6 angel's vision (8)
再び着信。ヒュキアは携帯電話をスカートのポケットから取り出し、通話に出る。
「君の現在の行動は、今回の予定には含まれていない。今すぐ止まるんだ。」
雛胤丹膳だった。相手から情報を引き出すために、応える。
「いやよ。」
「止まらなければ、契約違反と見なして君への支援をストップするよ。」
「構わないわ。」
そう答えて通話を遮断した。
雛胤の思惑が少しだけ読み取れたが、今となってはどうでもいいことだ。
自分は目的のために雛胤と協力関係にあっただけだ。目的を阻害されるなら、契約も何も有ったものではない。
一棟の宿泊施設に到着する。スピーゲルマン博士が居ると想定していたものとは別のホテルだ。この中に、スピーゲルマン博士とコーデリアと園部が居る。当然ながらコーデリアもヒュキアの接近を感知していた。応戦のための待機状態になっているのが分かる。
エントランスに入ると、誰も居ないロビーの奥に、コーデリアが立っていた。
流れるような銀色の髪の、長身の少女。窓からの僅かな明かりしか差さない暗がりの中で、彼女の姿は白く浮かび上がるように見えた。
そのだらりと下がった手に、拳銃を持っているのが見える。
“コーデリア.私は貴女と戦いたくない.”
“貴女は私を裏切ったのでしょう?”
“違うわ.私は貴女に自由になってほしいの.”
“私たちは施設の外で自由に生きることなんてできない.”
コーデリアは拳銃を水平に構えた。
“貴女も本当は解っているはず.ヒュキア.”
放たれた銃弾をヒュキアは跳躍して避けた。既に、着地点に向かってコーデリアが狙いを定めている。
きいん。
ヒュキアは銛の金属部分で弾丸を弾いた。銃声は小さい。消音装置を着けているのだろう。
ロビーのソファや柱を盾に、移動しながらコーデリアの攻撃を回避する。移動するたびに銃弾が撃ち込まれ、壁や装飾品が破壊される音がした。
コーデリアは五感による受信情報から画像や映像をイメージとして構築する能力を有している。だから映像的な思考はすぐに読み取られてしまう。ヒュキアと同じで言語化能力にも長けているため、英語での思考も彼女には手に取るように判る。園部から指導を受けていたコーデリアには日本語も通じてしまう。その他の外国語でも大差は無いだろう。
となれば、ひとまず取れる対策は一つしか無い。ヒュキアは自分の生まれた島の言葉を基本にして思考を開始した。
右。左。柱の後ろ。次の一撃は避けて通路へ。
そうしながらもコーデリアに呼びかけ続ける。
“貴女は強い.博士たちから離れても生きていける.”
コーデリアは応えなかった。
“コーデリア.園部先生だって解ってくれるわ.”
無言で拳銃の引き金を引き続けるコーデリアに、ヒュキアは請うように願った。
“貴女とは,戦いたくないの.”
左。斜め右。跳躍して後退。
コーデリアは意思を閉ざしたように何も反応しなかった。
既に彼女はヒュキアの思考のうちの簡単な語彙を習得しつつあるのが判った。
ヒュキアは映像でも言語でもない直観的な思考に入る。
無心に。無我に。
“どうしても私は貴女を倒さなければならないというのね.”
それを最後に、完全な戦闘態勢に入ろうとした。
その時、背後からロビーに駆け込んでくる者が有った。
「ヒュキア!!」
振り向くまでもなく、真菅八宏がそこにいた。
コーデリアの攻撃を避けるのに集中力を使っていたため、接近に気付かなかった。
「真菅⁉どうしてここに⁉」
「ヒュキア、君はそんなことをしなくてもいいんだ。親友と戦うなんて、そんなことをしなくていい。」
ヒュキアは、信じていた何かが潰れるような心地がした。
「……貴方も私の邪魔をするのね、真菅。」




