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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
六章 成り立ちと思惑
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7

 その後、街を見下ろす高台に移動した子供達の中心で、お婆さんは涙を一筋流した。

 心配そうに仰ぎ見る子供達に、一度目を瞑った後でにこやかな笑みを返した時にはそれまでさしていた陰は跡形もなく、視界の一角を指差してなにやら話をしていた。

 護衛の方々からは礼を貰った。僕と同様にバレるとまずいらしいので、そのまま尾行を続けて子供達とお婆さんが別れるまで行動を共にしたが、最後まで名乗る事はなかった。もう大丈夫だという所まで来た僕達は、先に宿へと戻る。

 僕達に対する子供達の秘密、護衛に対するお婆さんの秘密、そしてそれぞれ逆の秘密もある程度守られた。リュワとニムにはバレてるだろうけど。


 翌日は何も無かった。起きた時にリュワとニムが僕達にしがみついていたくらいだった。


 その翌日、リュワとニムが遊びに出かけた後で、僕達に来客があった。衛兵だ。


「領主館へのお召しである。そのままでついて来るように」


 馬車は無い。周囲を衛兵に囲まれて歩く。遠目に館が見えた時にシノに謝る。


(ごめん、僕のミスだ)


(気が緩んでたの?)


(違うと言いたいけど……そうかもしれないな)


 杖と仲間の肩に助けを借りてこちらを指差す三人目。よく起き上がれたな。色の違う衛兵服のおそらく隊長に何かを尋ねられて、再び頷きを返して気を失ったようだ。それで呼ばれた理由は解った。何故の疑問は尽きないけれど、それも大方予想通りのところに落ち着くだろう。無論、客間に通されるはずも無くそのまま玄関ホールで跪くように指示がある。階上へと伸びる階段とその踊り場が彼我の立場を示すものなんだろうな。

 やがてその階段に影がさす。


「私がここの領主だ。シュウとシノだな?呼ばれた理由は解っているな?」


「アレセイル・ウェンフォージ伯爵様でいらっしゃいますか?」


「貴様達は質問するためではなく質問されるためにここにいる」


 まぁ、そうですとは言えないだろうな。違うんだから。領主代理が領主を名乗る。一昨日の胡乱な気配。然るべき施設ではなく領主館に呼ばれた理由。答えは返ってこないだろうけどなんとなく予想はついた。これでお婆さんとその一行の事は死んでも口に出来なくなったな。


「一昨日、我が手の者を襲い、闇討ちした理由を聞こう」


「……」


「沈黙は咎ありと受け取るぞ?」


 一部でも喋れないのならば何も喋らないのが賢明だ。下手な嘘は必ず破綻する。貴族と旅人、嘘を吐かなくてもどうとでも出来るのだ。特にこの人賢しそうだし。顔の肌は温厚な仮面と化してはいるが、目が刺すような視線をこちらへと放っている。何より僕の『眼』には恨みというか憎悪というか、ネガティブな感情が反応している。白でも黒にする気だ。


「咎があるならば相応の罰を僕のこの身に受けましょう」


「領主の兵に狼藉を働いたのだ。ただでは済まぬぞ」


「『領主の兵』……御間違いは無いですか?ウェンフォージ伯爵様」


「貴様の問いに答えてやる必要は無い!」


 違うみたいだな。隣の隊長さんが顔を伏せている。再三の呼びかけに正体を知られていると思ったのか、結論を急ぎたくなったようだ。視線の雰囲気が変わった。シノへと好色な視線が向かう。


「では、そちらの娘、寝室で罪を贖って」


「僕が!この身に!お受けいたしますと申し上げました!!」


「貴様は選べる立場では」


「僕の顔には見覚えがあるでしょうが、この娘が何かいたしましたか?ならば護法院にて然るべき御調べをお願いいたします。伯爵様」


 衛兵隊長さんが顔を上げ、何か言う前に手が上がり遮る。おそらく賛同の意を表そうとしたのだろう。衛兵達こそ紛れも無い領主の兵なのだから。極刑をもって気を静める事も、屈辱を与えて憂さを晴らす事も難しくなった自称伯爵様は唇を噛み締めている。残された道は限られてきた。馬鹿が見下ろして威厳を、とか考えるからそうなるんだよ。衛兵を退がらせて自分の仲間と執務室で密室の裁きなら思う様いたぶれたのに。


「……では申し渡す。服を脱げ。武芸者だそうだな。我が兵と同じ苦痛と両腕を狼藉の対価としよう」


 まぁ、その程度なら認識力をいじってやれば何とかなるかな。そうシノと念話でやり取りをする。怪しまれないようにシノは俯き震える芝居をしている。僕も覚悟を決めた風を装って服を脱ぐ。

