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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
六章 成り立ちと思惑
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2

 上陸二日目、西へと向かう僕達はその村人を見つけた。正確に言うと村人だった遺体、だ。右肘から先は無い。蛇行する足跡は途中から身体を引き摺った痕跡に変わり、その先頭に遺体はあった。血の跡がないせいで、まだ肉食の存在には荒らされていないが、放っておけば時間の問題だろう。そして問題がもう一つ。


「魔法でー、やられてるねー」


「傷口が焼け焦げてる。他にも火傷があるし、火の魔法で吹っ飛ばされてるね」


 魔法使いが居る盗賊団か?手負いで足元の覚束無い被害者の逃走を放っておくだけの理由が荷にあったのかな?しかし、着ている物から察するに裕福な商人には見えない。土仕事に従事する村人の背負った荷に目の色変えるほどの値打ち物はないだろう。冬の寒さに薄い着物だ。金だってそんなには……待て。身体は硬直して冷たい。冬とはいえ死亡直後じゃないぞ?なんで食い荒らされてないんだ?流血は無いけど臭いはある筈だ。


「リュワ、感知範囲内にあるものを教えて!」


「あっちにー、村ー。ギリギリのところにー、魔物がー、うーんとー、二十くらいー」


「行こう!村に人はまだ居るね?」


「うんー」


 遺体を乗せ、馬をとばして到着した僕達が見たのは惨状だった。村の外れ、森の際に近い住居が四軒、焼け、潰れ、踏み荒らされている。肉が焼けた匂いが薄く残り、集まった村人は絶望を顔に浮かべることしか出来ていないようだ。道々推論を話し合った僕達は、それが当たっていた場合にとる行動まで予定して、相手に与える印象をぼかして話しかけた。


「一体何があったんですか?賊の襲撃ですか?」


「あ、アンタ達は……?」


「旅の武芸者です。お力になれるかも知れません、事情をお聞かせ願えますか?」


 鞄から各々が武器を出し、腰につけながら尋ねると、年恰好や物腰に安心したのか口々に話し始めた。

 昨年、村とその周辺は豊富な実りに沸いた。ささやかながらも賑やかな祭りは天上の存在にも届いたのか、人と動物にも幸いを届け、生の気配は強くなる。今年は小さな命が村の中でも森の中でも躍動していた。それを豊作と認識したのは肉食の生き物。頂点は魔物だ。


「大きな鹿が、魔法を……」


 涙を堪えたご婦人が、それだけを口にして泣き崩れる。


「纏魔鹿……厄介だな」


 肉体との結びつきを本能に刻んだ魔物は血と肉を求める。基が草食動物でもそれは変わらない。魔族の皆さんも、調理するとはいえ肉を好んで食していた。しかし、多少の変容をするとはいえ、基の身体は狩りに向かない。広範囲を見渡せる視界を生かそうと、この鹿は角を変容させた。アンテナの様に広がった角は魔力を編む事になったのだ。複数展開は無理だが、俊敏な身体は獲物との距離を魔法の射程に保ち、角が導いた魔力は広い視界に瞬時に顕現する。それが集団で。


「襲われました。数日前に二人、昨夜は九人です」


 身に仔を宿した母体の食欲は留まるところを知らない。ましてや冬。冬篭り前に動き回っていた動物達は、その大多数が今はもう安全な場所で長い夢の中だ。獲物の気配が薄い環境で、住民が適度にバラけた村を発見すればどうなるか。しかも一度襲った場所に行ってみれば逃げ出さずに怯えている。血の臭いを纏って帰って来た個体について行ってみれば豊富な獲物がうろうろしている。来るなと言う方がバカだろう。


「群れに知られましたね……急いだ方が良い。騎士団は?連絡は入れたのですか?」


「……ここは公爵領からの移民村なんじゃ。言ったところで」


「そんな事言ってる場合じゃないでしょ!馬は居ないの?!」


 俯く老人にシノの怒鳴り声が飛ぶ。赤子を抱いた母親だって居るってのに何言ってるんだ。急いで紙に要点を書いて長にサインを貰い、数人の若物に手渡す。公国の侵攻だと嘘を書いてやろうかと思ったほどだ。二度の魔物の気配に逃げたかっただろうに、繋がれてそれが適わなかった農耕馬は、跨られて村の出口に一目散に駆けていった。


