3
やはり動きが速い。リュワはロックできているだろうけど、僕は無理だ。
「リュワごめん!集団にブッ放すから軌道が読めるなら別の標的を頼む!」
「わかったー!いつでも良いよー!」
返事と同時に七つを密集地帯に放り込む。首を刈れたのは三つだけ。頭を割ったのが二つ、異変に驚き飛び上がった足を切り落としたのが一つ、角を落としたのが一つ。仲間の血に驚いて飛び散ろうとした集団には、瞬きの時間差で飛来した風刃が襲い掛かり、きっちり三十五個の首を落とした。
「シュウー、気をつけてねー!」
いつもの口調のリュワに安心する。数は残り四十近く。放っておけば獲物を探そうと四方八方村の中に駆け込んでいく。それを防ぐためには囮が要る。僕は沸きだす集団に対して存在を顕わにした。一斉に視線と殺気が突き刺さる。数え切れないほどの火の玉が僕をめがけて飛んでくるが、一歩下がって視界を広げると、避け、斬り落とし、強固な甲殻で受け、弾き返す。
僕を取り囲む輪から何頭かが離れるが、リュワがそのうちの数頭を斬って輪の後ろへと回りこむ。
(シノ!そっちにも行ったよ!魔法で対処できる数の筈だから!)
(わかった!もし逸らしたらニムに連絡ね!)
(頼む、出来るだけ速く片付けるから!)
複数展開できないとはいえ、魔力を紡ぐスピードが尋常じゃない。第一波の後は絶え間ない攻撃が降り注いでくる。ロックさんとの接続と、その後の日々の修行で拡がった器に満たされた身体能力でも、捌くのだけで精一杯だ。刀に加護をもらってなければとっくに溶けて折れていただろう。鉢金は燃えそうで怖かったので着けてはいない。
が、徐々に数は減ってきている。ぽろぽろと離れる個体が出始めたことで、少し数は多いけど勝負をかける。
(リュワ、僕ももう一度姿を消すから、出来るだけ数を減らしてシノとニムの応援に行こう!)
(わかったー!)
僅かな魔法の隙間を見つけ、一番近い火球に水球を当てて水蒸気で視界を塞いで存在を消す。気配の把握は出来ている。ここの囲みは残り十七頭。見失って硬直している今がチャンスだ。右手に走り、囲みの端から斬っていく。まずは前を向いたままの一頭の横から長い首に刃を振る。続いて隣からの流血に驚いて目玉を動かした固体に襲い掛かった。
遠くからケーンという甲高い声が聞こえる。断末魔だとは判っていても、気になるのは仕方ない。上陸した日に感じた、外套の内に篭もる二人分の体温を覚えているからだ。あれを失くすぐらいなら僕はこの村を見捨てる。
僕というよりも、隣に襲い掛かった見えない何かから跳ねて距離を取ろうとした三頭目に、なんとか追い縋って顔を前後に断ち切る。ここではこれぐらいかと見切りをつけて、輪の中程に後ろから襲い掛かるリュワを見ながら、僕は逆側の端へと向かう。流石にリュワは僕より速い。残り九頭のうちの二頭がまた輪を離れる。駆け寄った勢いをそのまま胴体へと叩きつけ、足が二本付いた肉塊を二つ作って、次の個体の目から後頭部へと刀を突き通した。飛び跳ねた鹿の脚を半分の長さにしたところで、それが最後の一頭になった。細く短めの二刀が挟み込むように着地した瞬間の首に吸い込まれて、すぐに僕は指示を出す。
「さっき離れた二頭を追ってくれ!多分シノの方に向かったと思うけど、途中で離れた気配がいたらそっちから頼む!」
「うんー!ニムのところにー、一頭いるみたいー」
「そっちは僕が向かうよ!」
ズバンと音が聞こえそうな速度で飛び出して行ったリュワとは少し方向を変えて、僕も全速で中央のニムに向かう。
(ニム!大丈夫かい?!)
(大丈夫ですの。速度が速いので私の矢では捉え切れませんが、耐えるだけならへっちゃらですの)
(すぐ行くからね!)
