8 angel's first awareness (3)
「なあ、ヒュキア」
僕は気になっていた疑問を口に出すことにした。
「前に神社で話したときに、神様に願い事をしただろう?」
「ええ。」
「あのとき君は、何をお願いしたんだ?」
やはりコーデリアという少女を救うことだったのだろうか。それとも、スピーゲルマン博士の命を奪うことだったのか。
「どちらも違うわ。なぜなら、それは私が自分の力で行うべきことだったから。あの時、あの場で願うのに相応しいのは別のことだと考えたの。」
「それは何だったのか、訊いてもいいかな?」
少し前を歩いていたヒュキアは立ち止まって、僕のほうを振り向いた。自然、僕も足を止める。
「真菅……八宏、貴方が幸せになれますように。私はそう願ったわ。貴方がもう、独りで泣かなくて済むように。」
日光が彼女の明るい色の髪を照らしている。
僕は喉が詰まるような心地がした。
なんで、この娘は、いつもいつも自分よりも人のことばかり心配しているんだ。
こんなに本人が危なっかしいのに。
込み上げる熱い塊を抑えてやり過ごしながら、ヒュキアの目を見詰める。
「……僕は、君が笑えるようになるまで、幸せにはなれない。」
そう、僕は出会ってから今までの間、彼女の笑顔を見たことが無かった。
思い返せば色々と楽しいことが有ったような気がするのに、彼女自身が笑っているのを見た憶えは無い。
笑っている余裕なんて無いくらい深刻な状況ではあったのだろうけれど、事件が一応の落着をした後の今でも、それは変わらなかった。
コーデリアほどではなくとも、ヒュキアも感情表現に何らかの支障をきたしているのかもしれない。
彼女が自分自身を大切にするのが難しいのなら、僕のためであってもいいから、彼女自身を顧みてほしかった。僕の世界に引っ張り込んででも。
「僕にとっての幸せは、君が笑ってくれることだよ。」
「それなら私はこうやって、無理に作り笑いをすることにするわ。」
彼女は言って、少し口の端を持ち上げた。
ひょっとすると、こういうのもツンデレと云うのだろうか。
「君は、生まれた島に戻ってお母さんに会いたいと思うならそのための努力をすればいい。コーデリアを研究所から連れ出したいのなら、そのために努力をすればいい。それができるようになるには何をすればいいのか、僕も一緒に考えるから。」
例えば、その目的のために有利な職業を探すことは可能だろう。彼女自身にしても僕にしても。何も一生、雛胤丹膳のブラックな企業(そもそも企業なのだろうか?) に雇われ続ける義務は無い。
ヒュキアは驚いたように目を見開いた。
「あ、勿論、君にとって僕なんかは必要無いのかもしれないけど。」
「そんなことは無いわ。貴方はいつも、私が思いもしなかったことを考えつく。貴方がいれば、私は何だってできそうな気がする。私にとって、貴方は特別な人よ。八宏。」
ヒュキアは今度こそ、心なしか笑顔になったように見えた。
それは僕の見間違いかもしれないけれど。
―終―
「テンシノシカク」完結です。おつかれさまでした。