5 angel's assassin (5)
走りに走って行き止まりに辿り着くようにして、僕たちは海岸に到着した。海岸といってもビーチではなく防波堤だ。なるべく人目を避けるように走ってきた結果でもある。
「追って来ている気配は無いわ。」
そう言ってヒュキアは僕を地面に降ろしてくれた。僕は『自分で走るから降ろしてほしい』と途中で頼んだのだが、『一緒に走るより早い』と言って聞き入れてもらえなかったのだった。
「あいつら、積極的にお前を排除しようとはしてないんだな。」
「ええ。彼らの役目は、あくまで私を博士に近付けないことだったから。」
「それは、どうしてなんだ?」
「博士に会う前は、私に知られては困るような企みを有しているからだと思っていたのだけれど」
「違ったのか?」
ヒュキアは考え込む素振りを見せた。
「私が組織に逆らえば、私の存在そのものが彼らにとって弱みになる。多分、非人道的な研究をしていることを暴露するための証拠となる人間だから。そのことを私本人に知られたくなかったらしいわ。」
「お前が全てを公表すると言って脅迫すれば、何らかの取引が成立しうるってことか?」
「そんなことをすれば、彼らは総力を挙げて私を消そうとするでしょうね。」
「……あの男が君の父親だっていうのは、本当なのか?」
「本当よ。」
「君は、いつ、誰からそれを聞いたんだ?」
「十二年前に、父親本人から。」
「思考を読み取って?」
「いいえ。彼の口から聞いた。島からボートで脱出した後、大きな船に乗せられるまで、彼は私に簡単な英語を教えてくれていたの。その時に、『自分は君の父親だ』と言っていた。嘘でないことは判ったわ。」
「それは、『今日から自分が君の父親だ』っていう意味だったんじゃないか?」
「いいえ。そうではなかったわ。英語が解らない当時の私にも、相手が嘘を吐いているのかいないのかくらいは把握できたから。」
「他に証拠は無いってことか。」
「証拠が欲しければDNA鑑定の結果を教えてもらうくらいしか無いわね。でも、私には嘘だとは思えない。」
海風がヒュキアのスカートを膨らませた。繊細な造りのサンダルが視野に入る。あれだけ跳んだり走ったりして、よく壊れないものだ。
僕はヒュキアの能力を疑っているわけではなかったから、彼女がそう言うのなら信じるしかない。それに、自分は父親だと口に出して言ったのなら、やはりそれなりの責任は持つべきだろう。さっきのスピーゲルマン博士の態度を思い出すと、胸の辺りがもやもやする。
「さっき、あの博士は『自分には娘はいない』って言っていた。」
ヒュキアの聴力なら、近くに居たからには聞こえていただろう。
「そうね。彼がそう言ったときに判ったわ。スピーゲルマン博士には公式的には妻と息子ならいるけれど、娘はいないということになっている。」
「他に妻子持ちだっていうのか⁉」
酷い話だ。どっちかというと、その事実を知られたくなくて今までヒュキアに会わなかったんじゃないか?




