3 angel's square (4)
僕らはチェーン店のドーナツショップに入ることにした。ショッピングモールで昼飯時に(比較的)席が空いている店といえば、甘いもの専門の店だ。飲み物だけを注文して受け取り、テーブル席に座る。
席に就いてすぐ、僕は姪森さんに、『この店で待っている』という内容のメールを送信した。
二人で向き合って、それぞれ飲み物を口に運ぶ。
……こういうときって何を話せばいいのだろう。
ヒュキアと僕とは昨日が初対面で、黙って向き合っていられるような間柄では無い。さりとて、彼女の特殊な境遇に関与した内容の会話をするには、店内に居る他の客の耳が気になった。
沈黙が気まずい。
僕は、知らない女の子と話をする場合に有りがちな話題を脳内で検索した。
「えっと……趣味って有る?」
「趣味?」
ヒュキアは片方の眉を上げた。
「読書とか、映画鑑賞とか、あとスポーツとか」
「それは、余暇を過ごすためのレジャーという意味で受け取っていいのかしら」
「そう、それだ。」
「読書や映画鑑賞は社会勉強のためだったし、スポーツは訓練のため。いずれも、あまり楽しいとは思わなかったわね。」
「休憩時間には何をしていたの?」
「眠っていたわ。」
目が醒めている間は周囲の人間の思考を絶えず読み取ってしまうという超能力の持ち主にとっては、休憩イコール眠ることなのか。
「じゃあ……何か集めてる物、とか無い?」
「集める?」
「コレクションという意味で。」
「心当たりが無いわ。」
僕は会話が続きそうな話題を思いついた。
「その服は、君の好みで選んだの?」
「好みというか、部屋に用意されていた服の中で、動きやすそうなものを選んだの。」
部屋に服が用意されていたのか。ヒュキアの着ているピンク色のカットソーと白いフレアスカートは最近の普通の日本人の女の子が身に付けていそうなもので、その点に関してだけは、なかなか気が利いている。
「良いセンスだ。」
ヒュキアは瞬きをした。落ち着かなげに視線をあちこちに迷わせる。
今のは僕がヒュキアの服の好みを褒めたと受け止められたのだろうか。
誤解だ。が、誤解のままにしておいたほうが好都合なのかもしれない。
いや。今になって気付いたけれど、このシチュエーションって、まるで二人でデートをしているみたいじゃないか?
途端に極まりが悪くなってきた。
ヒュキアは僕の様子に気付いて逆に冷静になったようだ。やや目を細めてこちらを見つめてきた。
いけない。話すこと、話すこと。
「……血液型は、何型?」
「血液型?ABO式でならA型だけど……遺伝的にAAなのかAOなのかまでは判らないわ。Rhはプラス。Fyは」
「いや、そこまでは言わなくていい。」
ていうかエフワイって何だろう。
「輸血が必要になった場合の心配ではないの?」
「いや。日本の若者には相手のプロフィールを知るときに血液型を聞いておく習慣が有るんだよ。」
僕が血液型占いについての簡単な説明をすると、ヒュキアは難しい顔で言った。
「それはフォーチューンというよりジンクスに近いわね。何か、そういう風習が昔から存在していたの?」
「え?……僕も詳しくはないけど、丙午とかが近いのかな」
「ヒノエウマ?」
「えっと、十二支って知ってる?」
十干十二支の十干は知らないよな。小刻みに首を振って知らないというジェスチャーをする彼女に、僕は十干と十二支と、その組み合わせについて簡単に説明した。
「それで、最小公倍数に当たる六十通りの組み合わせが有るんだけれど、そのうち『十干の丙と十二支の午との組み合わせに当たる年に生まれた女性が災いをもたらす』という……君の言うところのジンクスみたいなのが、何百年か前に有ったんだ。」
「それと血液型のジンクスとが似ているということね。確かに、『同じカテゴリーに属する人間が一様に同じ性格を示す』という考え方の乱暴さは共通しているわ。」
僕は星座占いについても話そうと口を開きかけて、止めにした。
「……君は、そういうの信じないタイプだろうね」
もし僕の友人連中に引き合わせたら、四角四面な奴だと敬遠されることだろう。
「そのジンクスを信じている人が存在するの?」
「いや、本気で信じてる奴は少ないと思う。ただ単に、話のきっかけには都合がいいからだろうな。いきなり話し相手の性格について真正面からどうこう言うより、『血液型性格判断に合ってるか合ってないか』っていう遠回しなアプローチをしたほうが、お互いに気が楽だ。血液型相性判断にしても、『相性が合わなかったのは血液型が合わなかったからだ』とかいう言い訳に便利な場合が有るんだろう。」
そんなふうに利用している間に本気で信じるようになってしまう人間も、居るには居るのだろうけれど。まぁ自分が何に影響されるのかを選ぶのは本人の自由だ。
携帯電話に着信が来る。メールだ。姪森さんからだった。予定がずれ込んだから待ち合わせ時間を二時間後にしてほしいとの文面。
多忙な姪森さんとの待ち合わせではよく有ることだったが、中途半端に時間が余ってしまった。家に引き返して出直すのも面倒だ。しかしヒュキアとあと二時間も顔を突き合わせてお喋りを続ける甲斐性は僕には無かった。
どうしよう。




