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アリーシャさんの後ろを仔熊がぽふぽふついて歩くようになってから一週間。ぎゃうぎゃうと鳴く彼はすっかり月明館のマスコットと化している。他の宿泊客の間でも噂になり、製作者は、売ってる所はとしつこく聞かれているようだ。その手の質問は僕に回してくださいと言ってあるので、人の流れはそのまま僕に。
「狩りの帰りに行商人の馬車で幾つか見つけたんです。お世話になってる人達への贈り物に買い求めて別れたので製作者はわかりません」
と、こういう言い逃れをしている。仔虎と仔熊のじゃれあいを見た運の良い人達は、あらん限りのコネクションを使って製作者を突き止めることにしたようだ。ドリスさんの耳にも入っているのか、ここのところ未だか未だかとせっつかれている。子供かよ。今日もギルドに行くと上にどうぞと呼ばれた。
「未だか」
「本日帰ってから仕上げますので、明日にはお渡しできるかと」
「本当か!よし、早く帰れ」
あら、つれないお言葉。いつもこうなら助かるのに。
デッコーさんにも明日の引渡しを約束すると、ドリスさんに真直ぐ帰れと追い出された。この人可愛い。
宿に帰り、リュワの協力のもと二体を起動寸前まで仕上げて準備完了と寛いでいるとノックされる。
「シュウ君、あの……シュライト様と護衛の方がお見えになってるんだけど……」
僕明日って言ったじゃないですかー!何で宿まで押しかけてきてるんですかー!
「難しい顔をされてらっしゃったけど、何か御不興をかったの?」
安心してください、絶賛大好評じゃれあい中です。顔はほぼ確実に緩まないようにしてるだけです。多分。
「……いえ、贈り物の件でしょう。お迎えに参ります」
下に下りて口上を述べ、部屋へと案内する。デッコーさんには下で控えているように指示していた。良いじゃーん、壊れるところ見てもらおうよー、と危うく口に出しかけた。色違いの仔虎を見てギラギラしている。キラキラではない、ギンギンギラギラしている。所定の説明をして幽界に潜ると、額から太い想念が腕の長さほど伸びていた。リュワもちょっと引いている。一度戻って厳重に結界を張り直す。
接続が終わり戻ってみると一人と一匹の獣が絡まりあって転げまわっていた。
「そこまでお喜びいただけるとは、作り甲斐もあるというものです」
相当の時間かかって落ち着いたドリスさんと話す。
「この部屋で起きた事は他言無用だ。外に漏れれば……わかっているな?」
「漏れれば製作者も皆の知るところになりましょう。ご安心ください」
赤くなった顔で脅さないでください。肩に上ろうともがいている白虎とも相まって非常に可愛らしい。
「階下で見た仔熊もこいつも鳴くのだな。僅かな時間で腕を上げたか?」
「覚え初めの好奇心です。これからどこかで伸び悩むことになるかと」
ノックがあってお茶をお持ちしましたと、心配したアリーシャさんが仔熊とともに顔を出す。引っ張り込もうとするドリスさんと恐縮するアリーシャさんの戦いは予想通りの結果となった。二人と三匹がきゃいきゃいがうがうとはしゃぐ横で、たまに会話に混ざりながら今日は寛ぐのは無理だなと諦めて茶を啜る僕であった。
日を改めてデッコーさんの自宅にお邪魔して家族と顔を合わせる。
仔狐には一家のペットとしての調整を加えて起動させる。一応の主はデッコーさんに。デッコーさん、奥さん、お嬢ちゃんと序列をつけて設定し、起動する。勿論作業はデッコーさんの部屋で行った。情報を漏らさないようにお願いして、子狐を連れて居間へと戻る。狂喜乱舞して遊び始めるお嬢ちゃんと仔狐を横目に世間話を始める。
「シュウ君は冒険者なの?それともギルド職員なのかな?」
お茶を注ぎながら奥さんに聞かれる。
「しがない冒険者です。いつもデッコー様に助けていただいております」
「お前がしがないなら大多数の冒険者はいないのと同じだ。『天敵』が良く言う」
「天敵?」
「単独で苦も無く大量の魔物を狩り、ならず者には屹然と対応する。よっぽどでなければ手は出てこないが、出たが最後暫く寝込むことになる。魔物にとっても気の荒い冒険者にとっても天敵って訳だ」
知らぬ間にそんな呼び名が付いていたのか……まぁ、無茶に絡んでくる奴が減ればありがたい。
「まぁ、強いのねぇ。大人しそうな姿に騙されるところだったわ」
「加えてこいつはシュライト様の覚えもめでたい」
あの、それは、あんまり……
「三日と日を空けず呼ばれるお前に、最初はとんでもない馬鹿だと噂が飛び交ったが、呼ばれた部屋から叫び声が上がるわけでもなく、いつも平然とお前は出てくる。シュライト様も終日機嫌が良い。となれば噂の向かう先は一つ、『あいつは腕利きだ』とこうなるな」
「はは、最初にもっと怯えて震えていたほうが良かったですかね?」
デッコーさんは苦笑をして、奥さんも口元を隠して俯いている。
「そうは見えないが?お前も楽しそうに相手をしているしな。シュライト様にとっては天敵ではなく好敵手なのだろう」
「光栄なことだと思っておきます」
「だが、気をつけろよ?稼ぎが良ければ妬みも多い。年と見た目で嫌な目に合うことも多くなるだろう」
ここでくいくいと服が引かれ、目を向けるとお嬢ちゃんにお礼を言われた。
「お兄ちゃん、プレゼントありがとう」
「僕は持ってきただけで、プレゼントはお父様からだよ。気に入った?」
「うん!パパ、ありがとー!」
子狐を抱えた幼い笑顔に心が安らぐ。僕の膝の上で大人しくしているよう言っておいたリュワに伝える。
(リュワ、暫くあの娘と遊んでおいで)
(良いのー?!いってくるー!)
その後は子供とぬいぐるみを眺めながら穏やかな空間に身を浸らせた。
夕食を共にというお誘いに、先約がありますからと申し訳なさそうに断ってお暇した。幼い我が子を見るデッコーさんと奥さんの優しい顔を見て、両親の姿が脳裏に浮かんで消えなくなったからだ。お嬢ちゃんや奥さんとも仲良くなれ、困ったことがあれば何時でもいらっしゃいと頭を撫でられた。
夕焼けに向かいながらゆっくり歩く。色んなことを思い出しながら。
シュウ寂しいの?と聞いてくるリュワに、違うよ、と答える。思い出したのは両親だけではなかったからだ。
「みんなに、感謝してるんだ」




