5 angel's assassin (1)
それからの一週間、僕は何事も無く、平穏に、平和な日々を過ごしていた。
汲沢や畝傍と他愛の無い会話をしたり、美好に相変わらず無視され続けたりだ。
ヒュキアとは、神社で話をして礼を言われて以来、会っていない。
おそらく僕の住む町とは離れたところで、僕とは関係無く生活しているのだろう。
そう、そもそも僕と彼女とは無関係なのだ。
姪森さんにはヒュキアが探していた人物と連絡を取ることができたことを報告した。
「そう。お役に立てたみたいで光栄だわ。」
姪森さんは電話口で得意気に言った。
「彼女も感謝してるってさ。」
「で、メルアドくらいはゲットしたの?」
そういえばヒュキアと連絡先の交換はしていなかった。
「してない。」
「根性無しー。」
「どういう意味だよ」
「もう。そんなんだと一生彼女できないわよ。」
「そんなこと姪森さんには分からないだろう。」
過去と現在と未来のいずれにおいても、僕に彼女がいるのかいないのかなんて姪森さんの知るところではないはずだ。どっちにしても、放っておいてほしい。
ヒュキアに関して僕がすべきことといったらそのくらいで、あとのことは僕の責任の埒外だ。
暇に任せてインターネットでスピーゲルマン博士や雛胤丹膳のことを調べたりくらいはしたけれど。
ジョン・ジークムント・スピーゲルマン博士は公式的には超能力研究者ではなく知覚学者ということになっている(僕は知覚学という学問分野が存在することを初めて知った)。年齢は五十二歳。十二年前に四十歳で個人の名を冠した研究所を設立するという偉業を果たしている。しかし、その名称も超能力研究所ではなかった。ヒュキアの育った研究所のことなのかどうかは判らない。
知覚学というのは主に人間の五感を研究対象にした学問領域のことらしい。らしいというのは、その領域に関する日本語の情報が殆ど無くて、難解な英語から大体のところを読み取るぐらいしか僕にはできなかったからだ。『視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった体性感覚に関し、脳科学的なアプローチを中心として、人体への入力と出力との関係を研究している』とか書かれていた。
関連して園部という研究者の情報も僅かながら入手できた。フルネームは園部鵺。二十九歳。アメリカの大学で博士号を取得済み。現在はスピーゲルマン研究所に勤務している。
ヒュキアはスピーゲルマン博士のことだけに限定して『博士』という呼称を用いていたけれど、園部という先生も博士ではあるんだな。
英語力が高くない僕には、彼らの研究内容の詳細までは把握できなかった。まぁどうせ、彼らが本当に超能力研究を行っているのだとしたら、論文などで公表されている内容と実際に行われている研究とでは全く様相が異なっているのだろうけれど。何しろ人体実験だもんな。
勿論ネット上でのジョン・ジークムント・スピーゲルマンという人物とヒュキアの言うスピーゲルマン博士とが同一人物であるということを断定する手段は僕には無いから、同姓同名の別人である可能性も皆無とは云えないけれど、まず間違いなくヒュキアが話していた博士のことだと見なして構わないだろう。
久留間崎やラゾ・ギドニスという男に関しては、ネット上では情報は見つからなかった。
近所のショッピングモールで事件が有ったというような情報も、公開されていないらしい。
ただ、ショッピングモールの公式サイトには、『しばらく店舗を閉鎖します』とのお知らせが表示されていた。




