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二番の部屋に入ると怜悧な雰囲気の女性と、世紀末覇者みたいな肉体のおじさまがいた。
秘書とギルマスかな、と『眼』で観察する。嫌な感じは無かった。
「向かいの部屋を見ただろう?馬鹿をやった奴はああやって締める。ペナルティも相当だから肝に銘じておけ」
おじさまが威圧するように睨んで言う。
ぶんぶん首を縦に振る。ちょっと涙目で。
「デッコー、威嚇しない」
「しかし最初にガツンと……申し訳ありません」
言葉の途中で女性に睨まれ頭を下げるおじさま。僕の予想は逆だったみたいだ。
「まずは自己紹介を。私はドリス・シュライト。冒険者ギルドアレスト支部の統括責任者だ。彼は護衛のデッコー」
苗字があるって事は血にも力があるってことだ。
「シュウと申します。冒険者を志して登録に参りました。宜しくお願いいたします、シュライト様、デッコー様」
頭を下げながらの口上を聞いてドリスさんの眉がピクリと動く。
「その礼儀……年齢が本当だとしたら、デッコー、君は不味いかもな」
デッコーさんの顔色が悪い。
「いえ、自分は唯の冒険者志望の小僧です。お二方が御気になされるようなものは持ち合わせてはおりません」
「良かったな、デッコー」
(喋り方直したほうがいいかな……どんどん墓穴掘ってる気がする)
「ではシュウ。君をここに呼んだのは断罪するためではないから脅える必要は無い。そこに座って」
「はい。失礼します」
テーブルを挟んでドリスさんと僕が座る。デッコーさんは立ったまま僕の挙動に注意を払っている。
嘘発見器と登録の時の情報を書き留めた紙がおいてある。それを見ながらドリスさんが口を開いた。
「まず問題は年齢。登録に当たっての年齢制限は設けてはいないが、若すぎる」
「と申されましても……こればかりは自分ではどうしようもありません」
「物腰を見るに心配ないかとも思うが、幼い精神は無法者に引きずられる事が往々にしてある。力が足りずに生きようが死のうが別に構わないが、ギルドに登録した以上、他人を害すれば大なり小なり私にも不都合な事態になる」
「肝に銘じておきます。誓って御手を煩わせるような事はいたしません」
「それに手を置いてもう一度」
石板を目で指し示される。
手を置き、ドリスさんの目を見ながら宣誓する。
「よろしい。君に限った事ではないが、今の言葉を違えるような事になれば、どんな小さな事でもすぐに手配書が出回る。向かいの部屋の馬鹿みたいにな」
「はい」
「年齢はこれで良いとして……手はそのまま」
この雰囲気で十四歳に脅えるなってのは無茶だろ……
「出身地に関してだが、訳ありの冒険者もいるから突き止める事はしない」
んじゃなにが問題なんだ?
「知っているかもしれないが、ギルドを組織してからまだ二年。連合国家の外には支部が設置されていない。各国のお偉方が渋ってな」
ふむふむと心で頷き無言を貫く。
「ギルド所属員には専用の鑑札が渡され、連合国家の中なら移動は自由、街の入出門での石板使用による人物鑑定も免除される。が、その制度に乗っかって他国の間諜が跋扈するのを許すと、ギルドとしては非常に不味い」
「理解できます」
「ではここからは質問だ。言葉に出して答えるように。他国との深い関わりはあるか?」
「……ありません」
深い関わり、と聞いて滅んだ藤守一族が頭を過ぎる。貴族階級で情報の坩堝であろうギルド長、はるか彼方の国の事とはいえ身元がばれるかもしれない。
そう考えると思わず嘘をついていた。石板の色が黒へと変わる。
ドリスさんの目が細くなり鋭さが増した。デッコーさんの方からは微かにチャキ、という音が聞こえる。
「……その関わりに基づいてこの国の内情を探っているな?」
「いいえ」
再び色が変わり白くなる。
「その国に戻るつもりはあるか?」
「はっきりと心に決めてはいません」
「つまり戻る可能性もある」
「はい」
「この国には同志、協力者、後ろ盾、あるいは自分の下につく人材を求めに訪れた」
「違います」
「この国の王族、貴族、統治機構や重鎮、社会制度に害意はあるか?」
「社会制度に関しては詳しくは知りません。それ以外のお尋ねになった方々には殺意、害意、悪意は持ってはおりません」
ここまで石板は白いままだ。
ドリスさんの雰囲気が石板に手を置く前のものに近くなった。
「ではこの街に来た経緯を話してくれ」
北門でモーリスさんにしたのと同じ話を出身地は言わずにドリスさんに説明していく。その過程でデッコーさんは剣から手を離したようだ。
「ふむ、理解した。書類は登録にまわすように手配しよう。詰問して悪かったな」
「お立場あっての役目だと存じ上げます。日々の糧を稼ぐためにお願いしているのはこちらですし」
ドリスさんの口の端が僅かに上がった。
(ようやくかよ……キツかったー……)
「フフフ、気を抜くのはまだ早いかもしれないぞ?」
「含むところはありません、重ねてご質問があればお答えいたします。」
「からかいが過ぎたな、楽にしてくれ。個人的には剣の道に邁進する若者には好感が持てる。礼儀も申し分ないとなれば尚更な」
「若輩者に過分なお言葉、ありがとうございます」
「連合国家、というものは微妙でな。外敵に対抗するために小国同士が連合を組んだのは良いんだが、一つの国としてのまとまりは薄い。書類と信義に結ばれてはいるが、何かあれば信義は猜疑心に変わる。指を咥えて見ていれば次の瞬間には誰かの牙にかかって引き裂かれるだろう」
「ここに来て日は浅いですが知己もできました。彼らの顔が歪むのを見るのは……辛いです」
飲みながら笑っていたガルさんや、酔い潰れた彼に毛布をかけていたアリーシャさんの優しい顔が頭に浮かぶ。
「そうならないように努力するのは我々の役目だ。君は望むものへと手を伸ばす事に注力すれば良い」
「わかりました」
「さて、ついでに所属員への注意事項を済ませておこう」
「よろしいのですか?忙しいお立場では?」
「個人的に気に入ったと言っただろう?これも息抜きになるさ」
気に入られたの?それであの雰囲気なの?
デキる女性にちょっと憧れていたけど僕には荷が勝ちすぎる、と思いながらお願いしますと口にした。