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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
二章 無念収めた匣の蓋
29/110

8

 袖の無い礼服を着たリュワを見たドリスさんは目を見開いてワナワナしていた。

 鎧ができるまで向かいの部屋は連日仕立屋の様相を呈し、デッコーさんはその間僕の部屋で待機して愚痴っていた。愚痴の内容はキッキスの服を強請られて困っているというものだった。大丈夫かな、このギルド。

 魔物を狩りになど行ける筈も無く、僕に出来る事は隣の部屋をノックして、キッキスの服も作ってあげて、とお願いすることだけだった。


 ぬいぐるみのオーナー全員がニコニコ顔になった頃、鎧ができたと連絡があった。ダフトさんへのお披露目は、申し訳ないが次の機会という事で待ってもらった。最初に見せなければいけない人達がいたからだ。

 揃いの隠密服に身を包んで門を出た僕達は歩く。


「最初にこの辺りを歩いた時は壁が見えてほっとしたなぁ」


「シュウー、今度ここで遊びたいー。広くて楽しそうー」


 襲われた辺りの少し手前で夜営する。


「あの奥でゴダールって言う野盗に襲われたんだ」


「一人だったんでしょ?相手は何人いたの?」


「四人だったんだけどね、相手は向こうに延びる街道を監視してたみたいで……」


 朝になり川沿いを歩く。街道を歩いたほうが近いのかもしれないけど、なぜかこっちを選んだ。

 リュワは川の中の小魚に反応している。色んなもの食べてみたいって言ってたもんね、もうちょっと待っててね。

 鉄甲蟲が出た辺りで同じように休憩。今度は水はたっぷりある。


「ここでー、鉄甲蟲見たのー?」


「見たんだけど、そこは倒したの?って聞いて欲しいな」


「だってー、シュウ覚えてなさそうー」


「覚えてるからね!どうやって倒したかまで説明できるし!」


「ほんとにー?」


 シノが横でくすくす笑ってる。リュワと一緒の時だって冷静にタガメ倒したでしょ?!

 河口にたどり着いて二度目の夜営。そうだよね、街まで二日だったんだよね。内一日はぶっ通しだったけど、それでも長く感じたな……


「さて、目的地はあっちだ。木の板が突き立ってるのがそうだからね」


「うん。あ、そこにお花咲いてるよ。シュウ、ちょっと摘んで行こうよ」


 そうして僕らは歩く。賑やかに、笑いながら。

 辿り付いた場所にはあの時と変わらず薄い木の板が立っていた。三人で手を合わせしばらく黙祷する。リュワはおねだりしてるみたいだったけど、真剣に手を合わせてくれているのが幽体越しに伝わってきた。


「さぁ、今回は余裕も時間もあるし、ちょっと立派に整えようか。二人とも手伝ってね」


「「うん!」」


 場所を少し移す事にした。

 朝は日が当たるように、木立の一角を切り拓く。その間にシノとリュワには船の中を検めてもらっている。何も無いと思うけど。

 適当な大きさの石を集めて組み、囲いにした。中心辺りに二つ穴を掘り銅で作った箱を収める。

 リュワが走って、シノが歩いてこちらに来る。


「シュウー、中に何にも無かったよー」


「どうするの?一応バラして痕跡を消しておく?」


「そうだね、そうしようか」


 再び三人で船へと向かい、解体作業を始める。打ち上がって完全に乾いていたので今夜の薪にすることにした。

 そうこうする内に日は落ちる。僅かに残った茜色が消えて行くのを見ても寂しいとは思わなかった。

 火を焚く。今度はシノに着けてもらった。三人で幽界に潜ってシノのお手並みを拝見したけど、リュワが褒めるくらい鮮やかだった。

 

 翌朝起きてご飯だなんだを済ませた後に作業を再開する。といっても粗方はもう終わってる。 


「シノ、髪を一房切っておいてもらえる?長さはそこまで無くていいから。志朗殿に届けよう」


「……うん、わかった」


 僕は前に作ったお墓に手を合わせる。


(藤守家の皆様、少し場所をお移り下さい)


 そして掘り返す。あの時埋めた髪は油紙の中に残っていた。取り出して振り返ると、シノが一房髪を持っている。油紙を切り分けてシノと僕二人分の包みを造り、昨日埋めた銅の箱に納めた。蓋をして土をかけた後、鞄から木の板を取り出す。街で用意した分厚くて大きめの木の板。それには『藤守家』『藤井家』の文字が刻まれている。箱の上にくるように立ててさらに土をかけて固める。

 二つの墓標の真ん中に、『自然顕現魔力結晶体』を埋め込んでリュワに手伝ってもらってシノと二人で魔力を操った。


「じゃあー、僕たち三人以外はー、ここには入れないようにするねー。石組みの中の物はー、腐らないし痛まないからー」


 このお墓そのものを魔道具にする。結界を多重に張り身体も幽体も、僕達以外は入れないように。中の物が朽ちないように。

 代わる代わる木立に入り、僕とシノは着替える。ダフトさんに作ってもらったちょっと違うけどカムロ式の甲冑と、親達が残してくれた身を守る武器に。


「わー!シュウもシノもー、格好良いー!」


 僕もシノもリュワにありがとうと礼を返し、墓前に花を供える。

 そして各々の家の墓に手を合わせる。リュワは一歩引いた位置で。


(皆様、やっとここの体裁を整えることが出来ました。頻繁にお参りに来る事はできないと思いますが、見守ってやって下さい)


 暫く眼を閉じた後でシノと場所を変わる。


(志朗さん、シノに会った時の言葉は偽り無い本心です。あなたが秀に示した忠節は、僕の心を打ちました。僕では御不安かもしれませんが、精一杯シノを守ります)


 三人ほぼ同時に顔を上げ、お墓を後にする。

 海辺には何も無くなり、海の向こうもシノの顔も静かだった。


 浜を後にし、来た道を辿る。河口で休み、川を上り、草原を抜けて、壁に近づく。

 門番はガルさんじゃなかった。そりゃそうか。出世したんだもんね。僕の横にもリュワとシノがいる。街に帰れば親しい人達が居る。


 着替えを終えて浜を出発するときに、リュワが妙なことを聞いた。


「シノー、なんか感じたー?」


「うーん、なんていうか、不安が無くなったような、周りの空気が優しくなったような、そんな感じはあったわよ」


「そっかー。シノの武器にー、優しい力が吸い込まれてたよー。とっても良いもの見たー」


 僕の時は手紙だったけど、シノはどうなんだろう。

 なんとなくだけど、シノは懐かしい夢を見るんだろうな、と思った。

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