第三章 力と想い
ドラゴンの口の中でソウルブラストを放ち、その巨体が内側から膨らんだかと思うと、そのまま破裂した。
ソウルブラストが秋香に衝撃を与えたのか、はたまたリンの声が秋香に届いたのか。ドラゴンはそのまま元に戻ることなく霧散して消えた。
空中に投げだされたヴァイは何とか着地するが、そのままぐらりと倒れかける。
「ヴァイ、大丈夫?」
接続を解除して物質化したリンがヴァイを支えながら、顔を覗き込む。
「平気だ、それより秋香のところに行ってやれ」
「……ありがとう」
突き放すようにヴァイが言うと、リンは逡巡の後に礼を言い、床に投げ出された秋香に駆け寄った。
それを見ながら、ヴァイは片膝を着いた。色々と限界だった。
「マスター……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない、これ以上はもう無理だ」
傍に浮かぶドライに素直に言い返すと、いたわるように頬を撫でられた。
苦笑しながらも、ヴァイは何とか立ち上がってリンを追う。
リンは秋香の傍にしゃがみ込み、名前を呼びながら肩を掴んで激しく揺さぶっていた。
「おい、心配なのはわかるが、あまり無茶するな」
ヴァイが注意した時、うめき声を上げながら秋香が眼を開けた。
「ううーん、あ……リンちゃんおはぐはっ!」
リンが秋香の頬を叩いた。しかもグーで。ヴァイとドライが驚いて固まる。
よく見るとリンの眼には涙が溜まっていた。
「バカッ! バカッ! 秋香のバカッ! こんな危ないことして!」
「ちょっ! リンちゃんマジで痛いよ! ポカポカじゃなくてボコボコ殴ってるよ!」
リンに連続でグーパンを叩きつけられ、秋香がたまらず悲鳴を上げた。
本人も加減できていないのか、リンは感情のままに秋香を叩き続ける。
「心配……したんだから、無事でよかった……よかったよぉ……」
最後には秋香の胸に顔をうずめ、泣きじゃくり出した。
「ここは普通、私が泣いて許しを請う場面じゃないのかな? ああ……もう泣かないでよ」
秋香がリンの頭を撫でながらあやす。怒るどころか無事で良かったと大泣きされ、珍しく困り果てている。
とても今から仲違いをするようには見えない。
そんな仲睦まじい二人を見届け、ヴァイはその場から離れる。向かう場所はもちろん、広間の隅の方で伸びているヤナセのところである。
「さて、このクソ野郎はどうやってシめるか。ドライ、何か良い方法を提案してみろ、今なら無条件で聞き入れるぞ」
「まずは手足の爪を剥ぐことをドライは提案します」
鬼のような形相で、ヴァイとドライはヤナセに詰め寄った。
★
それからヤナセに人様には言えないようなことをして、人様には見せられない状態にした後、パンツ一丁に引ん剥いて鉄線でぐるぐる巻きにした。
ただ地上まで運ぶ余力が無かったため、そのまま放置することになった。
とはいえ、どう足掻いても逃げることはできないだろう。
ヤナセの回収は他の者に任せることにして、ヴァイ達は地上に繋がる階段を昇っていた。
「泣き疲れて眠るとか、ガキかこいつは……」
その道中、ヴァイがうんざりと呟く。ヴァイに背負われたリンが、静かな寝息を立てていた。
張り詰めた緊張の糸が切れたことや、心能力を酷使した疲れもあるだろうから、起こすに起こせなかった。
「誰かを泣かせたり、わざと泣いたりしたことはあったけど、泣かれたのは初めてだったなぁ」
ヴァイの隣を歩く秋香が、リンの髪を優しく撫でた。
「こんなに胸が痛くなるとは思わなかった……」
もう片方の手で胸を押さえ、力無く秋香は笑う。
「もうするなよ。……次は止めないからな、そのまま潰すぞ、いいな?」
「うっ、胆に銘じておきます」
ヴァイに本気で睨まれ、秋香がうっと息を呑む。
「ならいい。こいつは泣き虫なんだ、心配かけるとすぐ泣くぞ」
「あはは……普段から結構半泣きになること多いしね。というか、いいの?」
秋香がヴァイの顔色を窺うように聞き返す。
「私、裏切ったし、蹴ったし、捕まえたりとかしないの?」
「お前がオレを裏切った場面を見たヤツは居ない。ただ単にお前はマッドなサイエンティストに捕まってしまったと、上には報告するから心配しなくていい」
「そうじゃなくて、ヴァイくんの私に対する仕打ち的な意味でだよ」
