闇の中の青
始まりは暗かった。
何もない。何もない。そこには何もなく、ただ闇がそこにあった。それだけだった。
何も見えない。何も見えない。目の前に何があっても判らない。ただ、そこに自分がいるだけ。
いるだけ……他に何も見えないのに自分の姿は判る。まるで、闇の中に浮かび上がっているように、自分の姿は白く輝いている。
手を頭上にかざしてみる。やはり白い。
足を見下ろしてみる。やはり、白い――。
何度見直しても自分だけが白い。闇と溶け合うことなく白い。白く浮かび上がっている。
そして、何もない闇の中に自分は生まれ、次に自分の姿から光が放たれ、闇は光に押し退けられるように遠ざかり、そのまま闇は下に集まり大地を形作った。光は空となり、自分は空を舞う生物となった。
自分は自由に空を舞った。が、突然空が光に戻り、自分は大地に叩きつけられた。大地が身体を縛りつけ、もう二度と空に戻ることは出来なくなった。空は自分を見捨てたのだと絶望した。大地を生きていく道とした。
闇の大地。光も射さぬ、死の大地。そこで一人、生きていく――。
はっとして、目を覚ます。
―――そこに闇はあった。
身を起こす。
―――光が見えた。
身体をベッドから移動させる。
―――大地の感触。
外に出てみる。
―――空も暗かった。
ほぅと吐息をつく。
「嫌な夢……」
言葉にして呟く。
彼女は闇は嫌いではなかったが、好きでもなかった。
そっと腕を空に向けて伸ばした。が、何も起きなかった。
「そう、何もないわ……」
小さく微笑み、彼女は建物の中に戻った。
彼女は生まれてまもなくこの誰も、何も存在しない空間に幽閉された。母親にも父親にも愛されず、同時に生まれた妹を愛することなく引き離された。
『この国に災いを齎す黒の娘。その娘は国を滅ぼし、やがて暗黒の世界に身を捕らわれるだろう』
そのような馬鹿げた予言のせいで、光も届かぬこの場所に幽閉され、誰に会うことも許されぬまま一生を終えなければならない。独りぼっちで死んでいかなければならない。
『双子の娘、黒の娘――すなわち、闇の女王となる悪しき存在。闇は孤独だ。其方も孤独だ。一人、淋しく死んでいくしかないのだ』
冷たく誰かが言っていた。まだ生まれたばかりの赤子に向かって、まるで成人した者に対して言うような口調で。けれど、言っていることは判った。
なぜか、生まれた時にはもう人の言葉を理解していた。まだ母親の胎内にいる時には外の光景が見えていた。ただ、言葉を知らないだけ。どのような言葉をどのようにして言えばいいのか知らなかっただけだ。いつのまにか、自分は暗いこの地に連れてこられ、そして幽閉された。
言葉は水晶から聞こえてくる音から学んだ。感情はその身でもって学んだ。力は、学ばずとも知っていた。
この闇の大地に幽閉されて幾年月。彼女は十八の乙女へと成長していた。
寒いこの地で生を営むようになって十八年が過ぎ、彼女は一つ不思議に思うことがあった。それは、生きていくのには必要不可欠な行為――食するということである。何故か彼女は今までに一度も食物を口にした事はない。何も食べずに生きてきている。そして十八になるまで死ぬ事も、飢える事もなく生きている。何故なのか。それは今でも判らない。判るはずもない。誰も教えてはくれないのだから。
彼女が幽閉されている封印の塔の片隅に、水晶宮と名づけた部屋がある。そこには一つの大きな水晶が重力に反して浮かんでおり、青い惑星を変わらず映し出している。
そっと水晶に触れ、頬をあてる。ひんやりとした感触が頬から伝わり、彼女は瞳を伏せた。
何もない塔に幽閉されて十八年。彼女にとって情報の源はこの水晶のみ。この水晶から聞こえる音を学び、言葉を覚えた。青い惑星から自分とは違う生物が存在するのだと知った。自分は異端なのだと思い知らされた。
「でも、そんなことどうでもいい。私は私。ただそれだけでいい。もう関係ない……」
呟く。
誰にも聞こえない、誰も答えてはくれない会話が水晶宮で交わされる。淋しく繰り返される。
