7 angel's dead angle (7)
廊下の奥のドアが開き、金髪で長身の男性、スピーゲルマン博士が中から出てきた。彼は物静かな佇まいでドアを閉めて、僕たちに向き直る。
僕は博士に食って掛かるように詰め寄った。
「あんた、ヒュキアのことを何だと思ってるんだ⁉独りよがりにも程が有るだろう?」
スピーゲルマン博士は無言で僕を見下ろした。
「あんたがヒュキアにとって何が幸せだと考えていようが、彼女の自由を奪う権利は無い。ヒュキアはもう、自分の道を選んでいる。他人に囲まれて他人の思考に苦しむことになっても、ヒュキアは親友を救い出したかった。自分自身を解放したかった。その気持ちを尊重せずに彼女の幸せを勝手に決めつけるなんて、間違ってる。あんたはもっと早く、ヒュキアと話をするべきだったんだ。」
博士が口を開きかけたように見えた。
その時、ばりばりばり、という物凄い音が聞こえた。
ヘリコプターの音だ。すぐ近くまで接近している。
僕が轟音に虚を突かれた隙を狙ったように、スピーゲルマン博士は通路の途中に有るドアを開いて中に駆け込んだ。
「非常階段⁉」
「屋上よ。」
ヒュキアは壁に立て掛けてあった銛を素早く手に取り、博士を追い掛けて非常階段のドアに跳び込んだ。僕も急いで後を追う。
僕が追いついたとき、ヒュキアは階段の踊り場で銛を肩に担いだ体勢で構えているところだった。
そのまま博士の背中に向かって斜め上に銛を投擲する。
全く槍投げの要領である。お前は大人しくトレーニングでも積んでオリンピックに出場しろ、と言いたくなるほどの見事なスローイングフォームだった(オリンピックの槍投げに女子の部は有るのだろうか?)。
博士の背中に吸い込まれるように飛んでいった銛は、がつんという音を立てて、閉まりかけていた屋上へのドアに挟まった。ヒュキアと僕は階段を駆け上がる。銛が挟まったおかげでドアがロックされずに済んだ。そのドアを、二人で一緒に通り抜ける。
屋上に出ると、ヘリポートに着陸したヘリコプターの中から複数の人物が降りてくるところだった。
ヒュキアは拾い上げた銛を再び構える姿勢になっている。
屋上のライトに照らし出された中央の人物は、茶色い髪をした白人男性らしかった。ボディガードとおぼしき黒スーツの男を二人、従えている。
「カール・ヘッケル。米国防総省に在籍している人間だ。」
いつの間にか追いついてきていた園部鵺が、背後で呟いた。
「どうやら今回の事件の黒幕らしいな。」
「ええ。」
ヒュキアが応えた。あの男の思考を読み取ったのだろう。
「雛胤丹膳の依頼主は彼よ。」
「ちょっと待て。ってことは」
「スピーゲルマン博士の殺害を私に決意させた、張本人。」
カール・ヘッケルという男はスピーゲルマン博士と話をしているようだった。僕は詳しく知らないのだけれど、(陸軍とか海軍ではなく)国防総省に在籍しているということは、それなりに地位の高い人物なのだろうか。光の加減で判別が難しかったが、年齢はジョン・スピーゲルマンと同じくらいに見える。
「何を話しているんだ……?」
園部が僕の隣に立った。
「超能力研究所が日本政府に軍事的なノウハウを提供することが、国防総省との契約に違反するという告発だ。」
そんな国家レベルの話をこんな所でしなくても。