第一章 人工ソウルバディ
ヴァイはドライの襟首をつまみ、ヒョイと持ち上げ、サラードの前に突き出す。
「まさかこれか? 今回の『専用装備』とは」
「ああ、それがお前の『専用装備』だ。ちなみに、服はオレの手作りだ」
ヴァイが心底迷惑そうな顔で聞くと、サラードは大真面目な顔で答えた。
確かに餌としては使える。放棄した研究所のソウルバディが動いていれば、なんらかのリアクションは有るかもしれない。
しかしこれはないだろう。ヴァイには不満しかなかった。
「はい、ドライはマスターの『専用装備』です」
借りてきた猫のように、おとなしくつままれているドライが肯定する。
「お前は少し黙っていろ」
「専用装備が駄目でしたら、専用の玩具とでも呼んでください。ドライはいかような扱いでもいけます。マスターが望むのなら、にゃんにゃん口調からツンデレ風味まで完備します」
人形のような無表情とは裏腹に、出てくる語呂は豊富である。
「ドライ、命令だ。黙れ、許可するまで発言するな」
ヴァイが命令すると、ドライは復唱することなく口を閉ざした。
「おいおい、あまりいじめてやるなよ」
二人のやりとりが面白かったのか、サラードは今にも噴き出しそうな顔だ。
「お前もふざけるのをやめろ。命令である以上連れて行くが、理由が無い訳ではあるまい」
ドライの存在が自身の生死に関わる以上、ヴァイは真剣だった。
今ヴァイがつまんでいるソウルバディは、どこぞの違法研究所が生み出した『研究物』だ。しかもその研究物のせいで紅葉は暴走状態となり、ヴァイ自身も危うく暴走しかけたのだから尚更信用できなかった。
「話そう、許可も出ている。まずはあの研究所が何をしていたかだが、人工ソウルバディの研究を行っていた。彼女、ドライもそうだ」
ドライに話が向けられるが、彼女は命令通り黙したままだ。
「軍用ソウルバディとは名ばかりの……」
死体人形か。ヴァイは言葉を続けそうになったが、ドライの存在を配慮して口を噤んだ。
「人間が自然と生み出すソウルバディではなく、人工的に造り出すソウルバディ、それが人工ソウルバディだ。ソウルバディは一人に一体という常識を覆すための手法の一つだな」
ソウルバディは人間の心の在り方が反映され、物質化された存在だ。よって複数のソウルバディが居るということは、複数の心を持っていることになる。そんなことはあり得ない。
ソウルバディの軍事利用のハードルを上げる要因の一つだ。
いかに人間側が兵士として優れていても、ソウルバディが戦闘向きでなければ総合能力はかなり落ちることになる。この問題を解消するために様々な研究が行われており、人工ソウルバディは答えの一つとされた。
「増やすことができないなら、後から付け足せば良いという考えの下に行われた研究だが、その製法が人道を外れていたため、心国際法によって禁止された」
人工ソウルバディを生み出す方法。それは死亡したソウルバディを心と感情まで分解した後、複数の心を複合することで製作者の思い通りにデザインした新たな心に、抜き出した感情を与えて新生させるというモノだった。
死体を分解し、良い部分だけを繋ぐのと同義である。
その製法はソウルバディと共に生きる今の世界において禁忌とされ、新たに定められた国際法『心国際法』によって禁止された。
「確か禁止云々以前に、計画として失敗していたと聞くが?」
ヴァイの記憶では、人工ソウルバディは試験段階で悲惨な結果を残していたはずだ。
「正しくは大失敗だ。いくら新生させていようが、他人の心と感情だからな。心波を受け取るための専用ラインを通す時に、心と感情の逆流による暴走が後を絶たなかった」
ソウルバディは人間なら誰からでも心波を受け取れるわけではない。コロナなら紅葉だけというように、心波を受け取る人間は限定される。
それは人工ソウルバディも例外ではない。
「上手く適合できるケースは百人に一人であり、残りの九十九人は暴走している」
人工ソウルバディの心と感情が上手く適合する可能性は約一%、それ以外は暴走だ。
「百回撃って九十九回暴発する銃などシャレにならんな。そんなのは兵器とは言えん、性質の悪いバラエティグッズだ。……どうしてあの研究所は人工ソウルバディの研究を行っていた?」
ヴァイには法を破ってまで、既に失敗に終わっている研究を行う意図がわからなかった。
「これはオレの推測だが、人工ソウルバディの製法を変えることで使えるように改良しようとしていたのではないかと思っている。その証拠にドライと、紅葉に強制接続したソウルバディを調べたんだが、共通する部分が一つ有った」
「なんだそれは?」
「心の構造、というよりは性格が非常に極端だった。感情を一点に集中することで接続時の歪みを減らそうとしたんだろうな。だが、結局は感情に振りまわされてアウトだ」
感情を一点のみに集中すれば、様々な感情が流れ込んで頭がパンクすることはなくなる。だが、今度はその感情に支配され、紅葉のように振りまわされる。
