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第一章 花木草士朗


 男の悲鳴、それも二人分の声が聞こえた。

 リンと秋香は悲鳴が聞こえた方向に視線を向ける。

 だが人影は無い。花壇から『直径三十センチ近い太い根』が伸び、虚空で『何か』に巻き付いているかのごとく、とぐろを巻いているだけだ。

 その光景に驚いていると、花壇から更に二本の根が生え、リンと秋香に向かって物凄い速さで伸びてきた。

 リンは後ろに跳び離れることでかわしたが、秋香はかわすことができなかった。 


「あっ、くっ!」


 さながら蛇が獲物に巻きつくように、秋香は全身を根で縛られて動きを封じられた。


「って、うわわ! あーれ~」


 その上で根に持ち上げられ、天井付近まで吊り上げられる。


「ちょ! 高いよ! 地味に怖いよ!」


 相手を拘束するという点において、高さはそのまま拘束力に繋がる。暴れたらそのまま落とされるかもしれないという恐怖に繋がり、恐怖は冷静さを失わせるからだ。

 資料館に仕掛けられたトラップではない。リンはこの現象を知っている。

 これはソウルバディの心能力だ。草や花を自在に操る能力。根を肥大化させ、生き物のように操るのも心能力の一部だ。

 そのソウルバディを物質化させている人物も知っている。


「秋香! くっ、草士郎そうしろう! どこにいる! 秋香を解放しろ!」


 リンが叫ぶ。その声に応じたわけではないだろうが、一人の男が広間に姿を現した。三心教高校の学生服を身に纏った、線の細い男だ。右腕には蔦が巻き付いている。

 リンと秋香の助けに入った四人組の一人だ。名前は花木はなき草士朗。


「あれ? 草士朗くんなんだ? まぁいいや、やっほー、こんばんわー」


 意外そうな声を上げ、根に縛られたまま秋香は挨拶する。

 いきなり縛りつけられてこの反応である。いや、この普段通りの姿勢が秋香の強みなのかもしれない。


「こんばんわ秋香くん。だけど、用事が済むまで静かにしてくれないかな?」


 剣呑な場の空気をブチ壊す秋香の発言に、草士朗は気勢を削がれた様子もなく静かに返した。

 秋香のクラスメートである以上、そういう発言に慣れていてもおかしくはない。


「用事って、草士朗くんの用事? それとも……『三心教高校から頼まれた用事』とか?」

「三心教高校から頼まれた? なにを言っているんだい? 僕自身の用事に決まってるだろう。秋香くん、普段から思ってるんだけど、君はたまに意味のわからないことを言うよね」


