4 angel's right (5)
「そういや昨日、駅前で事故が有ったんだって」
畝傍が言うと、汲沢もその話題に乗った。
「ああ、警察が立ち入り禁止にしてるらしいな」
もう噂が広まっているのか。あの緑髪の男がショッピングモールの広場で暴れた事件は、表向きは何らかの事故として処理されているのだろうか。僕は二人の会話に迂闊に口を挟めなかった。
そうこうしている間に先生が講義室に入ってきた。まだ着席していなかった学生たちが各々に着座し、授業が始まる。
正直に云って眠くて仕方が無かったのだけれど、なんとか居眠りせずに九十分間を持ち堪えた。
昼休み。僕は学食で一人で昼食を摂っている美好の姿を見かけ、声を掛けることにした。
美好臥魚は所謂きれいめ女子で、僕なんかに構わずとも幾らでも寄ってくる男子はいるはずだった。『僕に気が有る』なんていう畝傍の邪推は何かの間違いだとしか思えない。
僕は学食のハムカツ定食をテーブルに置きながら、美好の正面に座った。
「一昨日は、ごめん。」
「……ごめんって?」
「急に変な電話をして。」
「ううん。気にしてないわ。」
美好はサラダだけをトレイの上に載せて食べている。それだけで足りるのだろうか。
「こっちこそごめんなさい。真菅君が自分の部屋で女の子と何をしようが、真菅君の勝手、よね。」
「誤解だ。何もしていない。」
そこで美好は初めて顔を上げ、僕を見て目を細めた。
「あんたって最低ね。」
そう言って食べかけのサラダの載ったトレイを持って席を立ち、その場を去って行ってしまった。
……これも平和、なのだろうか。
どうやら僕は美好を怒らせてしまったようだ。しかし、自分が何を間違えたのかが全く分からない。
僕は手つかずのハムカツ定食に視線を落とす。
なんだか、どっと疲れが襲ってきた。
幸いにして今日はアルバイトのシフトには入っていない(昨日もだったけど)。午後の授業が終わってすぐに帰宅しようと階段を降りる。途中の踊り場で、掲示板のポスターが目に入った。
ポスターには『人間の能力に限界は有るのか。知覚学者ジョン・スピーゲルマン来日講演』という文字が書かれている。博士とおぼしき人物の顔写真入りだ。こんなに表舞台に立って活躍していたのか、件のマッドサイエンティスト。全く知らなかった。というか、誰がこのポスターを貼ったのだろう。山ほどの突っ込みが脳裏に浮かんでは消えた。
ポスターには講演会の日時と場所が記載されていた。日程は来週の日曜日だ。
僕はアパートに帰り、階段を上って二階の端の部屋に辿り着き、鍵を開けてドアを開く。
僕の部屋の中にはヒュキアがいた。




