7 angel's dead angle (6)
「判らない。もう、どうすればいいのか。」
ヒュキアは廊下に座り込んで、両手で顔を覆った。
僕はソファから腰を浮かせる。
「今の話を聞いてたのか?」
ヒュキアは微かに頷いたが、返事はしなかった。
「博士に何か言われたのか?」
ヒュキアはもう一度、頷いた。
僕は彼女の傍に膝をつく。
「黙ってちゃ、僕には分からない。何が有ったんだ?」
「……スピーゲルマン博士は、自分が私の実の父親であることを認めたわ。」
「良かったじゃないか」
「そうじゃ、ないの。」
ヒュキアはゆるゆると左右に首を振った。
「彼は言ったの。超能力研究所に資金が必要なのは、私のためだって。私に平穏な生活を用意するには広大な敷地と莫大な費用を要する。そのために私以外の超能力者を戦力として国家に提供するのは仕方が無いことだって。」
「そんな」
「博士は、私のことは研究施設から外に出さないつもりだった。コーデリアや他の人たちを犠牲にして、その犠牲と引き換えに、私に幸せな生涯を送らせるつもりだったって。……私の幸せが何かなんて、知りもしないのに。それが私のためだなんて、私の幸せのためだなんて。私の希望なんて知らないのに。私の話なんて聞いたことも無いのに。」
僕はヒュキアの言葉に引っ掛かりを覚えた。
「でも、それなら君に戦闘訓練を施す必要は無かったはずだろう?」
園部が僕たちの近くに立った。
「それは基本的には、ヒュキアに自分で自分の身を守る術を身に付けさせたかったからだ。例外的にはギドニスのように、ヒュキア以外に模擬戦闘が可能な相手がいないというパターンは有るが。他の被験者とヒュキアとでは、訓練の内容も投与される薬物も異なっていた。」
「最初から、超能力研究もその利用も、私のために始められたことだったっていうの?私がいなければ、コーデリアがあんな目に遭うことも無かったっていうの?私は、どうすればいいの?」
絞り出されるような彼女の声に、僕は言葉を失った。
ヒュキアの絶望が皮膚から染み入ってくるように、鳥肌が立った。
その話が本当だとすれば、彼女が変えたかった状況の原因が、彼女の存在そのものだったことになる。
掛ける言葉が思い当たらない。
ヒュキアはうずくまったまま、肩を震わせて泣いている。
誰よりも強いと云っても過言ではない彼女が、無力感に打ちひしがれている。
何か、言わなければならない。
僕が今、彼女を支えなければならない。
「……ヒュキア。君は……君の幸せは何なんだ?」
ヒュキアは息を止めたように肩の震えを止まらせた。
「君にとって何が幸せなのかを、君はちゃんとお父さんに伝えなきゃならない。どんなに苦しくても選びたい道が有るなら、それを話さなきゃならない。」
ヒュキアは幼い少女のように僕を見上げた。
「話しても分かってもらえなかったら?」
「その時は、君が自分の力で自分の選んだ道を実現させればいい。君にはその力が有る。それだけの超能力が有るなら、何だってできそうじゃないか?一人では無理だっていうなら、誰かに手伝ってもらえばいい。僕も、大したことはできないけれど、協力するから。」
「真菅。貴方には何も関係の無いことなのよ。貴方は今まで通り、平穏に生きていけるはずなのよ。私と関わったら、貴方を巻き込んでしまう。きっと酷い目に遭うわ。」
「でも僕には、君のことを忘れて以前の生活に戻るなんて、できない。関係無いなんて言わないでくれ。君と僕は、もう関わってしまったんだ。出会う前には戻れない。僕が普通で平和な日常を送るためにだって、君が必要なんだ。」
僕のことを解ってくれる君が。
「真菅……」
ヒュキアは落ち着きを取り戻したようだった。