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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
二章 無念収めた匣の蓋
24/110

3

「調べは君達が落ち着いてからでかまわん。必要なら我々は席を外そう」


 こちらの事情を大体把握してくれたからなのか、澱みを涙で全て流しきったようなシノの目を見たからなのか、そう言ってくれたドリスさんに僕達は首を振って答えた。


「いえ、閣下にこれ以上お気を使わせるわけにはまいりません。直ぐに取調べをお願いします」


 シノが答える。

 その身を縛る縄は解かれ背筋は伸び、枷から放たれた長い手足と共に美しい姿を場に現している。先程までの迷いがある立ち姿とはもう別人だった。

 僕は席を立ち、デッコーさんと並ぶ。それを見たドリスさんがシノに座るようにと指示する。テーブルを挟んで相対した二人は容貌こそ違うものの、お互いを手本にしたかと思うほどよく似た印象を放っていた。


「そうか。シノ、問題は街への不法侵入の件だ。それ以外は私が気にする事ではない。シュウの話とともに待つ」


「ご配慮痛み入ります」


 何の躊躇いもなく、言われる前に石版に手を置き凛とした声で答える。ドリスさんは先程と同じ、石板など見ようともしない。

 僕が口を出す事はもう無さそうだな。


「ではもう一度名前と年齢から頼む」


「シノ・フジイと申します。齢は十六に御座います」


「侵入行為に至った経緯を」


「二月前にサスカート傭兵団に偵察要員として身を寄せました。この街への先行偵察と潜入を命じられ、女一人では入出門で止められると判断いたしましたので、夜を待って壁を越えました」


「任務内容を詳しく」

 

「詳細な街と街周辺の地図の作成、街の動員兵数、警備体制、重要施設、進入経路、命令系統、指揮系統を担う人物、引き込める役人、その他諸々一通りと、極めて下種な目的に沿う人物選定を三月の内に」


「三月?! それほど大掛かりな襲撃なのか?」


「いえ、売る為の情報なので詳細に探れ、と。拐かしの類はついでだと言っておりました」


「ギルドに来た理由は?」


「出発から一月後に連絡員と接触、国境を越えた本隊に一度帰還します。その為に日を空けての出入りを怪しまれぬようにそうしろとの指示です」


 ドリスさんがぎりりと歯を食いしばる。兵、と名に付いてはいるが、野盗や山賊と変わらない集団がギルドを隠れ蓑に街に害を及ぼそうとした。それが我慢ならないのだろう。


「その後の計画については?」


「帰還して首尾を報告した後、問題がなければ再び潜入。進入経路に定めた川の引込口に細工をしつつ、順次入り込む十人程と潜伏。決行日に騒ぎを起こして進入経路から目を逸らし、拐かしが終われば撤退、です」


「そこまで待ってやる義理は無いな。本隊の潜伏予定地は?」


 ドリスさんの顔が獰猛に歪む。

 まぁ、この人の性格ならそうなるよな……デッコーさんを見ると溜息をついていた。


「連絡員から合流位置の指示があります」


 シノが答えたところでドリスさんがこちらを向く。


「フジモリ殿、すまぬが貴公は今日はここまででよろしいか」


「シュライト様、今までどおりでお願いいたします」


「しかし、貴公の出自も知ってしまった。私としては尽くすべき礼は尽くしたい」


 ニヤニヤしながら何言ってるんですか。真面目なまま終わればいいじゃないですか。


「左様ですか……それなりの立場の者として扱っていただくのならば、今までのように悪戯を仕掛けることも出来なくなりますね」


 こちらはにっこりと答える。いいの?こういうやり取りできなくなるよ?


「む、それは味気ないな。わかった、シュウ。今までどおりで行くとしよう」


 シノはこのやり取りを見て、少し驚きつつもうっすらと笑っていた。雰囲気がガラッと変わったことで気分も幾分安らいだようだ。いつものじゃれあいならこの程度で退く人ではない。気遣いに感謝する。


「では、僕はこれで。シノの扱いについてはお任せいたしますが、何卒寛大なご厚情をお願い申し上げます」


「無碍に扱う事はない。安心してくれ」


 優しくそういうドリスさんに頭を下げて部屋を出た。




 二日経って使いが来た。ギルドでドリスさんが呼んでいる、と。

 いつもの道をいつもとは違う気分で歩く。この二日間はリュワが明るく話しかけてくれるおかげでそう深刻にならずにすんでいた。


(終わった後のシノの処遇、これだけはなんとしてもより穏当な方に持っていかなくては)


(大丈夫だよー、ドリスー、優しいもんー)


(そうだね、ドリスさんもデッコーさんも優しいもんね)


(うんー、シノはー、最初ちょっと怖かったけどー、最初だけだったー。仲良くなれるかなー)


(大丈夫、きっと仲良くなれるよ)


 その為にも、頑張るんだ。あの人が秀にそうしたように。ザックが友人を護って吼えていたように。

 部屋に入った僕が扉を閉めるや否や威勢の良い声が飛んでくる。


「こちらから打って出る。人員は所属員から選別した三十名、シュライト家から三十名。当然シュウもだ」


「報酬が出るのであれば参加に否はありません。御下知に従います」


「出ぬわけが無かろう、家から出す者には無いがな」


「ではお願いがあります。金銭物品は要りませんので」

 

 会話しながら椅子に着きシノの処遇を、と言おうとしたところで言葉が被せられる。


「シノについては『情報提供者』だ。事が無事に運んだら、の前提は付くが情報に応じた報酬も渡すことになっている」


 拍子抜けした。


(良かったねー、シュウー)


 うん、良いんだ。これで良いんだけど、気負ってた自分がちょっと恥ずかしい。


「ご配慮痛み入ります」


「あくまで上手くすめば、だ。気掛かりが無くなったのなら気を入れて刃を研いでおけ」


「はい!」


「では情報から推測される状況と作戦の概要だ」


 討伐開始は連絡員の到着からだと、そいつに壁越えの罪も被ってあの世に行って貰おう、とドリスさんが説明を始めた。

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