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先刻、何も疑わず部屋の中へと入って来た男の首が落ちている。
金銭をダシに有用な協力者をこちらに引き込んだ、とシノから聞かされていたからだろう。デッコーさんと僕の顔を見てへっへっへと下種に笑ったその首に、僕の腰から光が伸びても笑った顔をそのままに、素直に血を吹き上げてくれた。
『御父上から最後に贈られた物を頭目が質に取っているせいか、奴らはシノが裏切るとは微塵も思っておらぬようだ』
それを聞いてからはこいつらに対して憎悪の感情しか持っていない。
祖母ちゃんが買ってくれてから大切にしていた、今のリュワと同じ姿のぬいぐるみを、笑いながら引き裂いたあいつらに対する感情と同じだ。
『寝床も襲われたが身体を七つに斬り分けてやったと言っていたぞ。くく、良い友人になれそうだ』
あの人が残し大切にしていたものを奪おう、穢そうとする奴らには容赦なんかしない。僕は七つどころじゃ済まさない。
シノとデッコーさんと頷きあうと、次の行動に速やかに移った。
僕が先行して街を出る。時を置いてシノが門から姿を現す。
数日前に演習を装って出発したシュライト家の騎士団三十名は、街道沿いの森の奥から偵察員との連絡を介して、シノと距離を空けながら移動を始める。
ギルド所属員選抜隊は、僕と一緒に大掛かりな魔物討伐を声高に叫び騒ぎながら騎士団の待つ森へと入る。そこからは隠密行動だ。
『別の連絡員がいるかもしれん。シノとは距離を空けろ。野営も火の気を使う事は許さん。常人にはきついがお前達なら何でもないだろう?』
凄みのある笑顔でそう言われれば、冒険者も騎士団も『応』の返事しかできない。影に溶け込み木立を漂い藪を泳いで前へと進む。
三日四日と物言わず、目にも見えず音も無く、シノと僕達の行軍は続く。支えているのは領土守護の栄誉と、事が終わった血の海で待つ鹵獲品の分配という報酬。それに加えて一人分、恩人への恩返しとその忘れ形見への手助け。
『潜伏場所が何処かはわからぬが、利口であれば人目を避ける。普通ならな。だが今回は長期間の潜入だ。奴らの欲は抑えきれまい』
ドリスさんの言う通りに小さな村を襲った奴らは、そこで刹那の欲を満たしながら、絵に描いた餅を夢見ているということだった。餅を食うつもりのその口に何が突き込まれる事になるのか知らぬままに。
シノが村の入り口で、笑えるほどイメージ通りな悪人と二言三言交わした後に村長の家だろうか、大きな家へと入っていく。
討伐隊は夕刻に残った最後の光で装備を検めると、僕を含む周辺偵察員が配置を見極め帰って来るのを待っているハズだ。
『奴らの数は五十名程、一人も逃がすなよ。情報の売り先は公国だ。成功も失敗も教えてやるつもりは無い。包囲に穴があったなどという報告は聞かんからな!』
シノが入った家に新たに数人が入って行く。残光の中焚き始められた篝火の明かりで姿ははっきり覚えた。明日には忘れてやるよ、と心で呟き気配を探りながら偵察を済ませる。部隊に戻り偵察結果を報告し、包囲陣を敷く。
『奴らの行動原理は単純だ。上手くいきそうなら飲んで騒ぎ、不味い結果なら怒鳴って奪う。今回はどっちだろうな?くくく』
暫く経つと家から赤ら顔のチンピラが出てきて、結果を吹聴して歩き始める。そこから奴らに動きが出る。飲みに行くのか村長の家に入っていく者、欲望を吐き出すのか村の一角の家に入っていく者。何処を最初に押さえればいいか親切にも教えてくれる。
散った包囲陣の間を伝令が走り、情報が共有されていく。奴らの欲する情報とは違い、明日には価値がなくなる情報が。
『十分に酒を身体に入れさせろ。見たくない物を見るかもしれんが、我慢できねば明日はわが身と心得ろ』
千鳥足の影が増えて来たところで騎士隊長が頷く。再び伝令が左右に走り皆の気が引き締まっていくのを感じる。
大声上げて突撃する合戦ではない。暗い色の装備に身を固め、村の周囲の闇が狭まるように森から身を低くして染み出していく。
『諸君には言うまでもない事だが躊躇うなよ? ギルドを隠れ蓑に使ってこの街を食い物にしよう、等という痴れ者共には、それ相応の報いがあると教えてやれ』
