2 angel's capacity (3)
二人分のコーヒーを淹れて(ヒュキアの分には砂糖を入れて)ローテーブルの上に置くと、僕は言った。
「で、さっきのリーマンナイフも超能力者というわけか」
「その呼称はリーマンショックを彷彿とさせるわね。彼の名前は久留間崎。私の父であるスピーゲルマン博士のボディガードとして雇われている人物で、超能力を有してはいないわ。……もし標準を超える身体能力を超能力と呼ぶのであれば話は別だけれど、私のいた研究所ではPKではなくESPを主な研究対象としていたから、彼は研究材料としての扱いは受けていない。」
「奴の身体能力はサイコキネシスなのか」
「サイコキネシスという言葉も、『平均的な範囲を逸脱した身体能力』であると私たちは解釈しているわ。PKの例でよく持ち出されるのはポルターガイスト現象だけれど、あれに関しても私の周囲の人々からは、例えば『幼い少女が常識的にその年頃の少女が有しているとは考えられない強大な筋力を発揮した結果』だと見なされている。」
「お前はPK能力者なのか?」
「私をESPとPKの両方の能力者と呼ぶことは可能ね。ただ、私の戦闘能力は相手の思考を読み取る能力に基本的には由来してしているから、切り離して考えるのは難しいけれど。」
随分とややこしそうな話だったので、僕は話題を変える。
「久留間崎って、日本人だよな?お前の日本語の先生といい、その研究施設は日本人率が高かったのか?」
「いえ。私の周囲には日本人は園部先生と久留間崎くらいしか居なかったわ。博士の護衛任務を担当している者は他にも居るけれど、今回、久留間崎が同行したのは滞在地が日本だったからという人選でしょう。」
「その、久留間崎はなんでお前を襲撃してきたんだ?組織を離反したからか?」
「私が実の父親であるスピーゲルマン博士を殺そうとしているから。」
またしても物騒な話になってきた。
「久留間崎が私の目的を把握しているのかどうかまでは判らない。ただ、私が博士に接近することを防ごうとしているのは確か。」
ヒュキアはそこで息継ぎをするように間を置いた。
「私は島から連れ出されて以来、父親に会ったことは無いの。顔を見たことも声を聞いたことも無い。理由は多分、私が近くにいる相手の思考を読むことができるから。私に知られるわけにはいかない機密事項が有るのでしょう。」
「じゃあお前は、父親に一度しか会ったことが無いっていうのか。子供の頃に」
「ええ。」
「それでなんで、殺そうなんて考えになるんだ?」
「彼らが私たち超能力者を軍事的な目的で利用する方向にシフトしつつあるから。というより、研究所の設立当初から国防総省に資金的援助を受けていたらしい。私は自分の能力が研究対象になること自体にはさほどの抵抗は無いわ。でも、戦力として利用することを目的に、能力を高めるための干渉をされたり過度の薬物投与を受けたり、或いは洗脳的な教化を受けたりするのには嫌気が差した。もう、やめさせたいの。そんなことは。」
それは確かに非人道的な話だ。しかし。
「気持ちは分かるけど、その博士を殺す以外の方法は無いのか?」
「研究所で一緒に研究材料にされていた私の親友は、苦しみ抜いた末に一切の感情を失ったようになってしまったわ。私と幾つも歳の離れていない女の子なのよ。あんなこと、許せない。」
今までずっと無感情に喋っていたヒュキアが、そのときだけ語尾を震わせた。
僕は絶句した。先程の、ヒュキア自身が研究対象となることで超能力研究所が設立されるに至ったという経緯と照合すると、救いようの無い話だ。
「私一人の説得や努力で状況が改善されるのなら、とっくにそうしているわ。でも、私は父に会うことすらできない。組織と対立するつもりなら徹底抗戦しか道は無いの。研究所を解体させるには、所長であるスピーゲルマン博士の命を奪うのが最短コース。今なら後継者になれる人材も居ない。現在の体制は関係者の間でも賛否両論だから、博士を失った研究所は崩壊するはずなの。」
「待て。賛否両論って、研究所の中に現状への反対派が存在するってことだよな?じゃあ、その人たちに働きかけて地道に改善を試みるという方法が有るだろう」
「研究所を潰さない限り、超能力者の軍事利用という方針が変わることはないわ。なぜなら、最初からそれが研究所の存在理由のようなものだもの。ついていけないと感じた人たちは、次々に組織から離脱しているわ。」
ヒュキアの理屈はどうにも極論に過ぎるように僕には思えた。本当に、父親を殺す以外の手立ては無いのだろうか。