 ずらせた注意力に望む幻想を割り込ませるために魔力を繰った時、外から扉が開かれた。一昨日のお婆さんと護衛隊の先頭さんだ。


「何事です」


「お、大奥様!」


 あらら、せっかく黙ってたのに……仕方ないか。しかし大奥様とは……知ってしまったからには然るべき礼儀を示さないとな。


「御婦人の前で肌をさらす無礼をお許しください。ただいま御沙汰が下り、これから刑を受ける身なもので……ええと、失礼ですが御名をお聞かせ願えませんか?」


 そう跪いて非礼を詫びる。ちらと階上を見やると、先ほど狼狽した声を上げた伯爵様が僕に黙っていろとの威圧感の篭った視線を向けてきた。


「先代領主の奥様に向かって失礼であろう」


 そう助け舟を出した先頭さんがうっすら笑っている。わかりました。楽しむんですね。


「ではそこにおわす伯爵様の御尊母様でいらっしゃいましたか。重ね重ねの非礼、何卒ご容赦ください」


「……貴方は私の息子だったのかしら?私には知らぬ間に子を生した経験は無いのですが?」


「旅、旅中の咎人との事でしたので、伯爵様の御威光の方が判り易かろうと、その」


「何の咎です?」


「一昨……いえ、昨夜、街人に狼藉を働いた疑いで」


「そうなのですか?」


 こちらに問いかけられる。すいません、伯爵様より偉い人のお言葉なので黙っている事が出来ません。


「そうなのですか?昨夜なら僕達は日が落ちてからずっと宿にいましたが」


「な、ならば目撃者の勘違いであろう。もう良い下がれ!」


「待ちなさい。貴方、身に覚えの無い罪で責め苦を受ける趣味でもあるのですか?」


「生憎と持ち合わせてはおりません」


 ここで衛兵隊長さんが我慢できなくなったのだろう。直訴に踏み切った。


「畏れながら申し上げます」


「結構ですわ。私は『息子』から話を聞きます。それとも貴方も直接の関係者なのかしら?」


 うーむ、やはり唐突な思いつきの嘘はすぐバレるな。衛兵隊長さんが首を横に振り、畏まって頭をたれる。よく見といた方が良いですよ。隊長さんは悪人ではなさそうだけど、勘違いするとどういう目にあうか、今から公開処刑が始まりますから。


「と、すると瑣末な罪で領主館を裁きの場所に選び、当該時刻の居所を確かめもせずに断罪したと、そういう事ですか?」


「僕はお召しを受けて『罰を与えるから服を脱げ』と言われただけですので……伯爵様、御寝所に行けば宜しいのですか?」


 こちらでは男色家はマイノリティ、公的立場の人間がカミングアウトでもしようものなら世の理を乱す者として断罪され、後ろ指指される。そしてこの場での自称伯爵様への視線は氷点下に冷え込んだ。


「貴方……」  


「違っ、違います!それはその娘に対してで」


「そこな娘、罪の心当たりは?」


「ございません。こちらでは咎人の妻や婚約者に賜るのが刑罰かと……違うのですか?」


 哀れ、伯爵様は膝がかくかくと震え、視線は虚空を彷徨い、温厚そうな面皮は真っ青になっていた。が、続く言葉で覚悟を決めたようだ。顔色はそのままだが膝の震えはとまった。


「納得のいく説明を」


「……あんたが大人しく攫われてりゃ、ここの領主は俺だったんだ!!こうなれば生きてようが死んでようがかまうものか!どうせ向こうで殺される予定だったんだ!お前達、こいつらを皆殺しにしろ!」


 ぞろぞろと出てきた中に一昨日の四人の内の残りもいる。あの時一緒に行動した騎士さんは居ないし、僕が収める以外ないか。リュワの友達の伯爵夫人のために情報を絞れるようにしないと。


「ゴースロウ領主代理殿、御乱心とお見受けした!貴き御婦人の守護にお許しを!」


「許します。小さき騎士の師匠殿よ、存分にお力振るわれよ!」


 短め幅広の剣を抜いてこちらに殺到する不埒者共に身を低くして突っ込む。無手の訓練は師匠からも受けていたが、兄さん先生からはえげつない方法を教えてもらっていた。


『俺はもともと握り方が変だったんだが、それで殴った相手は漏れなく悶絶したぞ。いいか、下手すると手を痛めるからな。向こうに着いたら砂でも突いて鍛えておけ』


 僕の握り拳から折り曲げた中指が一本、顔を出す。いわゆる中指一本拳、というやつだ。鎧を着ていない相手に紫電の勢いで拳が埋まった。肩、脇、股関節、肘の内側、首筋、鳩尾、兄さん先生の言葉に嘘はなく、腕が上がらぬ者、腹を押さえて呼吸に喘ぐ者、皆剣を取り落としおよそ拳の打撃とは思えない鋭い痛みにのたうっている。階段を下りようとしていた者は、体重が膝に乗る瞬間に皿の隙間に拳が入り、もんどりうってその他を巻き込んだ。

 下からは呻き声しか聞こえない。物音に駆けつけた他の衛兵が隊長さんの指示で捕縛に取り掛かっている。僕はその仕事を増やしながら階段を上りきり、目の前の自称伯爵様の剣をかわして背後に周る。膝裏、脇腹と拳を打ちつけ、膝を着いた彼が振り向こうとしたその耳の直下へと加減をして止めを打ち込んだ。顎の骨が割れると喋れなくなるかもだし。


「そこの二人とそっちの一人は一昨日の実行犯です。同行していただいた騎士様に確認を取ってください」


「くっくっく、あやつが褒めるからどんなものかと思っておったが、確かにこれは賛辞しか出てこぬな」


「当然でしょう?可愛い騎士達のお師匠様なのだから」


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