エピローグ
朝、秋香とリンは三心教高校の教室でHRが始まるのを待っていた。
「……」
「あー、ほらほら、リンちゃん元気出して」
しかしリンの表情は暗かった。というか半泣きだった。
何かがあったわけではない。昨晩の一件は三心教高校によって完全にもみ消され、一般の生徒は深夜に地震が有り、資料館の一部に被害が出た程度の認識しかない。
秋香とリンに対しては、法子が宣言したように干渉は無かった。
ではどうしてリンの表情が暗いかと言えば、自分が眠っていた間に、ヴァイ達ウィズダムブレインの人間が姿を消していたからだ。ヤナセを確保して、彼らの役目は終わったのだから当然であるが、別れの言葉すらなかった。そのことがショックなのだ。
「大丈夫大丈夫、またすぐ会えるよ」
「……そうなんだが、やっぱりショックだ」
朝のHRを迎える前に、秋香はリンを元気づけようとするが、反応は鈍かった。
「元気だしてこ、ヴァイくんもその方が喜ぶよ」
秋香の言葉に、リンが違和感を覚えたように首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや、秋香が普通の励まし方をしているなと思って」
「何気に酷いこと言ってるよ、リンちゃん」
秋香がガックリと肩を落として見せるが、リンは訝しげな表情を浮かべたままだった。
「ほらー、お前らちゃんと席につけー」
チャイムが鳴り、ほどなくして法子が教室に入ってきた。
普段ならそれでもクラス中が騒いでいるのだが、今日は静かだった。法子の後に続いて入ってきた人物を見て、全員が言葉を失っていた。
ただ一人、ニヤニヤとしている秋香を除いて。
「新しいクラスメートを紹介する。二人共、自己紹介を」
法子に言われ、一歩前に出たのは男子制服を着た女っぽい顔をした長髪の男と、その右斜め上を飛ぶ、人形のような器物的な美しさを備えたソウルバディだった。
なにより生徒達を驚かせたのは、自分達のクラスメートであるリンと瓜二つの顔をしているからだろう。双子よりも似ている。同一とさえ思えるほどに二人は似ていた。
「ヴァイです。こんな時期に入学させられ……ごほん、しましたがよろしくお願いします」
素っ気ない挨拶をして秋香を睨みつける転校生に、ようやく生徒達がざわめきだす。
「え? え? 秋香、どういうこと?」
リンが秋香とヴァイを見比べながら訊いてくる。秋香は必死に笑いを堪えながら、
「これで借りは返したよ。二人が一緒に居られるように、ちょこっと条件揃えてみました」
昨晩、秋香は三心教高校に対して、とある取り引きを持ちかけていた。
それは三心教高校が行う第三世代ソウルバディの発現を手伝うというモノだ。
三心教高校としては、秋香が生徒との間に緩衝材として入ることや、もしも危険な状態になっても同じ力を持っているために止められるという点で悪い話ではなかった。
「おい、何を無茶な事を言っている」
話に待ったをかけたのはヴァイだった。秋香が危険なことをする以上、リンもそこに首を突っ込むのは間違いないからだ。
ウィズダムブレインが今回で手を引く以上、次からヴァイは助けに来れない。そのことが不安なのだ。
「というわけで、そっちとも取り引き」
そこで秋香はウィズダムブレインとも取り引きをした。
自分達を護るように、監視してほしいと依頼したのだ。これもまたウィズダムブレインにとって悪い話ではなかった。第三世代ソウルバディを発現させるという三心教高校の行動を、他の密偵を気にせず間近で監視できるというのはかなりの得だ。
取り引きの裏で秋香がこっそりと『一度きりの人生、学校に行かないとか可哀想じゃないですか』などなどセンカの情に訴えたりもしていたが割愛する。
三心教高校としても、より生徒の安全を確保できるという点でウィズダムブレインと利害が一致した。
かくして取り引きは成立することとなり、ヴァイは本格的に三心教高校に入学することとなった。リンと一緒のクラスである。
「秋香……また無茶苦茶して」
世界の表と裏で名の知れた二つの組織を相手取り、まんまと取り引きを成立させた秋香に、リンはもう笑うしかないという感じで笑っていた。
「でも、ありがとう」
「当然だよ、だって私達、友達だしね」
リンの嬉しそうな笑顔に、秋香は胸の内が満たされるような感覚を覚えて、自然に笑みを浮かべていた。
子供の時に欲しかった人のぬくもりを、秋香はしっかりと感じていた。
「もうどうにでもしてくれ」
クラスメート達に質問攻めされながら、それでも満更でもないような表情を浮かべて、ヴァイは力無く呟いた。
その視線は笑い合う秋香とリンを優しく見守っている。
ドライがそんな彼らを見て、思わず噴き出してしまっていた。
朝の陽ざしの中、騒がしく、日常は変化しながら過ぎてゆく。
次元を超える力を手に入れようとも、彼らが望む限り、日常は続いて行くだろう。