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第一章 似ている二人


「な……一度にこれだけの数を?」


 草士朗の能力は草木を操るモノとはいえ、一度に操れる根の数はせいぜい五本程度だったとリンは記憶している。

 だが現実にはその倍以上の数を同時に操っている。

 力を隠していたということではないだろう。

 むしろ今の草士朗は感情を抑えられずに力を暴走させている状態に酷似している。

 そこでリンは考えるのをやめた。

 答えが出ないからではない。一斉に襲いかかってきた三十近い根をかわすことに、集中せざるを得なくなったからだ。

 一本一本が必殺といかないまでも突かれれば身体に刺さり、叩きつけられれば骨にひびぐらいは入るだろう。それが約三十、しかも蛇のように、読み辛い動きで襲いかかってくる。

 リンはかわした。約三十本の根、全ての動きを読み切り、跳躍と走行でかわす。読み辛いだけで読むことはできる。

 しかし読み辛い以上、かわし続けることにも限度がある。

 先程と同様の方法で根を切り裂くことはできない。これ以上草士朗を刺激すれば、人質同然で捕まっている秋香達に危害を加える可能性がある。


(時間を稼ぐしかない)


 リン一人では秋香達の安全を確保しつつ、草士朗を止めることはできない。両方を同時に為すには、一秒でも長く時間を稼ぎ、異変に気付いた資料館の警備員に力を借りるしかない。

 もちろんただの警備員ではない、対ソウルバディの訓練を積んだ警備員だ。すぐに取り押さえることができるだろう。

 結果として不法侵入したのがバレるという最悪の結末になるが、このままではより最悪の結末を迎えることになる。背に腹は代えられない。

 そこまで考えて、リンは一つの疑問を覚えた。


(なぜ……私や秋香を含め、五人も侵入を許した?)


 この状況を直ぐにでも取り押さえることができる能力を持った者達だ。それほどに優秀なのに、どうして侵入者を五人も出している? 考えられないミスだ。

 リンと秋香は防犯カメラの位置を把握して侵入したが、よくよく考えれば防犯カメラの位置を把握した程度で容易く侵入できるほど警備が緩いわけでもないだろう。

 ここは世界的に名の知れた場所なのだから、隠しカメラもあるであろうし、警備に向いた能力を持つソウルバディも居るはずだ。

 しかもこれだけ騒動になっているにも関わらず、警備員が来るどころか、警報装置が鳴りもしない。それはどう考えてもオカシイのではないだろうか。

 今後の事を考えれば、その事に気付けたのは良かったかもしれない。だがそうやって考える余裕ができた理由に、リンは気付けなかった。

 一斉に襲いかかってきた『約二十本』の根を後ろに跳んでかわす。


「あ、しまッ……」


 両足で着地後、襲いかかってきた根の数がオカシイことに気付くが遅い。

 足元の地面が割れる。なんてことはない、花壇から根が飛び出したように、地面を割って根が飛び出してきただけだ。石で舗装されているからと油断していた。

 かわそうとするが逃げ場はない、なにより足場を崩されたことで体勢を崩している。せいぜい身を捻ることが限界だ。

 足を、腕を、腰を、首を、他にも色々と巻き付かれ、身体を下から持ち上げられる。

 浮遊感、身動きが取れない。リンは全身に心波を纏わせ、手刀の時と同じように、身体に巻き付いた根を切断しようと考えるが、リンが実行するより早く根が動いた。

 視界が反転、間を置かず全身に走る衝撃と痛み。頭を強打したのか視界が明滅を繰り返す。背中に壁の硬い感触を感じることから、壁に叩きつけられたことを漠然と理解する。

 全身を確認。拘束された状態で地上から七メートル程離れた位置で壁に押し付けられている。

 さらに鋭く尖った先端を向けた根が、リンの視界を埋め尽くさんばかりに展開されていた。

 草士朗の号令一つでリンの身体は穴だらけになるだろう。

 数秒後に現実になるかもしれない死のイメージ。それを事も無げに振り払い、リンは現状を打開する方法を必死に考える。

 それは異常だ。異常なまでの切り替えの速さだった。

 数秒後、いや、数瞬後には死ぬかもしれない状態でその死のイメージをどうして振り払える。何をしようと手詰まりの状態で、どうにかできないかと何故考えられる。頭をぶつけて気が狂っているわけではない。


(このままでは終われないんだ。それでは、あの時の私と何も変わっていない)


 今の彼女を突き動かすのは、トラウマとも言える心に刻まれた深い傷だった。

 リンの脳裏で記憶のフラッシュバックが起きる。

 診察台に固定された子供、血だらけの少年、戦地に赴く青年。どの記憶も、リンはただ泣きながら見ているだけだ。

 何もできずに死ぬかもしれないという現実が、何もできなかった忌々しい記憶と重なる。

 直面している現実より深く、身体に巻き付いた根より厳しく、リンの心が締め上げられる。


(眼になると、手足になると、力になると、誓ったんだ!)