水晶から頬を離し、彼女はじっと水晶に映し出された青き惑星に見惚れる。
青い星。息づく青き惑星。何十年も、何億年もそこに存在し、今も存在し続けている。美しい惑星――『地球』。
いつ、誰が言い出したのかは判らない。知らないけれど、確かに美しく輝き続けるその惑星は、まるで宇宙と言う名の宝石箱の奥底で輝く宝石のよう。とても大切な宝物のように感じられる。
「あそこには、私と同じ色を纏った生き物もいるのに……」
水晶に映る惑星には同じ生物が存在するのに、ここには彼女以外存在しない。彼女だけが存在している。彼女だけが異端なのだ。
「なぜ?どうして?私だけ違う。私だけが違うから弾き出される。独りぼっちになる。貴方も同じ?」
物言わぬ惑星に語りかける。一つだけ息づくものを育む惑星に語りかける。
彼女は青き惑星も自分と同じ独りぼっちだと考えていた。同じ環境の惑星は存在しない。ただそこに浮いているだけ。独りぼっちで存在しているだけ。それは彼女と同じ。彼女も独りぼっちでここに存在しているのだから。
今度は水晶を抱いてみる。包み込むように抱きしめてみる。
ただ冷たさだけが彼女の身体に浸透する。温もりなどない。ただ冷たいだけ。けれど、そこには地球がある。生きるものを育む惑星がある。温かな星がある。独りぼっちの宝石があるだけ。
伝わってくる。
感じられる。
宇宙にぽつんと存在する惑星の声が聴こえる。
微笑む。
瞳を伏せ、音も何もない空間で彼女は地球の声を聴く。
(大丈夫。私も貴方も独りぼっちじゃない。きっと、私達を愛してくれるものがいる。大丈夫、だから泣かないで。悲しまないで)
彼女の願いはただ一つ。
――私を独りにしないで……。
ただ、それだけだ。
光が空となり、闇が大地となる。
空をなくし、大地に縛られた自分は嘆く。
――一人だ、と。
――独りぼっちだ、と。
声もなく、小さな羽を震わせて、ただ泣いているしかできない。がたがたと、無力な存在のように震えているしかない。
(いいえ……)
自分は無力ではない。
自分には力がある。
この闇を自在に操ることの出来る力がある。
(でも、この力を使えば、私は本当に独りぼっちになってしまう……)
独りは嫌だから、闇だけの世界は淋しいから、何もせず、無力な者を演じるのだった。
(でも、いつまでこんな所にいなければならないの?)
そんなこと、本当は知っている。自分は死ぬまでここから出られない。出ることは許されない。
(地球……貴方に触れたい。貴方を感じたい……)
水晶宮で、宙に浮かぶ水晶に映る地球を眺め、愛しそうにそれを撫でる。
コトンと彼女しか存在しない空間に音がした。
彼女は振り向き、水晶宮の出入口に立つ青年と視線が合った。
黒髪の――。
黒い瞳の――。
(私と同じ!?)
彼女は驚いた。目を見張り、息をするのを忘れて青年を凝視した。
青年もまた彼女を凝視し、少しも動こうとしない。
黒髪に黒い瞳の青年。
闇は闇に出会った。
「貴方はだぁれ?」
問う。
「ぼ、僕は……」
躊躇いながらも青年は答えてくれる。
「僕は貴女に会いに来たのです。貴女と共に生きる為……」
「私と?」
初めての会話。
初めて会う同じ存在。
彼女は心が弾むのを感じた。嬉しくてたまらない自分がいるのに気づく。
今まで一人で、独りぼっちで生きてきて、物言わぬ惑星との一人会話で淋しさを紛らわしていた彼女に、やっと訪れた独りではない瞬間。淋しさをもう無理矢理紛らせなくてもよいのだと判った。
(これが『独りではない』ということ……)
孤独の終わり。
闇は光に惹かれ、光も闇に惹かれた。
しかし――
闇は闇を愛し、光は光を愛した。
闇は闇と出会い、光は光と出会った。
二度と一緒になることはない。光は空に、闇は大地に。
二度と空が光に、大地が闇に戻ることもない。
これが別れ。
これが……――――。
一人ではなくなった塔。淋しく生きることがなくなった彼女。だが、何かがおかしかった。何かが彼女を戸惑わせていた。
もう独りではない。孤独に悩まされることもないのに、彼女はまだ悩んでいる。脅えている。
何に?
