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挨拶の後、もともと下がり気味の眦をさらに下げ、ニコニコ顔のダフトさんと二言三言交わす。会う前とは印象が真逆に変わる。ガルさんに脅かされすぎていたとわかった。
後でお昼御飯持って行くわね!シュウ君のお客様だからもてなさないと!!と言うアリーシャさん一家にありがとうございますと告げ、ダフトさんを部屋へと招き入れる。扉を閉めて部屋から音を漏らさぬように結界を張る。一応ね。
「では改めて、ようこそお出でくださいました。お話を伺うのを楽しみにしておりました」
「ワシこそ滅多と見れぬ彼の武器に見えるのを楽しみにしておった。しかも話を聞くに相当なものらしいの」
「初めて目にしたときは僕も震えました。ああ、この部屋からは音が漏れませんので具体的な単語を出してもらって大丈夫ですよ」
「おお、この部屋で見聞きした事物はたとえ相手が神であろうと漏らさぬ。誓おう」
「お気を使わせて申し訳ありません」
「気遣いはお互い様じゃよ」
そう話しながら刀を鞄からゆっくりと取り出す。ついでに鉈も。
柄尻、柄、鍔と徐々に姿を現す刀にダフトさんは目を見張り、息を呑み、次いで笑いながら言う。
「ほほ、お主は焦らし方を心得ておるのう」
「焦がれた相手に引き合わせる時には勿体をつけた方が良いかと思いまして」
意地悪く笑う僕にダフトさんは一瞬呆れた
「お主本当に十四か?」
「はは、悪戯が過ぎましたか?」
そして全身を晒した刀を手渡す。
「作りも雅じゃのう、黒絹に身を包む淑女のようじゃ」
脱ぐと中身も凄いんです。
「刃には直接指を触れないようにしてください。刃はどちら側かわかりますか?」
「うむ、以前に遠く目にした事がある」
モーリスさん達の時のように一度扱い方を見せてからとも思ったが、子供みたいな目で楽しみにしてくれていたので、目にする感動を味わってもらう事にした。
「では刃を上にしてゆっくり抜いてみてください。抜き始めにほんの少し締まった抵抗感があります。それが無くなると後はすんなり抜けるはずですので」
「う、うむ」
ゆっくりと刀身が姿を現す。刃に乗る光は強く先を急ぐように行きつ戻りつしている。
やがて切っ先が鞘との別れを惜しむように姿を現したところで鞘を受け取り、空気を乱さないようにダフトさんを見守る。言葉無く上から下まで舐めるように刀身を見つめていた。
(ガルさんの言った事もあながち間違いじゃないな、こりゃ)
と心の中で苦笑するが、かつて自分もそうだった事をシュウは知らない。
「これは……言葉も出てこんのう……カムロの鍛冶とはこのように洗練されておるのか」
ずいぶん時間が経ってからやっと言葉を口に乗せた
「職人やその技術によって細かな違いや優劣はあります。素材も唯の鋼ではありません」
「ほう、こちらとは比べ物にならぬほど叩いて鍛える、とは聞いておるが」
「そうですね、代々伝わる職人の秘ですので僕が軽々しくお答えできないのが残念です。尤も詳しくは知りませんが」
嘘である。全てではないが、東方鍛冶の要諦はあの世で学んでいた。
「いや、そこまで求めては鍛冶師とはいえん。わしもこれに負けぬものをとは思うがこれを作ろうとは思ってはおらんよ」
「聞こえてきたお噂どおりの方で安心しました」
そこから暫くはこれは、とかここは、とか極々基本的な構造などを質問され、それが終わると刃物談義に花が咲いた。髪の毛切断の大道芸を見せたところ、斬れ味を見たいという要望が出るがノックの音が響く。
一度鞄にしまいこみドアを開けると、作りすぎて運ぶのも大変だからとダフトさんとともに一家の食卓に招待された。
食卓ではガルさん話に花が咲く。
酒量が過ぎるとアリーシャさん。
砥石や油に触らずに酒にばかり手を伸ばしておるのか、とダフトさん。
あらあらまあまあとおばさんが呆れている。
全員が笑顔だったが、僕とおじさんでフォローする羽目になった。
食休みを取る頃にはダフトさんは僕の事をシュウ坊と呼ぶようになっていた。初めてそう呼ばれたときは固まってしまった。
「どうしたシュウ坊?」
「いえ、祖父にそう呼ばれていたもので……懐かしくなってしまって」
「まぁ、まだ御健在なの?」
「いえ、祖父も祖母も全うしております」
「……そうか……シュウ坊、ワシの所で良ければ何時でも尋ねて来ると良い」
「ありがとうございます」
そして二人で部屋に戻る。斬れ味の話だったな。
「斬る事に特化した武器ですが唯振っても本来の切れ味には及びません。未熟者ですが僕の試し切りでお許しください」
「ほっほ、ご謙遜じゃの。腕も相当と聞いておるぞ?」
ゴダールの死体か。ガルさん、どこまで……いや、全部ぶちまけてるな、あの人。
「的も無いので持ち合わせの紙、皮、木材でご勘弁ください」
一応目釘を確認する。振った瞬間柄から刀身がすっぽ抜けて大惨事だけは避けなければ。
居合いで良いか、見た目に一番派手だし。
腰に刀を挿し、木片を投げ上げる。部屋の天井があるから忙しないが仕方が無い。すばやく腰を落とし一息に斬り分ける。抜く手も見せず風の音が響き、床に落ちた木材は倍の数になっていた。
「技も凄まじいのう!シュウ坊の斬撃が見えなんだぞ!!」
刀身を見た時と違いやんややんやと喜ぶダフトさん。
おどけてお辞儀をすると笑顔が浮かぶ。
「ふむ……斬り口がぴたりと合う。どちらが刃の入口か出口かわからん」
「あくまで言い伝えですが、鉄や岩を綺麗に両断したという話もあります」
「これを見るとその話もあながち嘘とも思えんのう」
「斬首された咎人を五人重ねてその下に敷いた木板を叩き割ったものもあったそうです。こちらは記録が残ってますね」
地球にだけどね。
「むぅ……」
ここである事を思いつく。
昨日の討伐中にしとめて鞄に保存しておいた、解体した動物の肉に皮を巻いて紐でぐるぐると縛る。
「次はこれです、骨はありませんが肉と皮、生物に近いでしょう」
さっきと同じように斬るとこれも綺麗に二つに分かれ、紐を斬られて巻いた皮がはらりとめくれる。
「これも見事じゃ。次は紙かの?しかし前の二つを見てしまうと紙ではのう……」
くっくっく、その言葉後悔させてやるぜ。
「まあそうですが、せっかく用意しましたし」
と言いながら折り目もついてない紙をそのまま投げ上げて斬る。サービスで四つに斬り分けた。
どこかに固定して斬るものと思っていたのだろう。
ダフトさんは今度こそ言葉をなくし、あんぐりと口を開いたまま目の前でひらひら踊る紙を見ていた。