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よろよろしそうな足取りを、疲れた頭で制御しながら歩く。
(お、お茶……お茶を……)
目に付いた食堂に入り、熱いお茶を一杯頼む。
運んできたのは口がきけない少女ではなく、口から先に生まれてきたようなおばちゃんだった。僕の姿が琴線に触れたのか息子の話を始めたおばちゃんに、食事を注文して静かな時間をやっと手に入れた。
少し早めの昼食を終えて一息つくと、ようやく散歩する程度の元気が出てきた。
(んじゃ買い物に行きますか。換えの服も欲しいしまず服屋かな、下着もいるし。大き目の水筒も欲しいなぁ……)
と予定を立てて歩き出す。
粗方予定をこなした後、魔道具の文字が目に付いた。
(こ、これは入らないわけにはイカンだろう!)
いたく興味を引かれ店へと足を踏み入れる。
こちらを値踏みするように見たおっさんはすぐに興味を無くしたようで手元に目を戻す。
(そうそう、話しかけてこないでねー。金は持ってるけど、迂闊にお大尽様するわけにもいかないし。見るだけ見るだけ)
そう思って見始めたが、ある程度見てがっかりし始めた。
なんと言うか微妙なのだ。火種を起こす、明かりを灯す、コップ一杯程度の水を出す等々……
魔法を使えない人用の道具なんだな、と結論付けた。
魔法の鞄だけは目玉商品なのか店の中央に展示されていたが値段がバカ高い。ゴダール一味二回分だ。
(鞄はもう持ってるしな……取りあえずお邪魔しました)
作り方わかれば僕にも作れるかな、センスロックは解除されてるハズだし、とブツブツ言いながら通りの逆側を見ると工房が並んでいた。
(何とかあっち側の人たちと繋がりを持つ方法を考えるか。明日には預けた甲殻の処理も終わってるはずだから、それを持ち込んでみよう)
その後は大通りを基点に地理を確かめながら歩く。興味の赴くままに店を冷やかし、気分は持ち直す。
宿の相場も大体わかった。個室、朝食無しで銀貨五~七枚程度だった。
そして夕日が壁の陰に隠れる頃、高級旅館『月明館』に向かう。途中の脇道で、昼間ギルドを出た時からずっとついて来ていた悪意を感じない気配に大きな声で伝える。
「明日、昼頃に登録証他諸々を受け取りに参りますのでお二方にお伝えください」
一瞬強張った気配が薄まって位置を変える。気配を目で追い足を踏み出すと遠ざかって消えていった。おそらく単独尾行だろう。街の細かい脇道まではまだ把握できていないので、撒くような行動も取れない。気配が消えている間に急いで移動する。
「ただいま戻りました。鍵をお願いします」
出迎えてくれたのはアリーシャさんのご両親だった。
朝に軽く話をしたがニコニコと穏やかな人たちだ。
「おお、お帰りなさい、シュウ君。町は楽しかったかな?」
「はい!色々と珍しい物を見る事ができました」
「良かったわ。朝の説明じゃ足りなかったんじゃないかと娘と話してたのよ」
「いえ、お話のおかげでさして迷うことなく楽しめました。ありがとうございました」
「そう言ってくれるとワシらも話した甲斐があった」
「そうそう、シュウ君。登録は無事にできた?」
(表情を保つんだ!心配させてはイカン!上手くいったさ、豊満なお姉さんが膝に抱っこしてくれて、頭撫でられながら登録したんだから!!)
ほぼイメクラの世界である。事実なのは『お姉さん』だけだ。
「はい、予想以上にすんなりできました!」
「良かったわね。もしもお仕事で朝早い時は前の日に教えてね。朝食包んで渡すからね」
「ありがとうございます。その時はお願いします」
鍵を受け取り部屋で買ったものを整理し、風呂から上がって晩御飯どうしようと考え始めたところで
「シュ~ウ~君!御飯いこ~!!」
ガルさんの襲撃を受けたのだった。
取りあえず部屋に招き入れる。
「お仕事お疲れ様です。連日の外食ですが良いんですか?」
「それがよー、あんだけ呑んだのにアリーシャの機嫌がなんか良かったんだよ。怒りはしたけど怒り方可愛かったし!」
(誰のおかげだと思ってるんですか!)
