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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
二章 無念収めた匣の蓋
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6

 ただいま、この人友達です。で済むはずもなく、アリーシャさんの反応はいつかのデセットさんと同じだった。


「申し訳ありません、後ほどきちんと紹介させていただきます。先に部屋をお願いできますか?」


「え、ええ、そうね。御免なさい。お部屋は……もしかしてドリス様から承ったお部屋って?」


「あ、多分それだと思います」


 ドリスさん詳しい話通してくれてなかったのか……まぁ、それもそうか。下手な話して僕の話と齟齬があったら不味いもんな。


「だったらシュウ君の向かいの部屋よ。これが鍵ね。紹介してくれるなら、夕飯はうちで一緒かな?」


「もしご都合がよろしければ」


「父さんと母さんに言っておくわね。じゃあ後で呼びに行くから」


 口を挟むことなく僕に侍るような立ち位置と物腰で着いて来るシノに苦笑する。言葉遣いもそうだけど、こういうところも直してもらわなきゃな。

 主筋の若君だから仕方無いとはいえ、ここでは普通の女の子として楽しんだり喜んだりして過ごしてほしい。あれから今まで苦労しかしてないんだろうと容易に想像できるだけに、僕が三ヶ月そうしたようにシノも色んなものを見て笑って欲しい。

 お互いの部屋に別れた少し後で、僕の部屋で向かい合って座る。


「さっきも言ったけど、よく無事で生きていてくれたね。苦労したんだろう?」


「こうして再びお会いできました。それだけで今までの苦労など何でもありません」


 リュワにはもうちょっと待っててねー、あとでいっぱい遊んでいいからねー、と伝えてある。


「ご家族は……その、母君と兄君は?」


「私は国を出て王国の動向を探っていましたので、伝わってきた話ですが、兄は軟禁、母は……斬首との事です」


 シノから涙がこぼれる。

 手を握って落ち着くのを待つ。


「そうか……僕の家の道連れに引きずり込んだようなものだ。すまない……」


「いえ、私よりも秀様のほうがお辛いはずです。御館様の御無念も如何許りか……」


 この話になるとわかっていたし、しなければいけない話だ。秀の人生を繋ぐんだと決めたのだから尚更。すればシノの顔も曇るとわかっていた。 

 でもダメだ、再会なんだ。シノだって僕に会えて嬉しいと、苦労が報われたと言ってくれた。笑ってもらえるようにするべきだ。

 その為に今の気持ちを正直に話そう。


「シノ、よく聞いてくれ。君の志には叶わないかもしれない話だが、偽らざる僕の気持ちだ」


「はい」


「シュライト様にも話したが、カムロに関して僕の心は定まっていない。先程君も言ったように、父も母もそれから君の御父上……志朗殿も無念のうちに散って逝かれた。僕の中にもある。君にもあるはずだ」


「はい」


「それを晴らすために今すぐにでも故国に向かうのが、武家の嫡男として望まれる行動なんだろう。独立維持派の方々に微力ではあるがお力添えをするためにも」


 藤守の御当主の最後の言葉が頭に響く。命を繋ぎ国を支えろと叫んでいた。

 あの世で未練は無さそうなことを聞いたがそんな筈は無い。国を思い民を慈しむ、そんな立派な人だと案内役の彼は言っていた。ならば尚更無念はあるはずだ。


「しかしそれでも定まらない。僕はここで皆様によくしてもらえた。この国はカムロとは随分違う。僕達はまだ若造だ。父上や志朗殿が血と涙を流して渡ってこられた世間も知らない。胸の内にある無念と理想だけの小僧など帰ったところで邪魔なだけだろう」


