表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

This is my ×××××.

作者: 水色檸檬

This is my ×××××.



 どこに行ったって、私のやることは変わらないのだろう。

 汚くて、苦しくて、醜くて、笑われる。やっているのは、そんな酷い道に乗ったものだ。理解されないし、されたくもない。決して辞めたくも。

 それは、それでも、


 ――最も素敵な感情だと知っているから。



 ×××××



 撮影現場は温泉だ。旅館付きの、ちょっと豪華なやつ。温泉が主体になっているだけあって、旅館も見合うだけのサービスをしてくる。

 そんな煌びやかな場所でこんな撮影が許されるか、と問われれば、まあ普通なら反対だと思う。ただ、この旅館は私の地元なのだ。上京する前はこの地で暮らしていた。私のコネがなかったら撮影は許可されなかっただろう。


「はぁあ……」


 だからこそ、私は憂鬱に身を毒されているのかもしれない。

 だって、地元じゃん。生まれ育った地じゃん。私がここで撮影したことで、地元の株が下がるかも知れないのに……。

 私が今いるのは、旅館の方。その一室に、控え室――いわゆる簡素な楽屋が用意されていた。メイクボックス、ミラー、着替え用の服と、衣装。その他雑多な小道具。

 一通り見回し、確認。その中にギターがある。誰のだろう、と考えて、すぐに思い出す。プロデューサーさんのだ。

 今回の撮影は長丁場になるからと言われたとき、リラックスに弾いてほしいとせがんだのだ。普段は弾いてくれないから、ちょっと楽しみ。

 漆黒のボディは光沢を放たず、じっと佇んでいる。少し錆び気味の弦は、どこか暖かい傷に見えるのが、なんだか不思議。そこから紡がれる旋律はどのようなものなのだろう。

 その時、ふと風を感じる。

 障子が開きっぱなしで、夏の湿気を運んできたのだ。


「……やだなぁ」


 自然とこぼれた。意識しなくても、この場を嫌っている自分がいる。

 早くプロデューサーさんに会いたいなぁ、なんて。呟いたそれは、やっぱりじめじめした空気に消えていった。

 どうしても気になって、時計を確認する。十三時八分。太陽は夏休みに入らず、笑顔を見せつけている。

 ため息一つ、今度はスケジュール帳を取り出して、今日の書き込みをなぞる。


『プロデューサー到着:二十時』

『撮影開始:二十時半』


 再びのため息。ヤになるなぁー。

 暗くなるまでに顔合わせやら打ち合わせやら、いろいろ詰まっているのに……。

 遅れるのは事情があるから仕方ないし、私もプロだから、できることは自分でやるけど。でも、でも。

 私を一人ぼっちにした罪は深いよ。

 じきにメイクさんと衣装さんがきて、そのあと相手の男優さんとの挨拶があって。


 ……撮影直前まで会えないのかぁ、やっぱり。


 噂をすれば影が立つ。ふすまを開けて、メイクさんと衣装さんがやってきた。

「おはようございます」

 先に挨拶。名前と役名を簡潔に述べ、よろしくお願いしますと付け加える。


「衣装の田中です。よろしくお願いします」


「メイクの村上です。本日も、よろしくお願いします」


 二人の挨拶を聞いて、沈黙が話し出す。

 衣装の田中さんは初対面の方だ。普段お世話になっている方ではなく、もっと、ベテランの。私なんかがいいの⁉ って思うくらいには有名な方だ。

 メイクの村上さんは、デビュー当時からお世話になっている方。当時二十歳だった私よりも年下で、とっても可愛い。今日は純白のワンピースに空色のノースリーブジャケット。出演者の私よりずっとおしゃれさんだ。

