7 angel's dead angle (5)
僕と園部は部屋の外に出て、廊下に設置してあった一人掛け用のソファに各々座った。ソファの間には小さなテーブルが有る。
園部はヒュキアから預かった銛を壁に立て掛けていた。こうして高級なホテルの廊下で間接照明に照らされていると、本当に何かの美術品のようだ。
「自己紹介が遅くなった。私は園部鵺だ。」
「真菅八宏です。」
「ヒュキアとは、どういう関係なんだ?」
どういう関係なのだろう。僕にも判らない。
「……隣人です。」
「隣人?」
「アパートの隣の部屋に住んでて。」
「それだけ?」
「彼女が部屋の鍵を無くしてしまって、僕の部屋に来て……それが先週の話ですね。」
「ふうん、行きずりの相手というわけか。」
「その表現はやめてもらえませんか?」
誤解を招きそうな言い回しだった。
「私たちのことはどれくらい知っている?」
「大体のことは、ヒュキアが話してくれました。」
「話した?あの子が?」
園部は驚いた様子だった。
「彼女の生い立ちとか、超能力研究所でどんなことをしていたのかとか、色々と聞きましたよ。」
「それを君は信じたのか?」
「さあ。僕にもよく判りません。超能力が本当に有るのかどうかなんて考えても解らないし。ただ、彼女にとってはそれが本当のことだっていうのは理解できました。実際に、常識的には信じられないような人間を何人も見る羽目になりましたしね。」
僕はおどけて見せた。
「では、君は私たちの活動に対して一定の理解を示してくれていると考えていいのかな?」
「何の罪も無い女の子を拉致拘束したり、人体実験をしてもいいとは思っていませんよ。」
僕は園部の目を見据えた。
「拉致拘束に人体実験か。人聞きが悪いな。それらの点に関しては認識の相違が有るようだ。」
「認識の相違?」
「私から説明する前に、そちらの事情を一通り教えてほしい。コーデリアの説明は要領を得なくてね。ヒュキアに協力している人物とは、一体何者なんだ?」
僕は返答に窮した。雛胤丹膳と取り引きをしている僕の身の上では、幾ら不審人物じみているとはいえ、奴の情報を安易に漏洩するような真似はできない。
「……ヒュキアの協力者の名前は言えません。彼自身も、別の依頼主から任された仕事をしているだけだという話でした。」
「その依頼主の名前は?」
「知りません。」
「依頼内容は?」
「ヒュキアがスピーゲルマン博士を殺……博士の命を奪うための支援をすること、だそうですよ。」
園部は自分の顎に指を当てた。
「成程。」
「何か判ったんですか?」
「考えられる可能性は幾つか有るが、その中で有力なものは二つ。一つは、超能力者たちの能力の程度を知るために故意に被験者同士を戦闘させようという意図に基づくという可能性。もう一つは、本当にスピーゲルマン博士を殺害しようという目的を有している可能性だ。前者の場合、その依頼主というのは今回の私たちの交渉相手だろう。そして後者の場合、依頼主は米軍関係者だ。」
「どういう意味だ?」
僕は敬語を使うのを忘れて尋ねた。
「念のために訊いておくが、まさか君は、同じ名前を掲げているからといって、その国の『政府』と『国民』がイコールだと考えるような手合いではないだろうね?」
「ええ、まあ。」
民主主義だの国民主権だのと云ったところで、結局は政治なんて一部の人間の利害関係やパワーゲームの結果でしかないのだろう。そういう意味では、一人一人の政治家や役人の事情すら超越しているのかもしれない。
「我々の研究機関が米国に設立されているからといって、私たち個人の国家に対する忠誠心が私情よりも優先されるわけではない。同時に、『政府』という無人格なシステムは、時として『個人』を顧みない。『その国の人間でない個人』に対しては、尚更だ。」
「ヒュキアのことですか?」
「まあね。でも、それだけではないよ。」
園部鵺は眼鏡のフレームを持ち上げた。
「国防総省に、超能力研究所を自分たちの支配下に置こうとスピーゲルマン博士に常時プレッシャーをかけている人物がいる。スピーゲルマン博士の存在を消せば、彼が研究所を思いのままにできる。現在のところ最も博士の命を奪いたがっているのは、その人物だろう。」
「それが本当だとすると、ヒュキアは」
「ああ。自分で自分の首を絞めているようなものだ。スピーゲルマン博士を殺害すれば、研究所で更に非人道的な行為が行われることになる。」
その時、部屋のドアが開いてヒュキアが出てきた。足取りに力が無い。
ホテルの廊下の照明に照らされて、彼女の明るい色の髪が揺れた。
僕と園部の姿を認めて、よろめくように廊下の壁に片方の肩を当て、口を開く。
「私は、どうすればいいの?」