 これは秀としても修としての僕も同じだ。あの世でいろいろ学んだけど、学んだだけだ。時間は重ねたとはいえ、十八階から飛び降りるまでの人生経験しかない。

 シノは僕の眼を真剣に見ながら黙って聞いてくれている。


「シノ、話に聞く限りでは兄君の命は急を要する事は無さそうだ。あの兄君の事だ。下手を打って命を投げ出す事はすまい」


 ここでシノの表情が緩む。


「僕は世の中を見聞きしながら考えたい。何を成すべきか、どう生きるべきか。何を見聞きすればいいかは色んな人が教えてくれる。もっと人と交わりたい」


 先日冒険者の一面を見たように。以前にドリスさんの一面を見たように。


「臆病風に吹かれた落武者の戯言と思うかもしれないが、今の僕はそう思っている。国に帰るかどうかは見聞きしたものが示してくれるはずだ」


 そしてじっとシノを見る。


「……臆病者とは思いません。秀様は私の前に立って下さいました。あの時父の背中が見えました。秀様について行けと、お前がお支えしろと、そう言われた気がしました。お供いたします。私にも様々なことを見せて下さい」


「わかった、一緒に行こう。不甲斐なければ叱咤してくれ」


「諫言は忠臣の義務です。遠慮はいたしません」


 行く道が二人なら教え合い支え合えるはずだ。こうやって笑い合うことも。

 さて、今後の話が決まったところで、さっきから大人しく部屋の隅で転がって遊んでいた、もう一人の相棒も紹介しないとな。


「シノ、道連れはもう一人いる。紹介しておこう。リュワ、おいで」


 てこてこと歩いてくる仔虎にシノの目が緩む。


「この仔がコレットの兄妹ですね?ドリス様のところで愛らしい姿を拝見しました。よろしくね」


(シュウー、シノとっても優しそうー。ドリスと同じー!)


 何で念話?と思ったが、そういえばどういう紹介をするか決めてなかった、と気がつく。


「リュワ、シノなら大丈夫だから喋って良いよ」


「良いのー?!シノー、初めましてー。僕はリュワー、シュウの友達なんだー!」


 おうおう、驚いてる驚いてる。


「こ、こんにちはリュワ。秀様、この仔は喋れるのですね。コレットは鳴くだけだったから驚きました」


「まだ違うな。シノ、この子は一つの生命だ。幽界で出会って誼を結んだ」


 今度こそ言葉を無くしている。


「シュウー、シノ固まったー。何の遊びー?」


「吃驚しすぎちゃったみたいだね。リュワ、ちょっと幽界で待っててくれる?」


「わかったー」


 力を無くし転がった仔虎を横目にシノの肩を叩いて戻す。


「シノは昔、病で危なかった事があったよね?」


「は、はい。気がつくと顔に白い布がかかっていた事がありました」


「死の淵を覗いた術師は大きく成長するのは知ってるね?」


 幽界をより深く見たせいで僕程ではないにしろ、向こうをはっきり見られるはずだ。


「はい、あれからは精神修養がより深い段階に進みました」


「なら幽界を見てきてごらん。向こうでリュワが教えてくれるはずだよ」


「では、失礼します」


 おお、潜る速度が凄いな。これなら戦闘でも魔法が使えるはずだ。

 少し間をおいてシノとリュワが戻ってきた。


「シュウー!シノがー、友達になってくれたー!!」


「良かったね、リュワ。仲良くするんだよ?」


「うんー!いっぱい遊んでくれるってー!!」


 リュワを撫でながらシノが驚きを口にする。


「凄まじい存在感でした。秀様の存在もそれに劣らず……私も精進せねば」


「一緒に頑張ろう。これからは魔物を狩ることが増えるから良い修行になるはずだよ」


 構って構ってとシノに頭を押し付けるリュワに、年相応の笑顔を見せるシノ。ありがとうリュワ。


「シノ、心が定まるまでの僕は何者でも無い唯のシュウだ。二人しかいない所でも言葉遣いも態度も友人で頼む」


「わかったわ、シュウ、リュワ。これから宜しくね。いけない事したら叱り飛ばすからね」


 それぞれの無念を胸にしまって、三人は笑う。

 ひとまず笑顔で蓋をするように。

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