5 angel's assassin (3)
日曜日は晴天で、絶好の行楽日和といった風情だった。実際、行楽に行って楽しむつもりなのであろう家族連れが、電車内にも散見された。
僕は講演会が行われるという会場に向かう。途中でコンビニでパンと飲み物を買って、会場の近くの公園でベンチに座ってそれを食べ、昼食とした。
参加予約は済ませてあったので、受付で記名をし、場内に入る。予想に反して参加者は多かった。
程無くして講演会が開始される。
受付で渡されたパンフレットによると演者は三名で、最初の一人は僕の知らない西洋人、二人目は園部鵺、三人目がジョン・スピーゲルマンだった。
英語での講演が通訳者によって同時通訳される形式の講演会で、門外漢の僕は聞いていて眠くて仕方が無かった。こういうのって、講演者本人がどんなにスピーチが上手でも、通訳者の話術が足りないと残念感が有るよな。日本人の園部鵺が登壇した時には実は少し期待したのだが、彼女も講演は英語だった。
そして三人目、真打のスピーゲルマン博士が登場する段になって、僕は見てしまった。
演壇の袖のところに隠れるようにして久留間崎とかいうナイフ使いが博士を見守っているのを。
あんないかにもなスーツに眼鏡のサラリーマン風の男は、今日び探してもそんなには居ないだろう。というか真面目な話、博士の斜め後ろに佇む人物の顔は、僕がヒュキアに会った日に見た男と同じだった。ジョン・スピーゲルマンがヒュキアの言う『博士』なのか否かの確証は今まで無かったのだが、これで確実になった。
それさえ確認できれば、もうここに用は無い。講演の最中だけど帰ってしまってもいいくらいだ。さすがにそれは目立ってしまうだろうか。
僕にとってはスピーゲルマンが何者であろうと、何を企てていようと、知ったことではない。ただ人違いだったら僕が間抜けだなぁと思って確認に来ただけだ。最近の知覚学に関しての講演内容になんて興味が無い。退屈なだけだ。
ジョン・スピーゲルマンの講演が終了し、質疑応答が始まった。聴衆の中の何人かが挙手をして、マイクを渡され、スピーゲルマン博士と短いやり取りをする。質問が日本語の場合は、通訳者が英語で通訳をしていた。僕にはさっぱり内容の解らない講演だったが、そんな話を真面目に聞いていた人も居るんだな。世の中は広い。
しかし僕は、そうしているうちに、なんとなく腹が立ってきた。ジョン・スピーゲルマンは終始一貫して飄然としていて、ヒュキアが言っていたような悪辣非道な人体実験を行っているとは露ほども感じさせない。よくもあんなふうに泰然としていられるものだ。実の娘があんなに苦しんでいるというのに。
僕は席を立ち、折しも拍手とともに演壇を降りて退室しようとするスピーゲルマン博士が出口のドアを目前にするタイミングで、席を立って博士に近付いた。
「あんたはヒュキアの父親だな」
僕が声を掛けると、スピーゲルマン博士はこちらを向いた。無言だ。返事は無い。
「彼女から色々と聞いている。僕はあんたに一言、言いたい。」
「何の話ですか」
ジョン・スピーゲルマンは日本語でそう問うてきた。日本語の会話ができるのか。
「とぼけるな。あんたは自分の娘に与えるべき権利を与えていない。親として果たすべき義務を果たしていない。彼女にはもっと自由に生きる権利が有るはずだ。」
僕が喋っている間に、園部と久留間崎が早足で接近してくる。他にも数人の係員とおぼしき人間が駆け寄ってきた。
スピーゲルマン博士はあくまで見当が付かないといった様子で、やや首を傾げて言った。
「私に娘はいない。」




