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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
一章 案ずるより絡むが易し
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16

 情報を貰った後も大変だった。


「南門から出た南東の、山の中腹の沼の周囲の森の中に多く潜んでいるようだ。夜行性なので活発に表に出てくるのは夜間だな」


「夜間ですか……夕方に門を抜ければ夜には目的地に着けそうですね。暫し仮眠をとって向かうことにします。ありがとうございました」


 そう言って部屋を出ようとした僕に、今日向かうのかそうかそれでは私がそいつを明日まで預かってやろうそれが良い連れて行っても危ないし君も動きやすいだろう、と手をわきわきさせつつ一息に吐き出すドリスさんに、いえいえ、こいつに頼む大事な仕事がありますからと告げた時の、顔。

 なんというか、感じてはいけない特殊な性癖ってあるよね。


 宿に帰って泊まりで外仕事と伝えると、仮眠の間に夜食を包んでくれるということになった。ありがたく頭を下げるが、これ、食費払ったほうが良いのかなと、ふと頭を過ぎる。ここのところ朝飯以外も結構ご馳走になっている。デッコーさんに物を納めたら、幾分金が入るからそれで払おう、と心に決めて部屋で仮眠を取った。


 夕暮れを踏みしめて赤い日を背に山へと向かう。

 そうだ、大事な仕事も頼まなきゃ。


「リュワ、結晶体だけど、どれぐらいまで近づくと分かるの?」


「ん~、街の広さくらいが感知範囲だよー」


 半径四、五kmって所か。意外に広いな。負担にならないのならこれからも常時監視してもらおう。


「今から気にかけておいて貰える?疲れるようなら休み休みでいいから」


「いいよー!普通にしてても引っかかるような感じがするからー、この先も見つけたら教えるねー」


「ありがとう、リュワ。君と繋がれて良かったよ」


「へへー、今度僕にもー、丈夫な身体を作ってねー」


 どんなのが良い?と聞くとシュウが見た僕の姿が良いなー、と返って来た。

 あの大きさで丈夫な身体か……物作りのステージを上げなきゃならんな。気合入れて修行しよう。

 麓にたどり着いて大体あの辺り、と見当をつけたところで完全に日が落ちた。


「あ、見つけたー。もっと北の方ー。感知範囲ギリギリだねー」


「闇の中を想定ルートから外れるのは避けよう。明日、お日様昇ってから探しに行こうね」


「わかったー。場所覚えとくねー」


 小動物の気配を横手に感じた。鞄から出して弄んでいた矢を魔力で打ち出す。藪の中に消えた矢は声も出させず獲物を打ち抜いた。これを餌におびき出そう。

 沼の畔は鬱蒼とした森に囲まれ、水場の際に行けば足がずぶずぶと沈む。森の中で戦闘をしたほうが良さそうだ。

 枝に小動物を吊るし、僕の感知範囲に大型の肉食の獣の気配が無いことを確認してから、獲物の首を切り、心臓を切り開いた。


「シュウー、地面から少し出てきたよー」


「数はどれくらい?)


「んっとー、五、六ー、あ、十二に増えたー。今は十六ー」


 うおお、沸くペース早え!!やべ、早まったかな……

 人の目が無いので慌てて刀を腰に。


「あ、増えるのは止まったみたいー。小さいのが二十七ー。大きいのが四いるよー」


 鉄甲蟲というのは大きな括りでの呼び方で、その中には百足とかダンゴムシみたいな奴とかが含まれている。当然肉食。それが総数三十一匹……気を失わないことだけに集中することにした。

 

「リュワ……僕、我を忘れるかもしれないから、頭の上にしがみついてるんだよ」


「わかったー。離れないように手伝うねー」


 手伝う?と思った瞬間に森の奥からぞわぞわ気配がして、そいつらが現れた。

 

「ぃぃぃぃいいいやひゃあぁいひひいぃい!!!」


「シュウー、地面からあいつら打ち上げるからねー。お腹が見えたら斬ってねー」


 集団の真下でパン、と渇いた音が鳴ったと同時に打ち上げられた鉄甲蟲が頭上へ降り注ぐ。

 そこからは良く覚えていない。気がつくと、竜巻が通り過ぎた後のような荒らされた森の中で、泣きながら無事だった樹に抱きついて震えていた。甲殻に疵を入れなかった僕を褒めてください。

 ああ、これからまたあの音を聞くのかと憂鬱になっていると


「シュウー、沼から大きいのが一つ上がってきたー」


「大きいのってまた百足ー?もう勘、弁……」


 振り向いた僕の目に映る、タガメの前腕に鋸刃の鎌を備えた巨大な鉄甲蟲。叫ぶ暇なく振り薙いできた鎌を避ける。速い!!先ほどまで抱きついていた樹の幹が半分ほど切られている。抉られたのではなく切られているのだ。水圧の鎖から解き放たれた魔物の身体強度が十分に発揮されている水場に近いのに肉食の獣がいないわけだ。

