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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
六章 成り立ちと思惑
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「腕利きだから金に困っていないのだろうというのは理解できるし、着ている物や食べている物がそれを証明してはいるが、どんな稼ぎ方をすればこんな旅が出来るのだ」


 天幕の周囲に結界作成の魔道具を並べ、手早く組んだ四つの竈では僕とシノがそれぞれ料理を担当する。リュワとニムはリースとルガーに加えてトワイスさんとヒューエンさんの馬も世話している。素材鞄から炭を、僕の鞄から食材を、シノの鞄から調理道具を、リュワの鞄から御所望の珍味を、ニムの鞄から食器類を出して、馬車の底部から板を取り出し、折りたたんでいた脚を伸ばす。水は汲みに行かなくても小さな樽から際限なく汲めるから手間なんかかからない。調理場には匂いを外に漏らさない魔道具が置かれているから魔物だけでなく動物も寄ってこない。


「これ、下手すると上級貴族も羨ましがりますよ……」


 天幕の中には人数分の寝袋が並べられ、それには見えない部分に魔物素材も使われている。保温性は折り紙つきだ。寝袋だけではない。天幕の布地も三重で、それぞれ撥水性、断熱性、通気性を付与してある。骨組は軽量かつ高剛性、一発で魔道具と判る。これら魔道具に類する物、結界、天幕、寝袋等は急遽ミュゼスで作成、もしくは付与を施したものだ。しかし、そんな魔道具で旅をする物好きなど皆無と言ってもいいだろう。快適性を求めるなら相応の家屋を建て定住すればいいのだから。


「ミュゼスまでの我々の旅は一体……」


 仕方ないでしょうが!伯爵様との契約書に『旅中に母に万一の事があれば責は護衛に科す』の一文があるんですから!それが護衛騎士か護衛契約の武芸者かは明記されてませんけど、暢気に構えてたら今度こそ護法院でのお裁きになるかもしれないでしょ!


「はは、大口の仕事が続いて、運良く全てが上手く運びましたので……依頼主からの報酬の色も濃いものになりまして」


 全て同一人物からの依頼で二つほど超精密な身体を作成しましたからね。


「もう乾物と硬いパンだけの旅には戻れませんわ。馬車の乗り心地も格別ですし」


「シュウ殿、我々は大変に、これ以上無いほどに助かるのですが……此度の報酬で足は出ないのですか?」


「ああ、それは大丈夫です。詫びやらなにやら纏めて頂きましたので」


「ではまあ、良いか」


 あっけらかんと言い放つトワイスさん。くそ、何故だ。憎めない。料理が低いテーブルに載せられて、マイアさんの座る石にクッションを置いたトワイスさんがいそいそと隣に座る。初日は給仕に回ろうとしたシノだが、すぐに止められて同席を願われてからは、四人の時と同様に全員がフランクに卓を囲むことになった。


「スープ、というには今日は色が濃いようですね。シノちゃん、これは?」


「シチュー、という食べ物です。簡単に言うと家畜の乳で野菜を煮込んだものですね」


「美味しいんだよー!」


「リュワの食材は……フォラッドだっけ」


「へぇ、これがあの……魚卵を食べるのは初めてです」


「私はミュゼスに着く直前でいただきましたの。とても美味しかったですの」


 エルフはベジタリアン、と思っていたが、ニムは何でも食べてくれた。それがこちらで育ったからなのか、それともエルフ自体がそうなのかはよく判らない。記憶の中の母親も好き嫌い無く食べていたらしいけど、こちらに来て食習慣が変わる事だってあるだろうし。王国さんの家で聞いてみよう。


「む、家畜の乳とは匂いがきついかと思ったが……これは旨いな!」


「ああ、山羊や羊ではなく牛の乳なんですよ」

 

 前世で慣れ親しんだ白黒斑に優しい目ではない。濃い茶色の体色に幾分か鋭い目つきだが、肉も乳も味は殆ど変わらなかった。勿論見た事もない食用の動物もいる。


「ニムちゃんが射落としたハージットも美味しいわ。素敵な旅に連れて来てくれてありがとう」


 食後のデザートをリュワが鞄から出して配り、温かい飲み物と共に喉と口を滑らかにする。他愛無い話、魔物の話、思い出話、ジョークと軽口が合間合間に挟まれて、時にはマストフの音色も。やがて組んだ竈の最後の仕事で湯を沸かして女性陣が天幕の中へ。男性陣は一つだけ竈を残して後を片付ける。体を拭いた女性陣と入れ替わり、彼女達の体が冷えないうちにと手早く汚れを落として、僕とトワイスさんとヒューエンさんが交代で見張りに立つ。結界のおかげで僕達に対する襲撃の心配は無いけど、難儀している人が通りかからないとも限らない。周囲が薄ら蒼くなり始める頃にシノが音も無く天幕から出てくると、一日の始まりとなる瞑想の時間だ。