さぁ……。
何から?
判らない……。
もう独りではないのに、あの青年と初めて会った日から彼女の心にはおかしな靄がかかっていた。
「どうしました?最近の貴女はそんな顔ばかり。何が不安なのです?」
向かい側の椅子に腰掛けていた青年が優しく問いかけてくる。
言われて始めて気づく。
「私は不安がっているの?」
問いが質問となって返り、青年は困ったように微笑をした。ゆっくりと彼女の隣りに移動する。
そっと彼女の頭を肩に埋めさせ、優しい声音で語りかけた。
「ええ。初めて会った日からずっと……。何が貴女を不安がらせているのです?もしかして、僕が原因なのですか?」
言われてはっとする。
激しく頭を振り、彼女は青年を見上げる。必死になって否定する。
「違うの!そうじゃないの。でもね、私にも判らないの。どうして不安になるのか、判らないの。今まではこんな気持ちなんてなかった。けれど、貴方に会ってから変に不安を感じて、怖いの。何がって訊かれたら答えようがないのだけれど……」
一言一言、自分が抱えている靄を少しでも青年に伝わるように、言葉を選びながら否定する。
そんな彼女の心が伝わったのか、青年はふわりと微笑むと、そっと彼女を抱きしめた。
「愛しい人――。そんなに不安がらないで下さい。貴女が闇に咲く一輪の花のように微笑んで下さるだけで、僕の心は安らぐ。貴女が傍にいて下さるだけで、僕の心に巣食う不安は拭い去られる。しかし、貴女の不安に僕は勝てないのですか?貴女に巣食う不安は拭い去れないのですか?
誓いますよ。僕は貴女の傍にずっといますから――」
その言葉に彼女は過剰に反応する。
腕を伸ばし、青年から離れる。
「姫?」
怪訝そうに青年が尋ねる。
彼女は脅えるような瞳で青年を見つめ、震える唇が動く。
「嘘……」
「え?」
「嘘よ! 今はそうでも、いつかは消えるわ! 貴方も消えるわ! 私、水晶で見てきたもの。幾つもの命の終わりを、別れを! どんなに傍にいたいと願っても、別れはいつか来るわ!
……そうよ、私はそれが怖かったんだわ。貴方が消えると私は一人。闇の中に独りきり。また独りぼっちの世界が始まるもの。こんな……こんな気持ちになるならっ、不安になるくらいなら一人の方がよかった!独りぼっちの方が、淋しくて淋しくて堪らない日があっても、不安になる日なんてなかった! こんなに不安になるのなら、貴方と出会わなければよかった! 貴方を――――っ!?」
そこまで叫んで、彼女は言葉を途切れさせた。
何を言いたかったのだろう。
何を言おうとしたのだろう。
彼を想えば想うほど不安になる。
彼が大切で失いたくないと考えるほど不安で苦しくなる。
(なくしたくない。失いたくない。大切。傍にいたい。ずっとずっと傍にいたい……)
白い指を唇に当て、彼女は考える。なぜ、彼を失いたくないと想うのか。なぜ、彼と出会わなければよかったと考えてしまったのか。
青年は何も言わず、ただ彼女の答えを待っている。ただ、彼女の肩に触れ、優しい眼差しで見つめている。
(どうして?)