念話の間にも景色は流れ、多数の気配とそれに相対する一つの気配を察知する。避けようのない位置で鹿への気配を開放して、不意に背後に現れた存在に驚き霧散した火の魔法が消える瞬間、鹿の背骨は斜めに断たれていた。
(リュワ、そっちは?)
(片付いたよー。やっぱり途中でー、別れてたー)
(村の中には残りは居ない?居るなら指示してくれれば向かうわよ)
(居ないよー)
(居ませんの)
やれやれ、と深い呼吸をする。全員から念話が返ってきたことに安堵する。じゃあ何故手を貸したんだろう、と思った。あの村でトレドさんの弟さんを見たからかな。まぁ、その辺は後でいいや。
特徴的な装備を手早く外し、白刃と黒刃を手に周囲への認識偽装の魔法を解いてから結界の中に話しかける。
「一応、全滅のようです。しかしまだ何匹か森の中に潜んでいるかもしれません。僕達はこれから森の浅い領域を探ってきます。皆さんはここでじっとしていて下さい。少し弱いけど、結界は暫く効果が持続するように張っておきます。今からだと夜明け頃までは十分魔物を防ぎます。ここから動かないようにして下さい。良いですね?」
リュワの感知範囲内にはもう居ないようだ。死体と血臭を散らせば寄ってくる事は無いだろう。これだけの群れを全滅させれば森の中の食糧事情も改善されると思うし。念話で大きな角の個体がいれば角だけ貰っていこうと声をかけて、死体を一箇所に集める。最初の交戦地点に集合して、角を八本素材鞄にしまいこむ。村の人たちは僕の指示に従ってくれているようだ。
「ニム、この大きさの死体、どのくらい遠くまで飛ばせる?」
「見えなくなるくらいで良ければ飛ばせますの」
「じゃぁ、お願い。方向は……んっと、向こうかな」
南の方の森を指差す。冬は北風だよな、と風下を指定したけど……まぁ、数日後には騎士団も来るだろう。
「リュワは血臭を上空まで上げて散らしておいてね。僕はリースとルガーを連れてくるから。シノは念の為二人の護衛ね」
「わかったわ」
再び結界へと戻り、二頭を結界外へと連れ出す。結界の縁に黒い石を置いて長に言葉をかける。
「死体の処理が終わり次第、森を探ってきます。この石が白く変色したら結界から出られます。騎士団が来るまでは大きめの建物に集まっていた方が良いでしょう。非常時とはいえ、皆さんにとっては不愉快な言動があったかもしれません。お詫びいたします」
こちらに手を伸ばす赤ん坊の頭を撫でながらそう説明と詫びを口にする。
「い、いえ……縁もゆかりも無い村をお助けいただいて、感謝以外に言葉はありませぬ。お名前をお聞かせ願えますまいか」
「それは全部終わってからにしましょう。数日は森の中だと思います。……皆さんは何も恥じる事の無い王国の民です。くれぐれもお気をつけて」
すいません、戻ってきません。森の中と言っておけば、騎士団が周辺調査してくれるだろうし、僕達はあれこれと事情聴取される前に消えたい。だからくれぐれも名乗らないように、村人の前でお互いの名を呼ばないように最初に決めたのだ。集合場所では血溜まりに土を被せてその上から水を大量に撒いてくれていた。周辺の草も刈り取って踏みつけておく。少しは臭いも散るだろう。
「さて、じゃあ行きますか」
リュワを抱えてリースに跨り、外套の内にその小さな身体を納めて、一応森へと入る。大回りして街道に出たら少し東に戻って北へ向かおう。西に進んで騎士団と鉢合わせはぞっとしない。上陸してからあっちにこっちに予定が狂う。助言が欲しくなるな、まったく……
「怒ったシュウもー、格好良かったねー」
「そうよー。あの時のシュウも格好良かったのよー」
止めて下さい。そういう褒められ方ってどうリアクションすれば良いのか解らないんです。
「御使い様に相応しい威厳でしたの」
僕と同じようにニムを抱えたシノが得意そうな笑顔でニムの頭を撫でる。ちょっと、なんで馬を離すの?
「わー、シュウがー、温かくなってきたー!気持ち良いー!」