ならば感情を弱めるなり、無感情の人工ソウルバディを造ればいい話になるが、ソウルバディは感情が強ければ強いほど能力が高くなる傾向にあるため、今度は造る意味がなくなる。
無感情に視えるドライにも、何かしらの強い感情が備わっているというわけだ。
研究所内で接続を行った時に感じた痛み、それが関係しているのは間違いない。
「つまり、あの研究所で行われていた研究も失敗に終わったという訳か」
「そう……なるな」
サラードが同意するが、酷く歯切れが悪かった。
「なにか気になることがあるのか?」
「オレが研究員なら、他人がやった研究に毛が生える程度の改良を加えるだけでは終わらない。そんな楽しくないことのために法を破り、命はかけない。だから本命は別にある」
確証は無い、ただの勘だろう。だが元科学者としてサラードは断言した。
「わかった。忠告感謝する」
サラードがそう言うのなら、そうなのだろう。戦友であり親友の言葉にヴァイは頷く。
「オレからの話は以上だ。ドライについてだが、ラインは既に構築されている。ヴァイの心波は既にドライに受信されている状態だ。通常のソウルバディと同じ扱いで構わない」
「待て、使えるのか? 暴走の危険性は?」
ヴァイは驚いてサラードに問い返す。連れていくだけかと考えていたが、本当の意味で装備として使うことになるとは思ってすらいなかった。
「心と感情の逆流現象も認められず、接続による暴走の危険性も無い。初接続時に不具合が出たのは、あくまでヴァイとドライのラインが強制的に接続されたせいで身体が慣れていなかったからだ。もし暴走の可能性があるなら今の段階でヴァイに不調が出ている」
サラードに言われてヴァイは自分の胸に手を当てる。
ドライと接続した時に感じた痛みはもう消えていた。覚えてはいるが、あくまで記憶としてだ。今は感じない。
使用者の命を左右する武器とソウルバディの両方を調整、整備するサラードの知識と技術は疑いようもない。使えるというのなら本当に使えるだろう。
「つまり百分の一の確立を引き当てたことになるのか、運が良いのか悪いのかわからんな」
ヴァイはぼやく。暴走しなかったということに関しては運が良いと言えるが、こんなよくわからないモノを押し付けられるのならそうとも言い切れない。
「こういう言い方は悪いが、オレは良い機会だと思っているぞ。お前にはソウルバディが居ない。客観的に見てそれは大きなハンデだ。お前はそれを逆手に取って戦っているとはいえ、今回の件で改めて実感したはずだ。ソウルバディの力を」
サラードはヴァイを案じて言っているのだろう。それはヴァイも理解できた。
あの時、崩壊する研究所の中、ヴァイ一人では紅葉を、それどころか自分自身さえ生かすことができなかった。成し遂げたのはドライの、ソウルバディの力だ。
正直に言えば使いたくない。新たなソウルバディとして受け入れたくない。今まではソウルバディが居なくても何とかやってこられたのだ。
……これからもそう上手くいくとは限らない。そして一度使ってしまった強力な力の味は……忘れられない。
ヴァイは兵士だ。兵士は力によって生き長らえることができる。力に対する依存度は高い。
「……色々と考えておく。くどいかもしれんが、本当に使えるのか?」
二度目の問いは装備としての問題ではなく、ドライの問題として訊いていた。
ドライは法外の、ヴァイには想像もできないし、知りたくもない研究の対象にされ、ようやく解放された状態だ。にも関わらず、このような刃傷沙汰になりかねない任務に連れていくのはさすがに抵抗がある。
「造られたモノではありますが、私もソウルバディです。心繋がる相手が見付かったのであれば、その方をマスターとして忠誠を誓い、この身体が朽ち果てるまで行動を共にする所存です」
ヴァイの憂いを断つように声を発したのは、サラードではなくドライだった。
氷のように透き通った、見ようによっては純真無垢な幼い眼がヴァイを見つめている。
勝手に忠誠を誓われたヴァイは、その真っ直ぐな視線から顔を反らし、自分の頭を指差しながらサラードの方に振り向く。
付き合いの長い戦友はヴァイが何を言いたいか理解し、
「いや、そういうのではない。これが彼女の素だよ」
ヴァイは洗脳や意識レベルでの刷り込みを疑っていたのだが、どうやら違うようだ。
「今回の同行も彼女からの申し入れだよ。取り調べの最中もヴァイについて行きたい、共に行動したい、彼は私のマスターですからの一点張りだ」
そこまで懐かれるようなことはした覚えがない。では、どうしてドライは忠誠を誓うのか。
「細かいことは報告書に纏めてある。オレから伝えるべき事はこれで全部だが、他に聞きたいことはあるか?」
「紅葉の容態は?」
サラードの説明が終わった後、ヴァイは即座に確認した。彼女の容態については誰からも聞かされていなかった。
