7 angel's dead angle (9)
僕はヒュキアの近くまで歩み寄りながら言った。
「だとしても駄目だ。そんなことをしたら、君は殺人者になってしまう。」
「だけど」
「やめてくれ、ヒュキア。お願いだ。そんなことをしたら、君は犯罪者として拘束される。いくら君でも何百人とか何千人の軍人から追われたら、逃げ切れないだろう?捕まったら今度こそ、そいつみたいな連中の道具にされる。君は、親友が苦しむ姿を見るのが辛かったんだろう?君が同じような目に遭ったら、今度は僕が辛い。君と同じ苦しみを僕に味わえっていうのか?」
この男を絶命させたとしても、同じようなことを考える人間が他に存在しても不思議は無い。その人物が生易しい手段を選んでくれるとは限らない。言い逃れのできない立場になった彼女がどんな扱いを受けることになるのかは、想像したくもなかった。
ヒュキアは黙って銛を手放し、男をうつむけて両腕を押さえ込んだ。
ヘリコプターの操縦席に一瞬だけ視線を送って(パイロットが攻撃してくる意思が無いかどうかを目視で再確認したのだろう)、眼下の男の後頭部に向かって宣言した。
“カール・ヘッケル.私は貴方の手先になんて,ならない.私たちを戦力として利用しようとするなら,私は貴方を絶対に許さないわ.”
「そういうことか。」
驚いたことに、スピーゲルマン博士が口を開いた。
「政府側が私の命を狙うというのなら話は違ってくる。今まで通りに協力を続けるわけにはいかない。」
園部がスピーゲルマン博士の言葉を継いだ。
「正式に袂を分かつことになりそうですね。この国に拠点を移動させることも視野に含めて、手筈を整えます。」
僕には博士たちが日本語で会話をしている理由が判らなくて戸惑ったのだが、もしかするとヘッケル氏は日本語を解さないのかもしれない。
非常階段のドアが開き、久留間崎とコーデリアが走り出て来てきた。久留間崎が、倒れているボディーガード二人をロープで拘束し始める。
ヒュキアは自分の父親を見上げた。
「アメリカ政府に対して反逆を開始するということ?」
「それは本当の危難に直面した時に決断して選ぶ道であって、決めるのは今ではない。」
ジョン・ジークムント・スピーゲルマンはそう言って、ヒュキアと視線の高さを合わせるようにその場に膝を着いた。
「どうやら私は結論を急ぎすぎたようだ。君の件に関しても。」
「私の意向は聞き入れてもらえるのかしら?」
「可能な範囲内で尊重することを約束しよう。」
僕にはよく解らなかったが、事態は好転したようだった。
それにしても会話を聞いていると、なんとなく親子だけあって似ているな。この二人。
空を見上げる。
夜明けにはまだ遠い時刻だった。