 ヤバいと頭が急激に冷える。


「シュウー、こいつ持ち上がんないー」


 そりゃあの重量では難しいだろう。

 

「わかった!リュワ、離れるんじゃないよ!」


 百足もそうだったが体勢が低い。体を起こさせることも難しそうだ。

 関節を狙ってちまちまと小さくしていくしかない。まずは厄介な鎌からだな。

 そう思い迫る右の鎌を避け振り切った前腕の間接に、と追い縋ろうとするが左の鎌が僕の膝を刈りに来る。止む無く引いて振り出しに戻った。


(くそ、どーすっか……あんな低い位置で水平に振り回されたんじゃ、おちおち足に重心かけられない)


 それからも似たような状況が続く。相手は僕を刈る事しか考えていない、こちらばかりが焦れていく。

 落ち着け、と一瞬で気を静めるとあることに気付く。


(ひょっとして水平に薙ぐことしかできないのか?そりゃ縦は無理だろうが袈裟すらない……だったら!)


 左の鎌が振られる。合わせる様に鎌の下に刀を水平に振り入れ、鎬で持ち上げるように鎌の軌道を斜めに変える。自分の力に引っ張られるようにタガメの左側が少し浮いた。

 振り切った鎌が斜めになり右の鎌の軌道を塞ぐ。これで右は飛んでこない。それを見て取った僕は受け流した力をそのまま回転に繋げ、振り切った左の鎌をなおも向こうへ押しやるように、渾身の蹴りを放つ。前腕の付け根がブチブチと嫌な音を立てた。

 隙ができた左側へ身体を滑らせて残る足を二本落とすと、タガメはもう満足に動けないようだった。それでもこちらに向き直り健気にも鎌を振り回すが、左の鎌には力が篭らない。


(悪いけどそっちの方から落とさせてもらうよ!)


 速度も力もなく振った鎌の根元に刀を突き入れ抉る。左の前腕が斬り千切られ、身体の左側に何も無くなったタガメにはできる事は一つだけ。

 残った鎌を振り切って戻す。そのタイミングを掴むのは難しくなく、鎌、足と落とす。こちらを見ることしかできなくなったタガメの、その目と目の間に夜闇に奔る光が突き立ち、沼の主は後継者を決める事無くこの世から斬り離された。


 


 もう鉄甲蟲は暫く狩らない、絶対にだ!

 鞄から桶を出して魔力で水を顕現させ、耳を塞ぎながら剥いだ甲殻を洗う作業の間中、心で呟き続けていた。


「ようやく終わった……リュワ……帰ろうか……」


「シュウ疲れてるー。どこか噛もうかー?肩ー?首ー?」


 丸い牙でコリコリとツボを噛んでもらう。ええ子や、この子はええ子やー。


「シュウー。そことここに二つー、向こうに三つ落ちてるよー」


「ん?何が?」


「結晶ー」


「へ?そんなに纏めて?」


「さっき沢山をやっつけた時にねー、シュウが無茶苦茶に魔法使ったからねー、この辺の魔力がぐじゃぐじゃになって出来たみたいー」


 うおお、僕が『自然顕現』……いや、僕がやったんだからこの場合は『人工顕現魔力結晶体』? 作っちまったのか。


「それって他の自然に出来たものに比べてどう?おかしな感じする?」

  

「ううんー。ちょっとだけシュウの感じが強いけどー、それ以外は一緒ー。シュウが使うならこっちの方が良いかもー」


 全部で五つか、心壊しかけた戦闘に対するご褒美としては良いのではなかろうか。


「よーし、じゃあ拾うの手伝ってね?」


「わかったー!まずこことー……」


 拾うのは苦労した。西瓜割り苦手だったんだよ、僕。

 解体と結晶拾いに時間を費やし、約束どおり太陽が辺りを照らす頃に行きに見つけた結晶を拾いに行った。岩の中に顕現していたのでどうしようと思ったところリュワから提案があった。


「特性付与しよー、シュウー。摘んだ魔力に意思を乗せてー、僕が定着させるからー。柔らかくしよー」


 言われたとおりに幽界に潜り、魔力を繰るとリュワが羽を添えて力を行使する。そのまま岩にぶつけるように顕現させると、自重に耐え切れずぽろぽろと崩れ始めた。


「おー、これは楽だ。岩がもげる、新感覚だ」


 僕もーと仔虎が飛びつくが、補強を入れたとはいえ布と綿。さすがに歯が立たずむーむー唸って可愛かった。無事に取り出し、先に拾った結晶を納めた袋とは別の袋に収めて鞄にしまった。最後にちょっと浮上したが下がりまくったテンションはそのままに帰路に着く。

 

 僕とは間逆に周囲の物にじゃれ付くリュワを心の支えに街へと戻っていった。

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