彼は言った。
『貴女と共に生きる為』
『愛しい人……』
愛しい――ヒト。
彼は言った。
『愛しい人』
と――――。
(イトシイってどういう意味?)
そこまで考えて彼女は不意に走り出した。わき目も振らずに駆ける。
息を切らしながら駆け込んだのは、青年と出会ってから足を踏み入れることのなくなった水晶宮だった。
変わらず青き惑星を映している水晶に近寄る。
(愛しい……と)
愛しいと想うとは、自分がこの惑星に抱く親近感のことだろうか。
愛しいとは無性に触れたくて堪らなくなることだろうか。
「地球――答えて。お願い、私はどうすればいいの?私はどうなってしまったの?」
重力に反して浮いている水晶を抱きしめる。冷たい感触が伝わってくる。
変わらない、懐かしい鼓動。
懐かしい波動を感じる。
瞳を閉じ、彼女は時を忘れる。何もかもを忘れる。
「地球……イトシイ地球……」
言葉にしてみる。だが、どうも実感が湧かない。そして、惑星からの返答はない。
――コレハ独リトイウコト……。
ずっと今まで繰り返してきた独りきりの会話。淋しい、孤独な会話。
彼と出会ってから淋しいとは感じなかった。孤独だとは思わなかった。ただ、怖いと思うだけ。ただ、不安になるだけ。また、独りになるのではないかという恐れ。
「地球……貴方はどれくらいの別れを見てきたの?貴方はいつまで別れを見ていくの?
問いかける。だが、返答はない。
「地球……」
目頭が熱くなり、彼女の瞳から大粒の涙が零れた。
――淋しいのはもう嫌。
――独りにはなりたくない。
――でも、二人でいるといつかはまた独りになる。
――それが嫌。
「けれど……私はあの人と離れ離れになりたくない。不安だけど、怖いけれど、独りじゃないもの。今は独りじゃないもの。彼を失いたくないと思う気持ちが何なのか、私には判らない。でも、これがイトシイと言うことならば、いつかは判るのかしら?」
彼女は迷う。今でも判らない『イトシイ』の意味。彼女の感情に『イトシイ』は存在していない。独りで誰かを愛することも愛されることもなかった彼女。そのような彼女に『イトシイ』とは理解できない感情だった。
コツンと水晶を軽く叩く。
コツンと靴音が部屋に響く。
振り返れば、そこに自分を『イトシイ』と言ってくれる青年の姿があった。
ふっと微笑む。
青年も微笑み返す。
ゆるりと立ち上がり青年に抱きつく。
頬から、腕から、身体中から彼の温もりが伝わる。
「――今も怖いわ。貴方がいなくなること。ここから消えてしまうこと。それが怖い。それが『イトシイ』と想う気持ちなの?」
青年は優しく彼女を抱きしめ、穏やかに微笑んだ。
「さぁ?僕にも判りません。けれど、初めて貴女を見た瞬間、僕は感じたんです。ああ、この人のいる所が僕の還る場所なんだ、と」
優しい声。この声を聞いているだけで心が落ち着く。
瞳を閉じ、心に浸透する青年の言葉に耳を傾ける。
二人だけの世界。二人以外誰もいない塔。
「僕には帰るべき場所がありませんでした。誰にも必要とされず、淋しい時を過ごしてきました。けれど、貴女に会って、貴女と共に過ごすようになって判りました。ここが僕の還る場所だと。
――どんなことがあっても、もしも貴女と離れ離れになろうとも、僕は必ず戻ってきます。僕の還る場所は貴女の所ですから」
なんて心地良いのだろう。
なんて懐かしいのだろう。
彼は彼女を優しく抱きしめ、優しく黒髪を撫でる。そこから優しさが伝わってくるようだ。
「…………」
彼女はその優しさをただ黙って受け入れる。彼の言葉を反芻する。
(還る場所……かえる……)
「私も――」
呟いた。
「え?」
「私も言っていいかしら?私も貴方がいる所が、私の還る場所は貴方だと言っても、貴方は困らない?」
