3 angel's square (8)
どごーん。
どごーん。
物凄い音は、数秒の間隔を置いて続いている。
ショッピングモールの広場のほうから聞こえているようだった。
広場に出たところで立ち止まっていたヒュキアに追いついて、その視線の先を目で追う。
ショッピングモールの広場の中央に設置された、時計台を兼ねた背の高いモニュメント。その根元のところに大柄な男(髪は緑色だった。染めているのだろうか?)が立っていて、モニュメントを拳で殴りつけている。何度も、何度も。そのたびに地響きを伴った大きな音が鳴り、時計台の根元に亀裂が入っていく。
どんな怪力なんだ。
「ラゾ・ギドニス。」
ヒュキアが絞り出すような声で言った。
「え?」
「あの男の名前よ。名前といっても研究所内での通称。本名は誰も知らない。」
「じゃあ」
「博士のボディガードの一人。」
「なんであんなことをしてるんだ⁉」
「判らない。ただ言えるのは、彼を止められる人間がいるとしたら、それは私だけだということ。ギドニスも私と同じ、超能力者なの。」
ヒュキアは言ってすぐにスキーケースのファスナーを開いて銛を取り出し、ケースを放り捨てて駆け出した。時計台に向かって一直線に。
ギドニスという男は何度目かに拳を振り上げた姿勢になったところで接近するヒュキアに気付き、振り向いた。
両者が衝突する。
ヒュキアが打ち据えるようにした銛の先端にギドニスの拳が当たって、一瞬だけ力が拮抗する。
弾かれるように二人ともが後ろに跳び退き、再び、ぶつかる。
次々に繰り出される大男の打撃を、ヒュキアは銛の先端で受け止め、金属製の柄尻でいなし、或いは柄の中心で受け流す。
『銛が無ければ戦闘能力が半減する』と言っていたのは本当のことらしかった。
周辺に居た人々は、呆気に取られた様子で二人を遠巻きに見物していた。携帯端末で撮影している者も居る。これは、まずい状況なのではないだろうか。
緑髪の大男は時折、訳の分からない大声を張り上げている。英語が堪能な人なら意味を把握できるのかもしれなかったが、僕には只の叫び声にしか聞こえなかった。
ヒュキアはギドニスの攻撃の隙を突いて、とうとう銛の穂先で相手を打ち据えることに成功した。大男が後ずさりをする。
「早く逃げなさい!倒れるわ!」
ヒュキアが大声を張り上げる。周囲の群集は何のことか分からずに呆けたような間を空けたが、意味を理解するとてんでばらばらに逃げ始めた。
時計台がぐらぐらと揺れ始めていたのだ。
緑色の髪の男はにやりと笑い、更に一発、時計台の根元に拳を叩きつける。時計台は今にも倒れそうだ。
僕も逃げたほうがいいのだろうか。
ヒュキアは大男の行動を妨げるため、跳躍して銛を振り下ろす。
しかし、彼女の大振りな動きに対してギドニスは意外な素早さを見せ、ヒュキアの銛を掻い潜るようにして拳を彼女の体幹部に激突させた。
「ヒュキア!!」
僕は我知らず叫んでいた。避難誘導をする警備員を無視して。
あの怪力で殴られたら、骨折どころで済むとは思えない。
彼女は木っ端のように跳ね飛ばされた。
そして、空中で銛を下方に突き出し、地面に対して垂直に当たるようにしてクッションの役割をさせながら、着地した。
ダメージは心配したよりは少なかったらしい。
それでも遠目にも肩で息をしているのが判った。
ヒュキアが遠ざかったのをチャンスとばかりに、ギドニスは時計台を殴った。一際大きな音を響かせて。
時計台が斜めに傾ぎ、ゆっくりと倒れる。
僕にはその様子がスローモーションのように見えた。
地響きを轟かせて時計台が横倒しに地面にぶつかり、敷き詰められていたブロック石を散らばらせた。