「ビビっときたね!俺が上客を連れてきたせいだってね!お前のおかげだ」
(答えは合ってるが途中式が決定的に違う)
「ははは……」
連れ出されて着いたのは昨日よりは安い店だったので、強硬に僕が奢ると主張した。
そのせいか酒量を控えてくれたガルさんに、高評価の時こそ気を引き締めるべきですよ、とアドバイスし自分の足で帰宅してもらった。
目が覚める、一瞬で覚醒したが気分は重い。
(今日で終わりにしてくれよ……)
昼過ぎにギルドに着く。小部屋に入るやいなやこちらから声を出す。
「シュウです。シュライト様から御指示はありませんか?」
「へ?あ、昨日と同じ部屋に来るようにとの事です」
「ありがとうございます」
二階へ上がりノックする。
「シュウです」
「入れ」
(何でちょっと楽しそうな声なんだよ……こっちはイラついてるっての)
ドリスにしてみれば、だから楽しいのだが。
「失礼します」
「ああ、書類と素材はテーブルの上だ」
座って確認しながら第二ラウンドのゴングを勝手に鳴らすことにする。
「ありがとうございます……確かに受け取りました。伝言が無事届いたようで安心しました」
「伝言?デッコー、何か受け取ったか?」
「いえ、私は何も」
(まぁ、そう来るわな)
「そうですか。自分の思い違いだったようですね。お聞き流しください」
「そう言われても気になるな。何かあったか?」
「……実は昨日、ずっと跡を尾けられまして。一度は撒いたのですが、今日も大通りの辺りからずっと」
「ふむ……それで今日は少し神経質になっているのか」
「ええ、自分を尾けてギルド内にまで入り込んできたようです。昨日気に入ったと言っていただいたので、失礼ながらシュライト様の御戯れかと思っておりましたが」
「知らんな」
「では捨て置けませんね。一寸斬り捨ててまいります」
そう言って腰を浮かせ、左手で鞄から刀を取り出す。
本気で殺気を放ちながらドアノブに手をかけたところで後ろから声がかかる。
「待て!」
無言で振り向くとデッコーさんが判り易く焦っていた。
「は、背後関係もわからぬままでは始末が悪い!」
「ふむ……では足でも落としますか。それで吐かなかれば責め苦を与えても無駄でしょう」
ノブを捻ると今度はドリスさんが口を開く
「それで事が大きくなればどうする?君は昨日私に誓ったぞ。『手を煩わせる事はしない』と」
「他所からの間諜であろうがならず者共の偵察であろうが、公にできない者が消えたところで大事にはならないと思いますが」
こっちは纏わり付かれてキレかけてんだ。不快な事は不快だと示させてもらう。今生では我を通すって決めたんだからな!
「それにシュライト様も自分に教えてくださいました。『民草の顔が歪まぬように腐心するのが我々の仕事だ』と」
「……」
「放って置くと自分の周囲の方々に危害が及ぶやも知れません。では暫し中座いたします」
ドアを開け滑るように部屋を出ようとしたところで待ったがかかる。
「わかった。今日は私の負けだ。詫びよう」
ドアを閉めてゆっくりと座りなおし、刀を右側に立てかける。
「多少の遊びならお付き合いいたしますが、度を越えた御戯れはご勘弁願いたい」
本音は遊びも勘弁して欲しいのだが。
「すまん。昨日の君が可愛くてな」
「そう言われては気を静めるしかないですね」
「フフ、最後に少しは報いたか?それで満足しておこう」
「虚を突かれました。それでお知りになりたかった事はなんでしょうか」
「宿を知っておきたかったのだ。『素晴らしく使える所属員』に連絡を取り易くする為にな」
(そういう事言うから教えたくなくなるのに……)
「今のところは『月明館』に宿を取っております」
「ほう、趣味が良い」
「望外の収入がありましたもので。数日中には移る事になるかと」
「その度に今日を繰り返すのはデッコーの心臓に悪いな……」
(あなたの心臓には屁でもないんですね?デッコーさん、早死にしそう)
「良し、現在の支払い分が過ぎればその先の請求はこちらに回せ。ギルドではなくドリス・シュライトにな」
「いえ、そのように過分なお心遣いは……」
「今回の詫びだ、気にするな」
(無理です!少しは本音見せとくか……)
「無礼を承知で申しますと、自分は誰の子飼いにもなるつもりはありません」
「ははは、昨日今日で思い知ったよ。純粋な好意と詫びだ、首輪をつけるつもりは無い。たまに頭を撫でさせてくれれば良い」
(最後で台無しー!!ま、落とし所としてはいいか)
「……ではお言葉に甘えまして頂戴いたします」
「うむ、では手打ちでお開きとしよう。しかし……」
とドリスさんは刀に目をやり
「彼の国の人は皆、君のように太く立っているのか?」
「さあ、十人十色と申しますし。しかしこれを持つ者は何がしかの揺るがぬ矜持は持っているでしょう。自分などは足元も覚束ぬ小僧ですよ」
「よく言う。ではまたな」
「はい。失礼します」
ザック。見てたか?僕のやり方。