 三人でしばらく打ち合わせを行う。

 現場が温泉で、星の瞬く夜に撮影があるので、メイクの仕方を試したり、本日の衣装の魅せ方を考えたり。

 カメラさんが来たらもう一度話し合うことまできちんと決めて、休憩に入ったころには、すでに一時間たっていた。


「意外ですよ、こんな場所で撮影の協力ができるなんて」


 村上さんがはじける笑顔で言う。弱冠二十歳の彼女は、こんな旅館は入ったことがないそうな。


「そう? 売れっ子になったら、もっといろんな場所に行けるわよ。二人の努力があってここまで来たんでしょ。もっと大きな舞台を目指しなさいな」


「さ、流石田中さん……。衣装指導といい、キャリアが違いすぎます。本当に私の衣装担当で良かったんですか?」


「きれいな花を咲かせるつぼみに、水をあげたくなっただけよ」


 おおー、と二人して声を上げる。

 今日の一時間で随分と仲良くなった。その間にわかったことは、田中さんの素晴らしさと、村上さんの成長。

 田中さんは、さまざまな女優さんやモデルさん、アイドルの方の衣装を手がけていて、そのセンスは本物だった。衣装のセレクトをし、「私」と「シチュエーション」に最も合うものを、ものすごく素敵な角度で仕上げて下さった。

 そして、この衣装に合ったメイクを施した村上さんも素晴らしい。約三か月ぶりの撮影で、その間ほとんど会えなかった彼女は、メイクスキルをぐんとあげていた。今までの彼女だったら、「私」に合っても「シチュエーション」には微妙かな……、というメイクをしたかもしれない。何度かプロデューサーさんに言われたことがあるらしい。だけど、ミラーで確認したとき、私は一目で分かった。このメイクは、この衣装に、シチュエーションに、そして私にちゃんと合っている! 今まで以上の実力を身に着けている。――とっても嬉しかった。

 これで今日の撮影に臨めるなんて、私は恵まれすぎている。いつの間にかいやな気持は減って。なんだか不思議な気持ち。ただ、ずっと心には、プロデューサーさんが消えないまま……。



 しばらく談笑し、カメラさんと男優さんとも打ち合わせしていると、あっという間に暗くなった。

 七時ごろにはお腹が減ってきたけど、撮影前なのでウイダーで我慢。一度シャワーを浴び、メイクと衣装で「私」を作る。


「――これが今日の私。これが、今回の、私」


 衣装チェックのあと、ミラーに映ったに言う。悲しげな表情を拭い取ったら、「私」がそこにいた。



 ×××××



「湯加減はいかがですか」


 十五分前に現場入りをし、温泉に似つかわしくない大きなカメラと、マイクと、私服姿のスタッフさんが集う中。私はゆったり足湯を楽しんでいた。


 ――結局プロデューサーさん間に合わなかったのかな。


 そんなことを思っていた矢先。

 噂をすれば影が立つ。

 プロデューサーさんが、温泉までやってきてくれたのだ。


「プ、プロデューサーさん! 心配しましたよ‼」


「ははは、すみません。やはりゲネは疲れますね」


「劇団、リハーサルなんですよね。長引いちゃったんですか?」


 プロデューサーさんは、都内で活動している劇団の団長をやっている。脚本、演出、監督をこなすとってもマルチプレイヤーな方だ。今回の撮影も、事前にプロデューサーさんから演出の支持があり、それに沿って撮影が進む。私たちの業界ではあまり見ないケースらしいから、私は本当に恵まれているんだなぁ、って最近は思うようになった。


「いえ、そんなことは。メンバーは全員優秀ですので、きちんとやってくれますよ。ただ、高速が混み合っていたので」


「プロデューサーさんの舞台……みたかったなぁ」


「撮影とかぶってしまいましたからね。すみません、調整できずに」


「いえ、そんな、」


 そこで気づく。明日本番なら、明日まで続くこの撮影に立ち会えないのでは? それとも、やはり今晩の撮影後、舞台の方に戻るの?