 そういう日々を道の上で過ごす。護衛対象の年齢が年齢なので比較的整った道、すなわち人の行き来が盛んな大きい街道を選んで進んでいる。休憩場所で袖摺りあう人だって居る。今日は中規模商隊だ。


「なんと武芸者!俺はこの商隊の護衛の一人、同じく武芸者のテュボーだ。良ければ手合わせ願いたい!」


「若輩なれどお相手いたします。寸止め三本で宜しいですか?」


「おう!シビル!お前と同じ年頃で独り立ちしているお相手だ、よく見ておくんだぞ!」


 お弟子さんだろう、確かに僕と同じくらいの少年が、テュボーさんの武器に刃止めを取り付けつつこちらに会釈する。僕も返礼して二振りの刃にカバーを取り付ける。

 こういった同業との出会いは余程の事が無い限り安全を確保した上で手合わせとなる。断られる事、断る事は滅多に無い。雇い主も止めないのは安全な立会いである事、休憩の余裕がある旅程である事、なによりも


「お、テュボーの仕合だって?一昨日の魔物の時は鮮やかだったからな。よっし、俺はテュボーに二枚だ!」


「相手は……シビルと同じくらいか……体格はシビルの方がごついくらいだな。これ、賭け成立すんのかよ?」


「わはは、無理なん」


「では私はシュウに五枚」


「あら、わくわくするわね。私もシュウ君に五枚賭けますわ」


「うおお!御婦人から十枚出たぞ!おーい、商隊長さんよ!こっちもそれ相応出さねーと釣り合い取れねーぞ!」


「ははは、では私も五枚出すとしましょうか」


 と、このように旅中の楽しみとして期待されている面もあるからだ。武芸者にとっても勝ち負けは勿論だけど、熱い立会いならば話は人から人へと巡る。勿論自分の名前と一緒に。それは次の仕事を連れて来てくれる筈だ。だから観衆兼立会人にも礼を尽くす。向かい合った僕達が周囲に腰を折るのも当然のことだ。


「それでは双方尋常に。始め!」


 トワイスさんが開始の合図を出してテュボーさんが少し長尺の剣を構えて膝を落とした。僕は半身の自然体、右の白刃を立て、左の黒刃は気持ち引いて寝かせる。次の瞬間にキィン!と澄んだ音が響いて一歩引いた僕の白刃が剣先を受け止めた。すかさず巻き込もうとするが、結構な速さで相手がそのまま突きに変じる。深くまで差し込まれた剣身を巻けばこちらの身体に当たる。白刃で抑えて突きの軌道を外へ。身体ごと押し込む突きのテュボーさんとの距離が見る間に縮まり、左の黒刃が蛇がのたうつようにテュボーさんに迫る。狙いは相手の右脇、そこを通って相手の視線を相手の右腕で塞いで黒刃が吸い付くように喉にと張り付いた。


「シュウ、一本!双方怪我は無いか?……よし、距離をとれ。二本目!」


 再び向き合って構える。テュボーさんの雰囲気が締まった。




「くっそー、持ってかれちまった!しかも御婦人に!」


「凄腕だな、あの小僧……シュウだったな。食らい突いたテュボーを褒めるべきだ」


「途中からシビルが感動で震えてたぜ?坊主、お前の師匠、何モンだよ」


「シュウがー、負けたところー、見た事ないよー!」


 観衆と同じく当人同士も話が弾む。遺恨の無い立会いだ。むしろ武芸者にとっては手合わせ後のこれが目的な部分もある。


「ふぅむ、予備動作か……」


「ええ、武器と相まって初手がある程度絞れました。初手が割れれば流れが見えます。長尺をお使いなので、ある程度は仕方ない部分ではありますね」


「うむ、距離を取る筈だった二本目も、受け太刀の君に知らず引き込まれたのは恐れ入った」


「僕も一本目の突きのスピードには吃驚しましたよ。その後も細かく角度を変えて力を逃がされたので、流すというより押し出す格好になりましたし」


「剣を振るな、技を徹せ、と師匠に死ぬほど言われてな」


「ははは。僕も似たような事を言われましたよ」


 賭けの負けは商売で取り戻すとばかりにマイアさんとシノ、ニムに商品を並べる商人さん達も口上に熱が入っている。予定よりも少し長めとなった休憩時間も終わり、僕達は互いに手を振って別れる。マイアさんは財布が膨らむ過程と実感を得たのが珍しかったらしく、少し興奮気味だ。トワイスさんがポツリと漏らした。


「成程、こういう稼ぎ方か」


 違います。


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