3 angel's square (1)
姪森さん(僕の親戚のおねえさんでグルメ雑誌編集者)は近くの駅前で取材の仕事中で、昼の休憩時間なら会えるとのことだった。駅前のショッピングモールで待ち合わせをすることにする。ショッピングモール内の飲食店を取材しているわけではないらしいけれど。
一夜が明けたからといって姪森さんに会うために二人で外出なんてしてもいいのかどうか、僕は危ぶんだのだが、ヒュキアに言わせれば、スピーゲルマン博士の手勢が昼日中に向こうから仕掛けてくるメリットは現状では無いという話だった。
お腹が空いたので朝食というか昼食というか、その中間のような食事を摂る。僕はカップうどんで、ヒュキアはインスタントラーメンだ。一応インスタントでも構わないかと彼女に確認は取った。
二人分のインスタントラーメンを作ろうにも、うちにはラーメンが入るような器は一つしか無い。昨日のラーメン鉢と鍋を洗って、鍋に多めの湯を沸かし、カップうどんに湯を注いでから、残りの湯でヒュキアのためにインスタントラーメンを作る。カップうどんの出来上がり時間が五分間でインスタントラーメンの茹で時間が三分間だから、時間配分としては丁度いい。
ローテーブルで向かい合ってそれを食べている間、僕はこの二週間の彼女の食生活について質問した。どうも話によると、冷凍食品とレトルト食品と缶詰で済ませていたらしい。
昨夜の麺もどきの餃子の皮に感動するのも無理は無い、かもしれない。
食事をしている間に思いついたことが有ったので、僕はもう一件、電話を掛けることにした。こちらの電話番号が非通知になるように設定する。
電話の相手はアパートの管理者である。
「すみません、202号室の佐藤なんですが。」
相手が僕の声を憶えていないことを祈りつつ、僕は隣の部屋の住人である振りをした。僕の部屋は201号室だから、隣の部屋は202号室だ。
「実は部屋の鍵を紛失してしまって部屋に入れないんです。ええ。スペアキーは家の中に有って。……はい。そうですね。お願いします。」
あまり長く話しているとボロが出るかもしれない。僕は早々に通話を切った。
「アパートの管理人に電話したら、『とりあえず来い』ってさ。」
「部屋を開けてもらえるの?」
「まさか。僕も君も、行くわけにはいかないだろう。このまま放っておけば、隣の部屋を借りた人物に、管理人さんから確認の連絡が入る可能性が有る。そうすれば君にアクシデントが発生したことぐらいは察してもらえるだろ?」
云ってみれば保険のようなものだ。
「君は協力者が向こうから一方的に連絡してきてたって言ってたよね。どんな連絡方法だったんだ?」
「ポケットベルよ。」
「……ポケベルってまだ存在していたのか?」
いや、聞いた話では、携帯電話の電磁波が危険視される医療現場では電磁波が少ないポケットベルが使用されているとか。あくまで聞いた話だけど。それに、ポケベルくらいの機械なら自前で作れる人間がいてもおかしくないのかもしれない。専用回線とかで。
「そのポケベルは隣の部屋に有るのか?」
もう一度ベランダ伝いに隣室に侵入して取って来るべきなのだろうか。いや、いっそのこと隣の部屋のドアを壊してしまうという手も有る。ヒュキアなら可能だろう。ドアの鍵部分を壊すか、蝶番の部分を壊してドアを外すか。いずれにせよアパートの他の住人に気付かれずに済ませるのは難しそうだが。
待てよ。僕はヒュキアの顔を見た。
「私は針金やヘアピンなどの道具を用いてドアのロックを開ける技術は有していないわ。」
「ですよねー」
「ポケットベルは昨日、落としてしまったの。」
「それも落としたのか。」
意外とドジ娘さんなのだろうか。




