5 angel's assassin (6)
「それにしても、コーデリアを日本に連れて来るなんて誤算だったわ。」
ヒュキアが悔しそうに呟く。
「さっきの女の子、君の親友って……前に話してくれた?研究所のせいで、その、感情が無くなってしまったっていう?」
「感情が完全に無くなったわけではないはずよ。ただ、何もかもが麻痺してしまったようにどうでもよくなってしまったの。」
「どうでもいいんなら、君と戦おうともしないんじゃないか?」
「今は、園部先生の意向になら従うらしいわ。私がコーデリアを裏切って組織に離反したと吹き込まれている。」
「それは誤解だろう?だって君は、親友を救いたくて組織に刃向かっているようなものじゃないか。」
「その通りよ。コーデリアに説得を試みたのだけれど、理解してもらえなかった。」
「だから逃げるしかなかったってわけか。」
「彼女は身体能力においては私には劣るけれど、他者の心を見るという点では私を遥かに凌ぐ能力を有している。コーデリアは、『相手が心に浮かべたものを画像や映像として見ること』ができるの。私の考えていることは彼女には全て手に取るように解る。戦闘に入れば、両方とも無傷では済まないわ。でも」
ヒュキアは一呼吸の間を置いた。
「私はそれ以上に、彼女とは戦いたくない。いえ、戦えない。」
彼女が肩を震わせる。
まるで何もできない、無力な少女のように。
僕は彼女の肩に手を置こうとした。途端に腕に痛みが走る。
「痛っ」
「真菅。怪我をしているの?」
「いや、捻っただけだと思う。」
さっき警備員に捕まった時に。
「ごめんなさい、私のせいで。」
「君のせいじゃない。大したことは無いよ。それより、僕にできることが有れば、何か手伝わせてくれないか?」
ヒュキアは目を瞠った。
それからふいと視線を逸らす。
「……本当に、貴方は私の予想もつかないことを言うのね。気持ちは有り難いけれど、貴方にできることは無いわ。」
「でも、力になりたいんだ。君のために何かしたい。」
「私と貴方は、出会ってからまだ十日足らずしか経っていないわ。そんな私のために、貴方は何かしたいと言うの?」
「十日じゃなくて三週間だって言ったのは君だろう?どっちにしても、時間なんて関係無い。」
僕たちは出会ってしまったのだから。
「私と貴方とは関係の無い人間よ。これ以上は巻き込みたくない。」
「関係の無い人間じゃない。君は、僕が毎晩、自分の部屋で何をしているのか知っているって言っていただろう」
「ええ。知っているわ。」
ヒュキアは静かに言った。
「貴方が毎晩、部屋で独りで泣いていたのを、私は知っている。」
再び海風が吹いて、彼女の髪をなびかせた。
「……僕は今まで、そんなことは誰からも隠して、普通に生きようとしていた。普通に、何事も無かったように。けど、夜に独りになると、そんな上辺だけの自分と本当の自分との落差がどうしようもなく苦しくなるんだ。その苦しみを、君は知っている。君だけは知ってくれている。そんな君のことを放ってはおけない。」
彼女は僕を憐れむように見た。
「真菅。貴方は加害者ではないわ。過去において被害者だったというだけ。貴方は何も悪くない。」
「僕は」
「言わなくていい。」
彼女はそう言った。
「言いたければ言ってもいいし、言いたくなければ言わなくていい。」
言ってもいいし、言わなくてもいい。
それは、僕にとっては救いのような言葉だった。
口に出して言っても言わなくても、彼女は僕のことを解ってくれている。
「もう一度言うわ。私と貴方は関係の無い人間よ。真菅。」
そして彼女は別れの言葉を口にした。