「周囲に村人が入れる洞窟みたいなものは?」


「無いよ!あったらとっとと避難してるさ!」


「いっぱいー、動き始めたー」


 くそ、見たところ全員を収容できそうな大きい建物も無い。一箇所に集めてニムに対魔法結界を張ってもらうしか無さそうだ。纏魔鹿は接近戦を嫌うからニムの同時展開数が封じられるのは痛いけど、魔物を狩りに来たんじゃない、全滅したら元も子もない。


「村中央付近の開けた場所に全員を集めて下さい!間も無く魔物が来ますから急いで!この子が結界を張って皆さんを護ります!」


 進入経路は同じ場所だろう。ここで気配を消して僕とリュワで全開戦闘だ。シノは中間地点で討ち漏らしを始末してもらおう。強い口調で指示を飛ばし、三人からは異論は出なかったが、幼いニムを見た村人から反対の声が上がる。外より扉を閉めた家に籠もる、と。燃やされたらどうすんだよ、とリュワの報告に臨戦状態の煮立った頭が舌打ちした。ニムに向かって指示を出す。


「対魔法結界。全力で撃ち込むからそのつもりでね!」


「解りましたの!」


 ニムの周囲数人をリュワが魔法で縛り、直後に結界が張られる。荒療治だけど悠長な事は言ってられない。僕の周囲に七つの火球が顕現し、現れたと同時に結界に突撃を始める。リュワも残りの全員を囲む結界を張ってくれているので心配ないだろう。

 現象を視認した村人が悲鳴を上げるより速く殺到した火の玉が、恐怖を浮かべた顔に届く寸前で散じる。これで否と言う人まで守るつもりは無い。


「貴方方を守る義務は僕達には無い。家が良いなら籠もっていて下さい。しかし燃やされても外には出ないように。周囲に延焼して村を焼き払われても迷惑です。死ぬならひっそり死んでください」


 そう言って森に向き直り、白刃と黒刃を抜き放つ僕の隣でリュワが鉈を構える。シノも移動を始めてニムと場所の選定に入っている。


「一度結界を張れば出入りは出来なくします!そこで腰を抜かしているのは死んでもいい人達なんですか?!」


 怒鳴り声に反応して立ち上がれない人に肩を貸す人、家族を呼びに走る人、シノとニムを追いかける人。僕達の周囲から人が居なくなったのを確認してリュワに距離を聞く。


「もうちょっとー、時間があるみたいー」


 存在を消して鞄から戦装束を取り出す。リュワの装備を手伝って刀を渡し、僕も着替える。シノとニムにも念話を送り、シノは戦装束と長巻、ニムは洋装防具を装備したと返事があった。事を収めた後を念話で打ち合わせ、指輪でそれぞれの位置を確認する。公国さんのところで銀線の数を四つに増やした指輪はそれぞれがそれぞれの位置についたことを教えてくれた。


「近付いてきたよー」


 僕にも気配が届き始めた。地を蹴る蹄の音も響いてくる。


(全員集まりましたの。結界を張りますの)


(わかった。シノ、そろそろこっちは会敵だ。気配は消し続けてね。察知されると距離を取られるよ)


(うん!)


「んっとー、八十くらいー」


「了解……来たよ。引き付けてね!」


 森は殺到する地響きを増幅させて、魔物の集団を半狂乱にまで煽っている。殺気が突き刺さってこないという事は、隠蔽が出来ているからだろう。

 僕とリュワの頭上に四十二枚の風の刃が形成される。同時に角を前にと突き出した鹿達が森から溢れ出て来た。

 その目は赤く血走り、まるで紅蓮の炎が籠められているのかと思うほどだった。

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