そのためヴァイの脳裏には、先程からよくない単語が浮かんでいる。
「人工ソウルバディの分離には成功したが、感情の逆流によるダメージが残っている状態だ。今は眠っているが、いつ目覚めるかはわからん」
生きてはいる。だが、それだけだ。回復するか、悪化するかはわからない。
「……あまり気負うなよ」
黙って話を聞いていたヴァイの肩を、サラードが二度軽めに掴む。
「気負ってなどいない。ただ、あの場限りの臨時隊長だったとはいえ、部下を無事帰還させることができなかった。そのことを反省している。次はやらせない」
「それを気負ってると言うんだ。全く、お前もセンカも切り替えが下手だな」
厳しい表情でヴァイが言うと、サラードは苦笑した。
★
三心教高校へ向かう前に、ヴァイには一時間の自由時間が与えられた。
センカの計らいだろう。その事に感謝しつつ、ヴァイはドライを連れて通路を歩く。
向かう先は紅葉が眠っている治療室だ。絶対安静のため顔を視ることさえできないだろうが、ヴァイは歩みを止めなかった。
ドライは右斜め上空を飛行しながらついてくる。会話は無い。黙れという命令は解除したが、元から喋らない性質なのか口を閉ざしたままだった。
またヴァイも無口であるため、当然会話は発生しない。
そういう点は心と感情が適合するだけあり、似ていた。
「お、ヴァイに……えーと、ドライだっけ?」
病室の前に、まるで待っていたかのようにコロナが浮かんでいた。
「はい、ドライです」
ドライは静かに、されど誇らしげに頷く。ヴァイはコロナに問い掛ける。
「紅葉の傍にいなくていいのか?」
「おうッ、大丈夫だ。もうちょっと離れてもアタシは物質化できる」
特例を除き、ソウルバディは心波を受け取る人間から約五百メートル以上離れると実体を保てなくなる。
だが聞きたかったのはそういうことではない。
「あー、大丈夫大丈夫、アタシが物質化できてるってことは、相棒は平気ってことだ」
無言の返答で悟ったか、コロナがなんでもないというように手を左右に振る。
「ところで直ぐ次の任務に出るんだろ? 気を付けてな」
強気な笑顔だった。
気を遣われている。次の任務へ向かうヴァイに負担をかけないように、コロナが気を遣っているのは明らかだった。
紅葉を守れなかったヴァイに対して何か物申すか、仇を討ってほしいと願ってもおかしくはない。だがコロナはそのどちらもしない。
「ヴァイが戻ってくる頃には相棒も眼を覚ましてるだろうし、一緒に飯でも食いに行こうぜ」
それどころか明るく送り出してくれた。本当は紅葉が心配でたまらないだろう。それでも自分を想って送り出してくれる戦友に、ヴァイは心中で感謝する。
「代金はオレが持とう。紅葉の退院パーティだ」
「おう、楽しみにしてるぜ」
コロナは笑顔で頷いた。
「マスター、発言してもよろしいでしょうか」
会話が途切れたタイミングを見計らい、ドライが許可を取る。
「一々許可を取らなくていい。場の空気さえ読めれば好きに話して構わない」
ドライは直立姿勢で応答し、コロナの前に移動した。そして頭を下げた。
「すみません」
「……どうして謝るんだ? ドライは何もしてないだろ?」
突然の謝罪に、コロナは驚いて訊いた。ヴァイも内心驚きつつ、コロナと同じ疑問を抱いた。ドライは顔を上げ、酷く言い辛そうな表情で口を開く。
「……謝らなければならない。勝手に思っただけです」
ドライが直接紅葉に何かしたわけではない。むしろドライとあの研究所にいたソウルバディ達は被害者だ。
それでも彼女は謝らずには居られなかったのだろう。
同じソウルバディとして、コロナの気持ちが痛いほどわかるのかもしれない。ゆえに謝る必要性がなくとも、ドライは自身の心に従って謝っているのだろう。
沈痛な面持ちで返答を待つドライを、コロナは優しく笑いながら抱きしめた。
「ありがとう」
「! どうしてお礼を言うんですか?」
ドライは抱きしめられ、礼を言われたことに硬直しながらも、辛うじて言葉を紡いだ。
「ドライがいなかったら相棒もアタシも、相棒の戦友も死んでた。だからありがとよ。ドライもちゃんと帰ってこい、マスターと一緒にな」
ドライは抱擁から解放された後、敬礼で応えようとしたが、コロナがその手を掴んで握手の体勢にもっていった。
ドライは困惑した表情になるが、コロナのまぶしい笑顔を視て、頬を吊ったようなぎこちない……それでも本人なりの精一杯の笑顔を浮かべて握手に応じた。
(……死体人形という認識は浅はかだったな)
ドライとコロナのやり取りを視て、ヴァイは反省した。
心が造られ、デザインされていようと、その心は既に彼女の心であり、死体が動いているという認識は誤っている。
まだドライと任務に就くことには、多少の不安が残っている。しかし先程までとは異なり、不信感は薄れていた。
(……あとは、どうなるかだな)
一時間後に出発、日付が変わるまでには到着するであろう三心教高校に思いを馳せた。