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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
二章 無念収めた匣の蓋
22/110

1

「やぁっと見つけたぜぇ……天敵ィ!!」


「またあなた達ですか。前回で懲りたと思ったのですが」


「手前ぇ、あれぐらいで俺様が諦めるわきゃねーだろうが!!今日こそズタボロにしてやんぜ!こっち来い!」


 狩りを終えてギルドに着いた僕を待っていたのはそんな怒鳴り声だった。

 多いなぁ、最近はこの手合いが。


「今日は時間が無いから一戦だけですよ?」


「うるせぇ!分かったからこっち来い!!」


 丸いテーブルを囲むように配された四脚の椅子に僕を含めた四人が座る。テーブルにはカード。トランプだ。


「上限は……一戦だけですので一人角銀貨一枚。良いですね?」


「おう!そこのお前、悪ぃが配ってくれや」

 

 慣れた手つきで配られたカードを開き、表情を保って心で嘆息する。仕方が無いか、たまには負けないと向こうも溜飲が下がらないし。

 手持ちから二枚伏せて出し、新たに手元に加えた二枚を見ると勝機が見えた。レイズとコールが入り乱れ、上限額に達したところで僕の対面から順次カードが開かれる。

 決着の先も見えているからか誰も降りる人間はいない。


「ジャックのワンペア」


「クソ、こっちは八だ」


「四のスリーカードです」


 周囲から今日も天敵かよー、と声が上がる。

 最後の一人、声をかけてきた強面の男は震えている。しまった、ペアを切るべきだったか、と考えていると


「……フ、フル、フルハウス……フルハウスだぁぁぁぁぁ!!勝った!ついにィィィ!!ひゃっはー!!」


 隣から歓喜の雄叫びが聞こえ、カードが開かれる。


「まいりました」


 僕の声に今度は周囲からも叫び声が響く。

 

「ついにデセットがやりやがった!」

「マジか!あいつ随分かっぱがれてたもんな」

「天敵の参った聞いたの久々だぜー!」

「これで負けっぱなしは俺ぐらいかよ!くっそぉー!」


 そして角銀貨四枚とともに居合わせた人間が居酒屋に雪崩れ込むのがここ最近のパターンだった。

 

 随分受け入れられたもんだ、と肩を叩いて笑いかけてくるデセットさんを見ながら思う。

 勿論ちょっかいかけてくる人が居ないわけじゃないが、最近ではそんな現場で周りから声がかかることが多くなった。そいつが天敵だ、やめときな、と。

 それでも引かない相手がいたら今度は僕を煽る声がかかる。知らないってこた余所者か?天敵、そのバカぶちのめせ、と。

 このポーカーにしても、最初は負けて多少の隙を見せた方が良いかな?と考えたけど、やめておいて正解だった。遊び相手になると知って貰えれば良かったのだ。こいつと遊ぶと面白れぇ、と。本気で遊ぶとお互い面白いんだ、と知れば良かったのだ。僕も、相手も。


(前世でもそうすれば良かったのかな……そうでありそうな、そうでもなさそうな……)


 所詮力があるという前提での係わり方でしかないのかもしれない。でも良いや、もう。今はこれが正解なんだから。


「よう、天敵。お前ぇ時間がとか言ってたが顔見せにも来れねぇのか?俺様初勝利の宴だぜ?」


「すいません、ちょっと約束ありまして……もし時間があれば覗くかもしれません。お店はいつもの?」


「ああ、あそこだ。ま、無理にとは言わねぇよ。なんてったってこっから俺様連勝すっからな!次なんていくらでもあらぁ」


 約束の後で寄ってみようかな、不器用だけど誘ってくれてるし、なにより……


「僕もたまにはデセットさんから奢ってもらいたいんでそう願います」


「けっ、言ってろ!んじゃまたな……お前ぇら行くぞおー!この輝かしい日に!俺様の初奢りだー!!」


 僕の奢りの時は当然みたいな流れなのに、僕以外だとなんでお祭り騒ぎなんだよ……


 ギルドの前で皆と別れて一先ず月明館に。アリーシャさん一家にただいまを言い、今日は負けましたと伝えると、勝った時と同じように頭を撫でてくれた。

 ここももう家という感覚だ。こっちに来て3ヶ月、ずっとお帰りなさいと言ってくれるこの一家は。


「ガルさんはまだお仕事なんですか?」


「とっくに来て奥で寝てるわ。飲む前に体調整えるんだって言うから、ポーリーに鼻噛んでもらったわよ」

 

 僕が仔虎をリュワと呼んでから、仔熊はポーリー、仔白虎はコレット、仔狐はキッキスとそれぞれ名前がついたようだ。デッコーさん家のお嬢ちゃんも、時々ここに来て3匹と戯れている。そのせいかお客さんも増えたようだ。


