7 angel's dead angle (4)
三人でエレベーターに乗る。園部がドア脇のボタンを操作した。
沈黙が気まずい。
僕は何か話すことを探した。
「この建物に居るのは、あんたたちだけなのか?もっと厳重な警備がされていたりしないのか?」
ショッピングモールの事件では情報操作をしたりとか、大層な規模の人間が動いていたみたいに見えたけど。
「言葉遣いを改めたまえ。それは歳上の相手に対する話し方ではないぞ。」
園部に叱られた。
「すみません。でもヒュキアはいいんですか?」
「私とヒュキアが何年の付き合いだと思っているんだ。」
「ギドニスの周囲で配置に就いていたのは、日本の国軍?」
ヒュキアが口を挟んで僕の疑問を代弁してくれた。
園部が息を吐く。もしかして笑ったのだろうか?
「滅多なことは言わないことだ。日本には一応、軍隊は無いということになっている。それにしても海外で米軍の援護をすることの、一体どこが自衛活動だっていうんだろうね。余計な恨みを買って標的になるリスクを負うだけだろうに。そんなことをしていたら、なし崩し的に巻き込まれるよ。そうは思わないかい?」
今度こそ破顔しながら園部は僕に質問してきた。
水を向けられても困るので黙っていると、彼女は真顔になる。
「しかし、今回の件に日本政府が関与しているのは事実だよ。」
僕は先刻、雛胤が言っていたことを思い出した。
「日本に超能力研究所の支部を作るとかいう話ですか」
「ああ。君たちがどういう理解の仕方をしているのかは知らないが、ヒュキアの存在は今回の件に関しては副次的な不確定要素に過ぎない。私たちのほうから積極的に危害を加えようという意図が有ったわけではないことは把握しておいてほしい。」
「じゃあ、ナイフ男や怪力男を送り込んで来たのは、あんたたちじゃないって?」
「どうにも情報が錯綜しているようだ。私たちには脅迫が届いていたんだよ。『ヒュキアを手の内に取り込んで刺客として差し向ける』という主旨のね。」
「それは、誰からの脅迫ですか?」
雛胤丹膳の依頼主なのだろうか。
「不明だ。全くの部外者という可能性も有る。そうした経緯で、こちらとしても少々乱暴な手段を選ばざるを得なかったんだよ。」
エレベーターが停止した。
廊下に出て通路を進む。突き当りのドアを園部がカードキーで開け、中に入った。スイートルームだ。入ってすぐの部屋にはベッドは無く、右手の壁に、隣の部屋に続くドアが有る。園部はそのドアをノックした。
「連れて来ました。」
返事は無い。しかし、園部は気にしていない様子で僕たちに向き直った。
「じきに博士が出て来られる。……その前に、ヒュキア、その傷の応急処置をさせてもらう。」
「不要よ。」
「意地を張らない。」
園部が椅子の一つを引いて、座るよう促した。ヒュキアは拗ねたような顔で黙って従う。
肩の傷の手当てが終わろうとした時、ヒュキアが跳ねるように顔を起こした。奥の部屋に続くドアを見つめる。
がちゃりという音とともにドアが開いた。
背の高い白人の男性が姿を現す。髪の色は淡い金色で、目はヒュキアと同じ色をしていた。数日前に講演会場でスピーチを行っていた人物。
ジョン・ジークムント・スピーゲルマン博士だった。
園部が立ち上がる。
「部外者は部屋の外に出ているとしよう。十二年ぶりの親子水入らずだ。……そうだな、その銛は物騒だから私が預からせてもらおう。」
彼女はヒュキアの銛を手に取った。