見張りが順次矢で倒されていく。それを見て滲み寄る暗い闇の侵食速度が上がる。各建物を回りこみ陰から湧き出た人影は、ドアから入って音も立てずに中から出てくる。
ようやく村の一角から、敵襲だ、の断末魔が上がる。それを切欠に僕達の感情も爆発した。
『では諸君らの働きと良い報告を期待して待っている』
そして村に怒号が充満する。
「我らが主がお望みだ! 騎士隊、討伐隊共に獣共を斬りまくれ!」
「言われるまでもねぇ!お前ぇら、死体に首残しやがったらどうなるかわかってんだろーな!!」
その中を、僕は走っている。シノが入った建物へ向かって。僕に向かってくる連中を切り伏せながら。
同じ虫でもこいつらは虫けらだ。鉄甲蟲とは比べ物にならない。何も考えず足を手を斬り飛ばし、肩から斜めに切り下げる。
扉を蹴倒し、同じタイミングで突入した人達が左右に散るのを見ながら、僕はシノの前に立つ。あの時にあの人がそうしていたように。
「なんなんだ、手前ら!!」
どこかで聞いたな、と頭の中に渦巻く感情の端で未だ冷静な何かが思う。
「僕の身内に碌でもない事をさせてくれたみたいですね」
「ああ?! 身内? カズラ、手前ぇ裏切りやがったのかぁ!!」
「名前が違いますよ」
そう言って瞬時に間を詰めようとした僕は、相手が咄嗟に持った物を見た。
作りも見事な長巻を、我が物顔で構える相手に抑えきれない怒りが激発した。
「お前みたいなヤツが!持って良い物じゃないだろう!!それは!!」
そう吼えながら、長巻を斜めに振り上げた相手の下に身を潜り込ませる。
間を空けようとした頭目は、右脇から入って胸を薄く削ぎ頭を前後に切り分けた刀によって、自分が手にした業物の切れ味を見ることなく事切れた。
周囲では酔って立つ事も侭ならぬ傭兵達が続々と斬り捨てられている。
握り込む前だったのだろう、容易く長巻から賊の残骸を剥がし捨て、シノに差し出す。
シノは涙が滲む目を伏せて僕の前に跪き、長巻を押し頂いた。
「バカか手前ぇ!命乞いなんざ今更聞くわけねーだろうが!!」
外では大勢が決したようだ。
「おい、そいつまだ動いてるぞ!トドメさしてあっちに持っていけ!」
「よし、騎士隊も検分だ!死体を一箇所に集めろ!村長殿は居られぬか!」
僕とシノには仕事がある。シノは死体と首の検分だ。
「村人も一箇所に集めさせろ!検分と確認が終わるまでは誰もこの村から出すな!」
「おーい!怪我して動けないヤツは……そこのお前ぇ!手を前に出してこっち来い!逃げたら賊と見做すぞ!!」
僕の仕事は見回りだ。走っていると物陰に村人を見つける。
「お、お助けください!腰、腰が抜けて……」
「災難でしたね。もう大丈夫です。言い残す事はありませんか?」
「へ?」
こうやって騒ぎの中、服を着替えて村人のフリをし、逃走しようとする輩を『眼』を使って見極めることだ。尤もこれは自主的にやっている任務だが。
落ちた首と、動かなくなった身体を目立つ場所に放り投げながら、村人の保護と生き残った傭兵を探して走る。十八人を安心させ、二人を斬って捨てたところで全員一箇所に集められた。
「それでは検分を始めよう。村長初め村の方々、見たく無いかも知れぬが協力していただけぬか?」
「ワシらで判る事であればご協力は惜しみませぬ」
「シノ殿も確認作業を始めてください。居ない顔があれば教えていただきたい」
シノが頷き端から確認していく。
「村長殿、賊の人数はお分かりか?」
「全部で五十二人おりました。数日前に一人外へと出て行ったきりですが」
そいつアレストの宿屋でニヤけてますよ。首だけで。
「よし、死体の数を数えろ!五十一人以下なら捜索隊を編成するぞ!」
不満の声は上がらない。取り逃がしを仕留めれば報酬は五倍だ。ドリスさんはああ言っていたが、騎士団員にも相応の褒美が出るんだろう。
「五十四!!内三人は遺体の具合から見て今日の物ではありません!」
「おそらく村の者でしょう、ワシらに見せていただければわかります」
「シノ殿の確認終わりました!全員確認取れました!!」
「村民の方も完了です!こちらも確認取れました!」
全員漏れなく討ち取ったみたいだ。これでドリスさんとギルドの評判は鰻上り確定だな。
こちらに駆けて来るシノを見ながら最後の指示を思い出す。
『それとシュウ。シノは私の友人候補だ。傷一つ負わせる事は許さんからな』




