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「おはようございます、シュウさん。本日はギルド長より部屋に来るようにとの言伝です。到着を伝えて参りますのでお待ちください」
結局、寝ずにギルドへ向かった僕を出迎えたのは、受付さんからのこの台詞だった。いつもなら地獄への招待状なのだが、と小部屋で受付さんが戻ってくるのを待つ。
(ククク……今日は楽しみだ。切り札があるという事はこんなにも心に余裕ができるものなのか)
(シュウー、意地悪な顔になってるねー。なにかするのー?)
(ああ、リュワ、ちょっと悪戯に手を貸してくれないか?)
(悪戯?やるー!何処で誰にどうするのー?)
(えっとねー、今から行く部屋にお姉さんがいるから……)
こちらに来る受付さんの気配を感じながら打ち合わせを始める。
リュワは僕の頭の上に陣取ると、動かなくなった。移動しながらターゲットはお姉さんだからね、と念を押す。始めるよ、と頭の中で伝えてノックする。
「シュウです。お呼びだと伺いました」
「よく来たな。入れ」
「失礼します」
「朝からとは珍し……寝ておらぬのか?少し疲れが見えるな」
「ええ、少々無理をしまして」
「いつもの君も可愛いが今日はそれに輪をかけて可愛いな。頭の上が」
格好の弄るネタを見つけたと言わんばかりの顔で早速食いついてきた。
ふはは、後ほど食いつき返されるが良い。物理的にな。
「は、武者修行だなんだと気張ってみてもまだまだ稚気が抜けません。お恥ずかしい話ですが……」
「年相応かと問われればいささかとも思うが、そうおかしな話でもあるまい。私の玩具がいっそう可愛くなっただけだ。で、朝から来るとは何かあったか?」
「はい、幾つか生息場所を教えていただきたい魔物がおりまして……」
続くドリスさんの言葉の途中で、そろそろ頼むと念じる。
「ふむ、教えるのは良いが情報には対価が?!!!!!……ひ、ひつ、必要なのか?」
リュワが僕の頭をぺしぺしと叩いた。
いやー、ドリスの姐さん。聞かれてもおいらには何のことやらわかりませんな。
脇に控えたデッコーさんが相変わらず判りやすく驚いている
「それは承知しておりますが……対価ですか。自分に何かそのような物があれば良いのですが」
頭の上で伸びをしたリュワがテーブルの上に飛び降りる。石板に齧り付きこりこりと音を立てる。じゃれ付いた羽ペンが倒れ、それを威嚇する。仰向けに転がり腹を晒して、自分の尻尾に噛み付く。
完全にリュワの仕草に目を奪われ、いつもはあまり変わらないドリスさんの表情が緩みまくっている。
それに気付かぬフリをしながら、対価ですか……と呟き考え込む。フリをしながら頭の中で演技指導。
「申し訳ありません。これといって自分には思い当たるものがありません。何かシュライト様の方でお望みが」
ここで我慢できずにドリスさんがリュワに手を伸ばす。リュワが無邪気にその手にじゃれ付こうと近寄ったところで、こちらに引き戻す。
「こらこら、シュライト様に失礼を致してはダメだ。大人しくしていろ。大事な話をしているんだ」
(良いよー!リュワ君良い仕事してるよー!!さあ、これからもっとあのお姉さんを虜にしようね!)
(シュウー。この人もの凄く我慢してるよー。あっちの人もー)
デッコーさん、あなた……後で死ぬほど触らせて差し上げます。
「失礼いたしました。話を戻しましょう。何かシュライト様の方でお望みの物があればできる範囲で希望に沿います」
聞いちゃいねぇ。
引き戻され、僕の膝の上でぺしぺしがじがじぐりんぐりんと可愛く暴れるリュワを潤んだ瞳で凝視した後、僕に向き直ったドリスさんは恨みがましい目つきに変わっていた。
「ソレの情報を要求する」
「ああ、これですか。刀を腰につけ街を歩くのはいささか不味いので、先日縁あって知り合いましたダフト老に都合してもらいました。お検めください」
目通りに帯剣を許されていたので、腰からナイフを抜きテーブルに置く。
降参するまでしらばっくれてやる!日ごろの恨みを思い知れ!!
憎憎しげにナイフを取り、デッコーさんに投げ渡すがデッコーさんもナイフなど見ていない。体に当たって下に落ちる。
(リュワ、悪いけどナイフ取ってきてくれる?)
(うん!遊びながらで良いんだねー?)
音に反応した風を装い、僕の腕から抜け出した仔虎はナイフを前足でつつき、コロンと転がしては部屋中を駆け回る。遊びながらベルトに固定する金具に齧りついて、時たま首を振りながらこちらに引きずってきた。
「……君は意地悪くなってきたな……そのぬいぐるみ、魔道具か?何処で買い求めたのだ?値も相当なものだろう?情報を私にくれぬか」
お蔭様で、と心で呟き笑いながら返事をする。
「はははは、いつもお戯れをいただいておりますので、今日は趣向を変えてこちらからと思いまして」
「こういう悪戯なら望むところだ。で、教えてもらえるか?」
ギブアップしたので素直に教える。
魔道具を作れるようになった事、これが最初の作品である事、少し特殊なものが必要なので望まれても近日中にとはいかない事、すでに一人先約がある事。
「では私が二番目だ。値はいかほどでも支払おう」
「シュライト様には宿を世話していただいております。礼物として献上させていただきます」
「しかし……」
「いえ、期限を区切らぬ支払いを肩代わりしていただいております。これは曲げても承知していただかねばお作りする事はできません」
本音だ。相手をするのは疲れるが嫌っているわけではない。むしろ好感を持っている。されている事はいじめっ子と似たような事かもしれないけれど、ドリスさんは引き際を知っているし何より偶に、極偶にではあるが今日のように参ったと頭を下げてくれる。それは対等な関係の上に築かれたじゃれあいだ。何より彼女の人柄を嫌いになれない。
僕からの指示で思う存分じゃれ付き始めたリュワを相手に、これ以上無い程相好を崩すドリスさんを見て笑みがこぼれる。
「わかった。その条件で構わぬ。ありがたくいただこう」
「では、シュライト様が二番目、三番目がデッコー様で材料が手に入り次第、製作に入ります」
「い、いや、ワシに関してはこのように高価な魔道具の値など、何処を振ったところで払えない。気持ちだけいただこう」
「デッコー、いつも良く働く君に私からの臨時特別手当を出す。君の子供も喜ぶだろう。作ってもらえ」
「シュ、シュライト様……ありがとうございます!」
「忠義の礼だ」
お子さんがいるのか・・・気合を入れて作らねば!!
ドリスさんは白と黒の縞でリュワと同じ形を、デッコーさんは明るいブラウンで仔狐を、との注文を貰った。
その後魔物の情報を貰い、一応魔道具のことに関して口止めをお願いして部屋を出たのは昼を大分過ぎてからだった。
だって二人がリュワを離さないんだもの!!