「シュウ君が着替える間に起こしておくわね。今日は何食べよっかなー」


「あ、じゃあ着替えてきます」


 シュウ君とばっかり!私は全然連れてってくれないのに!とアリーシャさんが爆発してから三人で食事に行っている。ガルさんは酒が飲めねぇと嘆いていたが、装飾品よりは週に一度の食事の方が安上がりだと学習したようだ。アリーシャさんの宝石箱には首飾りが増えていた。


「うっし、今日は呑むんだからここだ!」


 前日にアリーシャさんを拝み倒して飲むことを了承させたガルさんが店を指差す。居酒屋だ。ここは料理も美味しいから僕もアリーシャさんも楽しめる。通常ならば。


「こ、ここは……ガルさん他に行きませんか?」


「どうしたの、シュウ君? わー賑やかだねー、外まで声が響いてるよ!ちょっと私も興味はあったんだー、こういうお店!」


 ふおお、退路が断たれた!酒が飲める場所にアリーシャさんが興味を示せば、もう止める人いないじゃないですかー!!

 なんだよ、良いだろ?俺だってたまには飲みてーんだからほら!とガルさんに肩を押されて僕とアリーシャさんが店内に押し込まれる。

 予想通りの人達が予想通りの格好で予想通りに騒がしく予想通り楽しんでいた。

 デセットさんと目が合う。


「ぎゃははは、んで天敵がよぉー……天敵が……天敵が女ぁ連れてきたぁぁぁぁぁぁーーーーーー!!!」


「「「「「「「「なんだとおおぉぉぉーーーーー!!!!」」」」」」」」

 

 


 先ほどまでの喧騒が嘘のようなシンと静かな空気の中、取りあえず席に着く。

 こちらを凝視する冒険者集団に、アリーシャさんは戸惑いガルさんは威圧するような雰囲気を醸し出している。厄介な事にならなきゃ良いけど……


「あー、シュウ君?」

 

 なんですかデセットさん。最初に天敵って言い出したの、あなたらしいじゃないですか。


「はい」


「そのお綺麗な女性はどちらさんで?」

 

 アリーシャさんが怯える。

 やめてくださいよデセットさん。横に怖そうなガルさんが座ってるの見えるでしょ?!仕方ない……避けたかったがあの人の名前出すか……


「こちらの女性はアリーシャさんといいまして」

  

「「「「「「「「アリーシャさん!」」」」」」」」


「横におられる市中警備隊の小隊長、ガルさんの婚約者です」


「「「「「「ほうほう!」」」」」」


 ガルさんを見て何人か脱落したな。色男だもんね。


「そして僕がお世話になっている『月明館』のお嬢さまでもいらっしゃいます」


「「「月明館!」」」


 お、月明館の名前で察した人たちも脱落したな。あなた達、長生きできますよ。


「ご存知の通りシュライト様のお抱え宿です」


「「シュ、シュライト様の……」」


 これは本当だ。あのぬいぐるみナイトの後、ドリスさんに気に入られて支援してもらうことになった。

 しかしまだ諦めない人達がいるとは・・・


「加えてアリーシャさんはシュライト様の個人的なご友人でもあります」


「個人的な友人……シュライト家の……」


 何であなたがビビってるんですか、ガルさん。


「僕にとっても御二方はとても大事な方々です。よって彼女達に失礼があった日には、僕とシュライト様と市中警備隊からお礼が送られます。解ってもらえましたか?」


「「「「「「「「解りました!天敵さん、隊長さん、姐さん!」」」」」」」」


 これで良し。

 

 それからは恙無く……と言って良いのか?良いか、ずっと場の雰囲気は良かったし。恙無く食事は進む。

 ガルさんは並み居る冒険者と意気投合したようで、僕の話をしながら飲み交わしている。ダフトさん以外に刀やカムロの話はしていないみたいなので、お酒の量に気を配っていれば不味い事は言わないだろう。言いそうになったら僕が沈める。物理的に。

 アリーシャさんの周りには、数は少なかったが途中参加した女性冒険者がいる。こちらも僕の話と皿を噛んでいるリュワの話で盛り上がっているようだ。

 僕は僕でポーカーの再戦予約や魔物の情報交換、お前の彼女は何時紹介してくれるんだ、などの話がひっきりなしに振られる。

 ならず者だ無法者だと聞かされていた冒険者達だが、荒っぽいけど内に入れば彼らなりの人情をもって接してくれる。それが好きか嫌いかはその人の問題だ。

 

 そこそこの時間で店を出た僕たち三人は、手を振る冒険者集団に手を振り返して帰路に着く。


「全員がああじゃねーだろうけど、結構いい奴らじゃねーか。シュウの仕事仲間」


「本当だね。日頃心配してる父さんや母さんにも教えてあげなきゃ」


「まぁ、ホントにヤバい人達もいますけどね。さっきみたいな良い人達もいます」


 そうだ、僕の周りには良い人達がいる。

 だから僕は笑えている。今だって。

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