彼女の言葉に青年は驚いた表情をし、苦笑して彼女をより強く抱きしめた。声は嬉しそうだ。
「ええ。困りません。むしろ、嬉しいですよ。貴女にそう言ってもらえて。それに比べて、僕は思慮が足りなかったようです。自分の気持ちだけ押し付けて、貴女のように気遣うこともない。駄目ですね、僕は」
「そ……」
そんなことはないと言おうとしたが、次の青年の言葉に遮られる。
「ですから言わせて下さい。僕が貴女を還る場所としてもよろしいですか?」
答えは決まっていた。
「ええ!」
二人は青い惑星を映す水晶の前で強く抱き合ったのだった。
始まりは暗かった。
何もない。何もない。そこには何もなく、ただ闇がそこにあった。しかし、闇の中に一粒の光が生まれた。全てを照らし出すには弱いが、心に明かりを灯させるには十分の光がそこにあった。闇の光があった。
闇が生み出した光。
孤独が孤独ではなくなる。
闇は独りではなくなった。
いつしかそこには多くの人々が集まってきていた。
はっとして、目を覚ます。
―――そこに闇はあった。
身を起こす。
―――光が見えた。
身体をベッドから移動させる。
―――大地の感触。
外に出てみる。
―――空も暗かった。
だが、孤独ではなかった。
「母様、おはようございます」
足下に彼女の娘が走り寄ってきた。
「おはよう。今日も元気で過ごしましょう」
自分とよく似た黒髪を撫でてやり、彼女は娘にそう話しかけた。
「はい!」
元気に返事をし、幼い少女は忙しそうに走り回る。
それを優しく見送り、彼女は空をもう一度見上げた。
空は変わらず暗く、光は輝く恒星ばかり。しかし、そこに孤独な輝きはない。
あれから幾年月。
あの日理解することが出来なかった『イトシイ』の言葉。だが、今なら判る。『イトシイ』が『愛しい』のだと判る。
「離れたくないと思うのも愛しいから。失いたくないと思うのも愛しいから。あの人の傍にいたいと思うのも愛しいから……」
時が過ぎる限り、避けられない別れはある。だが、いつかは還ってくる。いつかは還るのだ。
「そしてその人が還る場所だと思うのも愛しいから」
ね……と小首を傾げて、彼女は濃紺色の石がはめ込められた指輪に触れる。
独りではなくなった闇。いつしか闇に惹かれるようにやってくる同胞達。賑やかになった闇。もう、孤独に震えることもない。
空を見上げる。
暗い。
闇が広がる空。
愛しい。
ここは還るべき場所。
「愛しいあの人がいる場所……」
そっと肩に人の温もりが触れる。
見上げると、そこには彼女を初めて愛してくれた青年が微笑んでいる。彼女も微笑み、青年によりかかる。
孤独はいつまでもついてくる。しかし、それを恐れてはいけない。当然なのだ。孤独を恐れる心も、孤独がくる時も。
人は独りでは生きていけない。傍に誰かがいる。それがどれほど大切なのか、いつかきっと判る時がくるだろう。
「ねぇ、孤独って闇みたいよね。何もない闇の中、あの水晶宮で貴方に会った時、貴方があの地球に見えた。闇の中で輝く青。それが私の孤独を拭い去ってくれた。貴方がいたから私はこうして平穏でいられる」
「僕も同じです。僕も貴女の傍にいられたから穏やかでいられる。貴女に会うまでは、僕も孤独でしたから」
「今は孤独じゃないわね。私には貴方が、貴方には私が、そして私達にはあの子がいるもの。孤独な闇はもういないわ。私達を守ってくれる闇がいるだけね」
微笑む。
好きでも嫌いでもなかった闇が今は愛しい。今は優しい。一人の時と、二人の時、そして三人の時によって闇は違う姿を見せてくれる。そんな闇が美しかった。
今は幼い少女しか足を踏み入れることのなくなった水晶宮で、今でも闇に輝く青き惑星を映し出す水晶だけが、闇の中の青を照らし出していた。
【完】