4 angel's right (6)
「なんで君がここに居るんだ」
僕が問いかけると、ヒュキアは悪びれる気配も無く答えた。
「言い忘れたことが有ったのを思い出したの。」
「どうやって入ったんだよ?うわ。ガラスを割ったのか!?」
「心配無用よ。今回は貴方のアドバイスの通り、ロック部分を少しだけ割ってロックを解除して入ったから。」
ヒュキアの言う通り、ガラス戸のロックの部分には手の平の大きさほどの穴が開いていた。
「そういう時は普通は玄関から訪ねて来るんだ。あと、事前に連絡を取って訪問を予告しておくのもマナーのうちだ。お前は昨日、雛胤丹膳から携帯電話を貰っているだろう」
ついでに使い方も教わっていたはずだ。
「貴方の携帯電話の番号は知らないもの。」
確かに僕の連絡先は教えていなかった。しかし。しかしだ。
「じゃあ玄関の前で待っているとか、隣の部屋で待っておいて僕が帰ってからこの部屋の玄関のチャイムを鳴らすとか、幾らでも方法は有るだろう?」
「思いつかなかったわ。」
「どうしてくれるんだよ。今度こそ管理人さんを呼んでガラスを交換してもらわないといけないじゃないか。」
隣の部屋のガラスは雛胤丹膳の手配であっという間に取り替えられてしまったけれど、僕の部屋の場合も同じ処置をしてもらえるのだろうか?後で雛胤に問い質してみよう。ついでにスキーバッグの代金も請求しなければ。
「で、言い忘れたことって?」
「言い忘れたというか、言いたいこと。なんていうか、うまく言えないのだけれど……私は日本に来てしばらくの間、環境に適応できずにいたの。沢山の人の思考が入り込んできて、でも、ここの人たちの考えていることは余りにも私とは価値観が違っていて、どの人の考えていることも私には理解できなくて、頭の中が一杯になってしまって……自分に与えられた部屋の中で、じっと息を潜めているのが精一杯だった。」
「……それは、今もなのか?」
「状況そのものは変わっていないわ。私が順応しただけで。」
「ちょっと、ついて来い。」
僕はヒュキアの手首を掴むと、部屋のドアから外に出た。(彼女はサンダルを履いたまま僕の部屋に侵入していた。この分だと、たぶん隣の部屋でも土足で生活していたのではないだろうか。あと、僕が買ったスキーバッグも相変わらず所持していた。)
ヒュキアを引っ張って、近くに有る神社に向かう。そこそこ広い神社で、社殿の周囲は森に取り囲まれている。僕らは賽銭箱の横の辺りに腰掛けた。平日の午後、神社の境内には他には誰も居ない。
「ここならちょっとはマシなんじゃないか」
ヒュキアは周囲を見渡した。
「言われてみれば、少しは。いえ、随分と楽ね。」
「そういうことは早く言え。」
「そういうこと?」
「人混みが苦手だっていうことだ。」
「人混みが……そうね、言われてみれば。自覚が無かったわ。」
「世話の焼ける奴だ。」
「世話を焼いてほしいと頼んだ憶えは無いわ。」
「で、言いたいことって何なんだ?」
ヒュキアは僕に横顔を見せる形で、正面を向いた。