 秋香の問いに、呆れた表情で草士朗は答える。秋香はアレ? と首を傾げる。


「用事を済ませる前に、秋香を解放してもらおうか」


 いつも通りの秋香とは違い、リンは草士朗を睨み据えた。普段の穏やかさは消えている。


「それはできない。できればリンくんも静かにしていてほしい。大丈夫、すぐに済ませるよ」

「何をどう済ませる気だ? そこの『見えない』者達に何をする気だ?」


 リンの視線は虚空でとぐろを巻く根に向けられている。


「それは聞くまでもないことじゃないかな? 君達もいい加減に姿を見せてほしい」


 草士朗の視線もリンと同じ虚空に向けられる。

 反応は無い。草士朗が右腕を軽く上げる。

 リンを捕えられず、そのまま地面に横たわっていた根がその動作に合わせて起き上がった。


「本当に何もないか確かめるために……叩きつけるよ? それとも、貫く方がいいかな?」


 根の先端が虚空に向けられる。鋭く尖っているわけではないが、殺傷力は十分にある。


「ま、まってくれ!」


 恐怖の色が混じった声。虚空だった空間が歪む。

 三心教高校の学生服を着た男二人が、背中合わせの状態で姿を現した。

 秋香と同様に根に縛られている二人をリンは知っていた。放課後、秋香に罵詈雑言をぶつけた野球部だ。そう簡単に忘れられる印象ではないため、顔もしっかり覚えていた。


「姿を消せるソウルバディか。植物を使う僕が言うのはアレだけど、陰険だよね」

「う、うるせぇ! 底辺クラス! こんなことしてただで済むと思ってんじゃねぇだろうな」


 草士朗の失笑混じりの挑発に、顔を真っ赤にして野球部の片割れが叫ぶ。どうやら彼が姿を消せるソウルバディを物質化していたようだ。


「うわ、前時代的なセリフだ」

「ただで済ませる気は無いよ。君達にはそれ相応の罰を受けてもらう」


 草士朗の眼に冷たい光が宿るのを、リンは見逃さなかった。

 何をやろうとしているかは容易に想像がついた。昼間の仕返しだろう。

 だが資料館で、クラスが疑われている時にそれをやられるのはまずい。止めなければ、最悪の事態になる。


「草士朗、仕返しなら秋香は必要としていない。そんなことをしても……」

「リンくん、君は半分だけ勘違いしてる。これは仕返しだけど、秋香くんの仕返しじゃない」


 リンの言葉を遮る形で草士朗が言う。


「なら、誰の仕返しだ?」

「花」


 短い言葉だった。その場に居た全員が言葉を失う。

 リンは思い出す。草士朗のソウルバディの動力源、それは草花に対する『愛情』であることを。


「ペチュニア、マーガレット、ロベリアの計23本。君達が踏み潰した花達だ」


 ソウルバディの動力源となる心波は、心と感情がエネルギーとなったものだ。これを受け取ることでソウルバディは活動し、接続することで人知を超えた能力を発現する。

 だが心派はその時々によって変質する。常に同じ心と感情を抱くことができないように、心波の質は変動するのだ。

 そして、どのような心や感情から発せられる心波でも、同じエネルギー効率でソウルバディは受け取るわけではない。

 もっとも効率の良い心波が個体別で定められている。もちろんそれ以外の感情によって生まれる心波でもエネルギー源となるが、発揮する能力は著しく弱まる。

 草士朗を例に上げるなら、草木に対する愛情が彼のソウルバディにとってもっとも効率の良い心波となり、強大な心能力を発揮することができる。


「僕が踏み潰されるのは我慢できる。友達が踏み潰されるのは、許せないけど我慢できる」


 もっとも効率の良い心波は、そのままソウルバディの形を示している。

 草木に対する愛情がもっとも効率の良い心波ならば、そのソウルバディは草木に対する愛情に重きを置いて物質化されたソウルバディとなる。

 ソウルバディとして物質化されるぐらいだ。草士朗の草花に対する愛情は常軌を逸している。


「でもね、花は駄目だよ。それだけは許せないし、我慢できない」


 草士朗にとっての聖域、誰にも踏みにじられたくないモノ、それが花だ。


「君達は雑草よりも煩わしい害虫だ。草花を食べてへし折る害虫だ。なら駆除しないといけないよね。そうしないとまた花が潰れる。それだけは絶対に許さない」


 普段は心穏やかな草士朗だが、草花に対してはその性格が一変する。

 そのことをリンは知っていたが、ここまで感情的になったのは初めて見た。

 ゆえに、危うさを感じた。そのまま感情が高ぶり続ければ、たかが外れてしまいそうな、一線を超えてしまいそうな危うさを。


「害虫だと? ふざけんな! 害虫以下のゴミクラスがなに言ってんだ!」

「花のために仕返しとか馬鹿じゃねぇの? まさか花が家族とでも言うんじゃねぇだろうな」


 黙っていればいいのに、挑発を素直に受け、野球部の二人は怒鳴り散らす。


「そうだよ。僕にとっては花が家族だ。草木もそうさ、全部僕の家族さ」

「何が家族だ。知ってるんだぜ、お前の家は代々『植物を道具』として使っているんだろ」

「『木は切って木材に、草は潰して薬に、花は挿して観賞に』それが花木の家訓らしいな。そんな家の人間が何言ってんだ、家族とかばっかじゃねぇの、ただの商売道具じゃねぇか」

「そこそこ家の名が知られているのにお前が底辺クラスにいるのも、花を家族とか馬鹿なこと言ってるからじゃねぇのか? 商売道具に家族とか、頭おかしいぜ。ただの植ぶ……」


 言葉はそこで止まった。リンが制止の声を上げるより早く、先端を向けたまま停止していた根が伸び、二人の頭上を貫いたからだ。

 髪の毛が飛ぶ。それぐらい擦れ擦れの位置を通過した。


「草士朗! 止めるんだ!」


 リンはもう一度呼びかける。今のが脅しではなく、怒りで目測を誤っただけなのがわかったからだ。一歩間違えれば顔に傷ができる程度の話ではない。顔に穴が開いていた。


「商売道具なんかじゃない! 家族だ! 僕にとってはかけがいのない家族だ!」


 声は届いていない。草士朗は叫び、訴え、右腕を振るう。


「許さない、僕の大切な家族を侮辱したことは! 絶対に!」


 愛が深く重い分、傷つけられ、侮辱された時の報復もまた重い。

 それ以上喋らせないというように、草士朗は野球部の二人を天井付近まで吊り上げる。

 同時に、次は外さないと言わんばかりに、空を切った根を戻し、しっかりと照準を合わせる。

 野球部が悲鳴を上げる前に、秋香が制止の言葉をかける前に、草士朗が右腕を振り下ろす前に、リンは動いていた。

 草士朗と野球部の間を通るように跳び、宙に浮いていた根を擦れ違いざまに『素手』で両断した。

 力で押しつぶして引き千切ったのではない、切断だ。

 もちろんただの手刀ではない。これもソウルバディの心能力。

 心波を物体に干渉できるまで圧縮し、小指側の側面に薄く鋭く、刃の形に展開させることで鋭利な刃を形成して切ったのだ。


「リンちゃん! 駄目!」


 根を両断した後、音もなく着地したリンの背に、秋香の声が届いた。


「え? 私?」


 制止の声をかけられたことに、リンは驚いて振り向く。

 あの状況下で即時行動したことに間違いはない。

 あのままでは取り返しのつかないことになっていた。

 ならば何だ? 数瞬しか猶予がなかった状態で心波を圧縮、手刀に切断力を持たせる以上のことはできない。

 むしろ、そこまでをあの一瞬でやってのけたことに、リン自身が驚いているぐらいなのだから。

 切断され、地面に落ちた根を見て、ビクリと痙攣するように草士朗の身体が揺れた。


「傷つケたな、僕ノ家族を……傷つけタな。許さナイ! ユルサナイ!」


 ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイユルサナイユルサナイ。

 まるで壊れた蓄音器のように草士朗は繰り返す。明らかにオカシイ。

 いや、その言葉以前に、家族のように愛している花達を傷つけられたぐらいで資料館に侵入、野球部やクラスメートを拘束、傷害沙汰を起こすこと自体が既にオカシイということに、リンは気付くべきだった。

 間違っていたのは行動ではない。行動以前の問題だ、決断内容が間違っていた。切断ではなく、手の平全体に心波を込めて弾くだけで良かった。

 やり過ぎたのだ。

 リンが自分のミスを理解したと同時に、噴水の周りに在る花壇から三十近い数の根が生えた。






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