 心的苦痛が死の恐怖を跳ねのけ、理性を保たせる。忌々しい記憶を打ち破るという執念が原動力になる。だが、リンの決意が実を結ぶ前に事態は動く。


「ガ、ガ害ちユウは駆除、駆除駆除駆除駆除く除くじょくじょくじょくじょくじょ!」


 最早言葉になっていないが、草士朗はぐらりと身体を揺らしながら腕を振り上げる。

 号令が発され、根が動く。

 初速の段階でリンは全身の表面に高濃度の心波を流し、実体化させることで急所だけでも外そうと試みる。

 結果として、それは無駄に終わった。

 根は僅かに動いた後、動きを停めていた。停止していた。凍結していた。

 表面を極薄い氷の膜のようなモノに覆われ、動きを止められている。

 目前の根だけではない。リンを縛る根も、秋香達を縛る根も、同様に凍結していた。

 リンの身体には何も起きていない。多少の冷たさは感じるが、それは凍った根が押し付けられているからに過ぎない。

 そんな限定的な、あり得ない凍結、ソウルバディの心能力だ。

 広間に繋がる通路から足音が聞こえた。誰かが来る。聞こえる足音は一つ、ゆえに警備員ではない。もしそうなら集団で押し寄せてくるため、足音はもっと騒がしくなる。

 ならば六人目の侵入者だろう。もう五人も侵入者がいるのだ、今更六人目が来たところでリンは驚かない自信があったが、広間に現れた人物の顔を視て、心底驚く羽目になった。


 草士朗とは噴水を挟んで反対側にある通路から現れたのは、女の顔をした男だった。左手にはサブマシンガンを持っている。

 顔だけ女で、身体が男というわけではない。身体も男らしいどころか、身体付きは完全に女性のモノである。初見の人間なら百人が百人、女と間違えるだろう。

 しかしリンは間違えなかった。つまり初見ではない、知っている。


「え、リンちゃんがもう一人?」


 珍しく秋香が驚いたような顔と声で言った。

 六人目の不法侵入者はリンと全く同じ顔をしていた。並び立てば鏡でも見ているかのように、背丈も身体付きも同じだ。

 眼と髪の色や、胸の大きさ、性別による学生服の違いなど異なっている点は多々ああるが、リンが男装をすれば男のようになり、男が女装をすればリンのようになる。そんなことを思わせるぐらいに、二人は同一だった。


「ヴァ……ヴァイ?」


 おずおずとリンは呼びかける。色んな感情がごちゃ混ぜとなり、困惑した声色になったが、確かに呼びかけた。

 この場には居ないはずの、知らぬ戦場で戦っているはずの者の名を。


「……」


 返事は無い。だがヴァイで間違いない。つまりは無視だ。

 リンは胸に痛みが走るのを感じながら、二の句を告げずにその背中を視る。無視されて当たり前だ。何故なら、


(ヴァイは……私を怨んでいるのだから)

「マスター、よろしいのですか?」


 ヴァイの右斜め上に小さな少女が現れる。首に包帯を巻いた、人形のように美しい少女だ。

 ソウルバディで間違いない。リンの記憶には居ない人物だ。


(それに、マスターって……)


 ヴァイのソウルバディなのだろうか? 疑問と共に、リンの心がざわつく。


「アレとは関わらなくていい。何も聞くな、何も言うな」


 ヴァイが冷たく言い放つと、人形のような少女は口を閉ざした。主従関係が眼に見えている。


「そこの男リンちゃんがストッパーってわけなのかな?」


 凍結した根に縛られたまま、秋香がヴァイに話しかける。

 六人目の不法侵入者の登場に全く動揺しておらず、物怖じした様子もない。

 まるで、こうなることを予想していたようだ。


「ストッパー? 何の話だ? ああ、成程……そういうわけか」


 何か頭の中で繋がる部分が有ったのか、ヴァイは一度頷く。


「当たりならさ、とりあえずこの根っこを生やしている男の子、草士朗くんを止めてほしいかな。ああ、息の根止めたら駄目だからね。根っこだけに」


 そう言われ、ヴァイは噴水越しに草士朗を視た。ギャグは豪快に無視している。

 草士朗は根が凍らされた時に、同じように動きを止めていた。凍結したわけではない。


「オ前もガイ虫だ。ユルサナイ、僕の家族ヲ傷つケる奴は絶対に! 許さナイ!」


 怒りのあまり、思考が停止していたに過ぎない。

 草士朗が腕を振り上げる。

 凍結されているモノとは別の根が花壇や地面から再び生える。その数は四十を超えていた。


「感情の暴走、いや、ソウルバディの暴走か」


 ヴァイは迫る脅威を冷静に見据える。

 この程度の脅威、ヴァイからすれば日常茶飯事の光景だろう。

 対ソウルバディを想定して『訓練』をしている警備員とは違い、彼はソウルバディを扱う犯罪者達との『実戦』を常日頃繰り返している。


「マスター、この場、このタイミングでソウルバディの暴走、偶然とは思えません」

「同意だ。まずは事態を納める。……慣らしにはいいかもしれんな。行くぞ、ドライ」


 慣れを感じさせる切り替えの速さ。実戦慣れした立ち振る舞い。


「了解しましたマスター。私を使ってください、私を振るってください、私を繋げてください」


 ドライの身体がヴァイの中に溶け込む。

 直後、その身体に変化が起きる。

 右腕は氷の鎧に包まれ、右頬に雪の結晶の入れ墨が浮かび、右の瞳が蒼く染まっていく。

 最後に人を一人完全に覆い隠せる巨大な盾が現れた。






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