「プロデューサー、さん」


「はい」


「明日はどうするんですか? やっぱり帰っちゃうんですか……?」


 一瞬驚いた素振りをした後、彼は静かに答える。


「いえ、こちらに残りますよ。劇団は優秀な方ばかりですから、きっと大丈夫でしょう。それに」


「それに?」


「今は、あなたが最優先です。一番傷を負うのは、他でもないあなたですから」


 ドキッとする。同時に、はっとする。

 普段出演の依頼や企画があると、「傷つきますよ」と癖のように聞かされた。それはもちろん、私がこんな職をしているからだ。心も体も、汚される仕事だから。

 辞めたい、と思ったことはある。でも、その時は、プロデューサーさんがしっかり支えてくれた。

 仕事に支障が出ないように、じゃない。一人の女子に対する気遣いとして、だ。


 ――こういう仕事は楽しくなくなったら、やめちゃっていいんですよ。


 プロデューサーさんの言葉を思い出す。

 そういえば、なんでこの仕事続けてるんだろう……。

 どうして、この仕事続けてこれたんだろう……。

 今まで三年間この仕事を続けてきて、いろんなことがあったなぁ、とか思うあたり、幸せな環境でやってこれたのだ。きっと。

 だから、悔いはないはず。なのに、わだかまりのような、もやもやした何かが、私を離さない。

 あー、プロデューサーさんの顔見ちゃったからだ。多分。

 もう少しこの人と居たいなんてこと、思っちゃったんだ。


 ――……やだなぁ。


 繰り返す。意識しなくても、この場を嫌っている自分がいる。

 頑張ってやってきたのになぁ……。


「どうしました?」


 プロデューサーさんの声が、現実に引き戻す。


「いえ、あの、……なんでもないので」


「今は、それを考えずに、やってください」


 見抜かれていた。


「――さすがポロデューサーさんですね。ありがとうございます」


「見てますからね」


 その笑顔がずるいんだよなぁ、って。言えないし言わないけれど。いつか言えれば、いいな。

 あー、ダメダメ! 集中!


「そろそろ本番です。頑張ってください」


「はい!」


 精一杯を奏でる。

 本番五分前。たくさんのスタッフさんの顔が、私の顔が、引き締まる。

 今日もまた、「私」を演じる。見届けてくれる人がいるから、私は、「私」でいられる。



 ×××××



 ――本日はお疲れ様でした。また明日もよろしくお願いします。


 定型文を言うことさえ、感情を込める。それくらいに疲れていたし、明日も長丁場になりそうだったから。

 星が笑う丑三つ時。クーラーのきいた裏に戻ったのは、そんな時間だった。

 くたくたの体を引きずって、重くなった肢体がばらばらになる錯覚を覚えながら、やっとのことでついたのだ。

 汗ばんだ肌は、撮影前とは比べ物にならないほどによれよれだ。おばあちゃんかって。若いはずなんだけどなぁ。

 と、唐突に。ドアをノックする音が聞こえる。


「はい」

 誰だろう。プロデューサーさんならいいな。あ、でも、こんな自分を晒すわけにはいかないかな。


「今、よろしいでしょうか」


 プロデューサーさんじゃん!


