうそう胴には喰らわんだろう。きつかった修行を信じよう。さて、と……」
船と海の向こうに手を合わせ、まずやろうと決めていた事をする。
結わえた髪の半ばに鉈の刃を入れ、切り難いが何とか切って、木立のほうへと足を向ける。さすがにここまで潮は上がってこないよな、と思いながら海の見える木立の際に穴を掘り、油紙で包んで髪を埋めた。外した船底の板に藤守家と刻み墓標として、手を合わせた。
「御子息の遺髪しかありませんが、これで御無念お納めください。譲り受けた身体で精一杯生きて往きます」
暫く黙祷を捧げ、よしと息を吐き荷物をまとめ海を背にして歩き始める。
砂浜に残る足跡を、追いかけるように吹きぬけた風が、頭を撫でてくれたような気がした。