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凪海。立ち込める白い霧の中に、一艘だけ浮かんだ小舟。
幼いヒュキアはそのボートの縁から手を伸ばして、じゃぶじゃぶと水面に水飛沫を撥ね散らせていた。
舟の反対側には昨夜初めて会った大人の男の人が座っている。今はオールを漕いではいない。
彼は、自分のことを父親だと言っていた。自分に父親というものが存在することをヒュキアは今まで知らなかったから、言われてもよく分からない。
ボートには彼とヒュキアの二人しか乗っていなかった。真夜中に舟を出してから、ずっと二人きりだ。随分と長い時間になる。
これから、どこに行くのだろうか。
ヒュキアは生まれて初めて、自分の将来というものについて考えた。朧気で覚束なくて、具体的な想像は全くできなかったけれど、自分に明日というものが有って、未来というものが有るのだということを、初めて意識した。
ヒュキアと父親とが二人で向かい合ったのは、この時だけ。この一度だけだった。