「はい! どうぞ!」


 反射的に返事。そして一瞬にして後悔がおしよせる。こんな恰好見せられない……。

 こちらの気を知らず、入ってくる。びしっときまったスーツはいつでも私を安心させていたのに、今はざわつかせるばかりだ。


「お疲れ様でした。明日もあるので、今夜はしっかり寝て……、どうしました?」


「え、いえ」


 温泉につかっていたとはいえ、絶賛疲労困憊中。どこか気だるげなイメージが張り付いてしまった。


「本当にお疲れなんですね。すみません、おやすみな――」


「――待ってください」


 とっさにこぼれた。こんなにヘトヘトなのに、自分でも驚くくらいの声が、胸の内からあふれ出す。


「あの、その、」


 かといって、引き留める理由もない。


 ――一緒にいたいから、じゃ通用しないのだ。


「大丈夫ですか? なにか、嫌なことでも?」


 優しい笑み。


「ぅあ……」


 とっさに目をそらす。部屋を見回して、真っ先に飛び込んできたのは、漆黒のボディを持つギター。


「えっと、一曲弾いてほしいんです」


 なけなしの勇気を使って、絞り出す。


「わかりました。リクエストは何かありますか?」


「じゃあ、えっと。……落ち着ける曲で」


 もうプロデューサーさんの横にいられれば、それでいいや。なんだかふわふわしてきたから。


「では、やらせていただきましょう」


 テキパキと調弦(チューニング)

 その横にしゃがむと、微笑まれた。

 そっと息を吸い込むと、滑らかなメロディが響き始めた。

 タイトルはわからない。

 放たれるリリックが英語だから、きっと洋楽だろう。

 でも。ラブソングだってことは、わかる。

 ヴァースが蹴られ、フックが舞い、ギターが歌う。

 心の中にフッと落ちる、温かい毒のような、旋律が。

 メロディが奏でられ、再び心を、その声が占めようとしたとき。



 急に音が止んだ。



 歌が遮られたのだ。

 なぜ。

 誰が。

 いや、わかっている。わかっているのに、これは――



 ――キスしているからだ、なんて。



 体が浮く錯覚。

 麻痺したような感覚。

 何もかもがおかしかった。

 なんで、プロデューサーさんと、キスなんて。

 唇を離し、崩れ落ちる。

 ――崩れ落ちる?

 いつの間に立ったのだろう。

 いつの間に、キス、したのだろう。


「……」


 わからなくて、黙り込む。

 男優さんとはあんなにしたのに。そのほかにも、いろいろしたのに。

 なんでこんなにも強張るのだろう。

 目が合う。

 吸い込まれそうな瞳には、深い魔法が宿っている気がした。


「……男優さんが嫉妬しますよ?」


 いつもの調子のプロデューサーさん。

 でも、一瞬表情を消すと、


「やっと正直になれましたね。おめでとうございます」


 本当に嬉しそうな笑顔をみせて、


「おめでとうございます」


 私を抱きしめた。




 夜は長かった。

 あの後、私は泣いてしまったからだ。

 そして、泣きじゃくりながら、語った。

 これまでのこと、これからのこと。

 ずっとずっと、プロデューサーさんが好きだったこと。

 この仕事を続けてきて、もっと好きになったこと。

 目がはれるまで泣いて、最後には疲れて寝てしまったこと。

 ただただ、溢れる想いを零した夜。

 あの人のぬくもりを、感じた夜。



 ×××××



 時がたって、撮影したDVDが届いた。

 そこの引退インタビューに、私の想いが綴られている。



 どこに行ったって、私のやることは変わらないと思います。

 汚くて、苦しくて、醜くて、笑われる。やっているのは、そんな酷い道に乗ったものかもしれません。理解されないし、されたくもない。決して辞めたくも。

 それは、それでも、


 ――最も素敵な感情だと知っているから。


 だから、これからも、自分のもうひとつの場所で、続けていきます。

 またその時にお会いしましょう。




 あとがき


 おはようございます。水色です。

 先日《小倉奈々》というタレントが引退を発表しました。

 それを聞いて「じゃあこれを書けるのは今しかない!」と思い、かかせていただいたものです。

 彼女の話では、プロデューサーさんがとても優しく、頼りにしていた、と。

 この作品とすごくシンクロしています!

 大学生になってやりたかったのは、この職業についている方たちが、普段は乙女乙女している話です。

 淫らだとか気持ち悪いだとか、そういう言葉を彼女たちに言ってきた人間も、少なくないはずです。

 そんな人に、すこしでも届けばいいな、と思っています。

 今後役者として動き始める彼女は、どうなっていくのでしょうか。

 続編は書かないつもりですので、どうか皆さんが彼女の未来を描いていってください。

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 では、次の機会に。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