2 angel's capacity (1)
「さっきも話したけれど、私が生まれた島は一年中、嵐に襲われていたり濃霧に取り囲まれたりしていて、外の世界からは隔絶されていた。私に日本語を教えてくれた先生は『文化レベルが低い』という表現を嫌っていたけれど、『文化的なレベルが低い』という言い方が最も分かりやすいから、今はそう言っておくわ。私の母親の父親、つまり私の祖父は島の村の長で、母は村の祭祀に携わる巫女の一人だった。」
僕は彼女にまるで王族であるかのような印象を持ったのだが、村長の孫娘に当たるのなら、強ち見当外れでもなかったということになるのだろうか。
「村では一年に一度、盛大な祭りが行われる。海に向かって神霊を呼び、その神霊を迎え入れ、もてなして帰す。勿論、形式的で儀礼的なものに過ぎないのだけれど。」
その祭りを行う島の出身者であるヒュキアが『形式的で儀礼的』という表現を用いることに僕は違和感を覚えたのだけれど、しかし確か彼女は十二年前からアメリカ暮らしだったって言ってたな。
「……ただ、ある年の祭りの日、神霊を迎える祈りの最中に、沖のほうから小舟が流れ着いてきたの。それに乗っていたのは白い肌と緑色の瞳をした一人の青年だった。村人たちは彼を神霊として迎え饗し、再び海へと送り帰した。それから一年近く経って生まれたのが、私。」
その話の意味を想像して僕は何も言えず、ヒュキアのカドミウムグリーンの瞳を見つめた。
「カドミウム?さっきはエメラルドグリーンって思っていなかった?」
彼女が眉を顰めて呟いたのは聞こえたけれど、フリーズした状態の僕の頭には言葉が入ってこなかった。聞き流す形で、その前の話題に戻る。
「さぞかし大切に育てられたんだろうな」
「いいえ。迫害されていたわ。」
ヒュキアは何の感情も込もらない声で淡々と続ける。
「私には生まれつき特殊な能力が有ったから。はじめは他の子供たちと同じように育ったけれど、私の力が知れ渡ってからは村の人たちは気味悪がって、母と私を村外れの小屋に住まわせることにした。母には村と小屋とを行き来することが許されていたけれど、私は村の中に入ることも殆ど無かったわ。そんな暮らしが続いた後、父親が私を迎えに来たの。その頃の父は駆け出しの研究者で、フィールドワークのために近くまで来ていたらしい。過去に訪れた経験が有ったとはいえ、再び島に辿り着くことができたのは奇跡に等しいという話よ。彼は自分に娘がいるという事実と、その娘の置かれている状況を知ると、私を島から連れ出した。」
「いいお父さんじゃないか」
「いえ、そうではないの。父の目的は、私を研究材料として利用することだった。私に関する研究の成果によって、父は自分の研究所を設立するに至った。研究所の名称は日本語に訳すと、スピーゲルマン超能力研究所。私の父は、その創設者にして現所長。名前はジョン・ジークムント・スピーゲルマン。」
超能力研究所。そんなものが実在するのか。
「存在が公になっているのかいないのかは知らないけれど、実在はしている。私が島を出た後しばらくして連れて行かれ、育てられたのが、その研究所。私に立ち入りが許されていたのは施設の一部分だけだったけど。」
「で、そこの連中は、この世に超能力が存在すると信じているってわけか」
僕がそう言うと、ヒュキアは少し考え込むような素振りを見せた。
「貴方は超能力というと、どんな想像をするの?」
「ESPとかPKとかいう単語は知ってる。基本的には子供のお伽話みたいなものっていう認識かな」
ちなみに確か、ESPはエクストラセンソリー・パーセプションの略で、PKはサイコキネシスの略だ。
「超能力、という日本語は適切ではないのかもしれないわね。つまり、簡単に説明すると……現代の一般的な科学は、『普遍』や『平均』を追究することを基本スタンスとしている。けれど、そうした標準的な科学や医学では説明の付け難い、平均値を大幅に超えた特殊な能力を有する人間は存在する。解り易い例では、並外れた視力とか、常人には想像もつかないような高い聴力とか。私たちは、そうした『常識を超えた能力』という意味合いで超能力という言葉を使っているの。決して非科学的な妄想のことを言っているのではなく、超常的な現象に科学的な説明を付けようと試みているのよ。」
僕は少し考えて応えた。
「お前の言っているのはこういうことか。ある特定の音を聞き取ることが可能な人間と不可能な人間とがいる。聞き取ることのできない人間のほうが大多数で、聞き取ることの可能な人間は稀にしかいない。その結果、一般的な常識としてはその音は聞こえない音ということになっているが、聞き取ることができる人間は『常識を超える能力を有している』と判断される。それが超能力の一種だ、と。」
「理解してもらえて嬉しいわ。」
その反応はアメリカ人ぽいな。
「私はアメリカ人ではないと言ったはずよ、真菅。」
「なんで僕が考えたことが分かるんだ。そしてなんで君は僕の名前を最初から知っていたんだ。」
「それは……」
ヒュキアは口ごもる様子を見せつつも、僕の質問に答えた。
「私には他人の思考を読み取る能力が有るからよ。」
やっぱりそういう話になるのか。