思い詰めた眼差しを向けられて、ヴァイは嘆息混じりに言い返す。
「あのな、女に蹴られた程度でギャーギャー騒げるか。それにあの時、お前が止めなければ間違いなくオレ達は死んでいた。むしろオレ達は助けられた、それでいいだろ」
「それは結果論だよ。私が裏切った事実に変わりはない」
「変に律儀だな。わかった、裏切ったことはオレ達に対する貸しにしよう」
「うん」
「だがお前のおかげでリンと向き合えた。そのことをオレは借りだと思っているから、それで貸し借り無しだ。良かったな、すっきり清算できて」
裏切られたことを全く気にしていないということはないが、それよりもリンと仲直りするきっかけを作ってくれたことに対する感謝の気持ちがヴァイの中では遥かに大きかった。
他にも口には出さないが、ヴァイが居ない間の二年間、リンがあそこまで変われたのは秋香が傍に居たことも大きいだろう。そのことについてもヴァイは感謝していた。
「むー……リンちゃんがヴァイくんのソウルバディだということを改めて理解したよ」
このお人好しと、今にも言いそうな顔で秋香が言う。
「とりあえずありがとう。でも、それじゃ私の気が済まない。勝手に恩は返させてもらうよ」
「貸し借りは無いとオレは言ったぞ」
食い下がってきた秋香に、ヴァイはどうでもよさそうに素っ気なく告げる。
などと口論している間に階段を昇り終え、鉄の扉から地上に出る。それからすぐに、ヴァイはリンを背中から降ろして秋香に押し付けた。
いきなりの行動に秋香は眼を白黒させていたが、ヴァイから数秒遅れてそれに気付く。
ヴァイ達を待っていたかのように、男女二人組が眼の前に立っていた。
「お二人とも覚醒おめでとうと言わせてもらうよ」
男の方はヴァイと初日に接触してきた細身の男だ。
パチパチと気障ったらしく拍手をされ、ヴァイは男を睨みつけながら秋香達の前に出た。
「今更何の用だ? お前達が仕組んだことは全部終わったぞ?」
警戒しながらではなく、敵意を向けながらヴァイは詰問した。
「終わりの挨拶とお祝いの言葉を言いに来ただけだよ。第三世代ソウルバディの覚醒おめでとう。その力は君達のモノだ、これから自分のために好き勝手使えば……痛いですよ法子先生」
言葉の途中で法子と呼ばれた女が男を背中から蹴りつけていた。
「お前の言い方はなんか癇に障るから、ちょっと引っ込んでろ」
そうですかと、男は大人しく後ろに下がる。ヴァイはそのやり取りに若干気勢を削がれた。
「……法子先生、夜分ごくろうさまです」
法子に向け、ヴァイの背後から警戒した声音で秋香が挨拶をする。
「まだ私を先生と言ってくれて嬉しいぞ」
心からそう思っているような嬉しげな笑みを浮かべ、法子はヴァイと秋香を視る。
教師として教え子の成長を祝福しているような、喜びの表情が浮かんでいた。
「あまりくどくど説明するのは嫌いだ、端的にいくぞ。私達はお前達の本当の力を覚醒させたが、それをどうこうしてやろうというつもりはない。その力はお前達のモノだ」
「なら、どうして今回のようなことを仕組んだ」
至極当然なことをヴァイは訊いた。目的の無い行動など有り得ないからだ。
「そうあるべき者は、そうあるべき姿になるのが当然だからだ。
お前達は望むにしろ望まないにしろ、他の人間には無い力を持っている。持っている以上、その使い方を教えるのが私達の役目だ。だから教えた。その力を使うか使わないかはお前達が選べ」
ソウルバディの扱い方を教える三心教高校としての役割を果たしただけだと法子は答える。
「ソウルバディはいまだわからないことが多い。だが強大な力は秘めている。そして、それを使うのは人間だ。お前達だ。
次元を超越する力と……自身の心とどう向き合うか、その答えまでは用意できない。お前達が自分で探し出せ。
ただ秋香、お前の教師として……正しいことにその力を使ってほしいとは思う。お前なら力に惑わされることもないはずだ」
「今のご時世、何が正しいなんてわかったことじゃないけ……法子先生蹴らないでください」
余計な茶々を入れた男が、また法子に蹴られる。
「向き合うもなにも、この力は私の一部です。とっておきの切り札として、これから有用に使っていこうと思います。……当面は自在に使いこなせそうにありませんけど」
秋香がハッキリと、最後に不穏なニュアンスを残しながら言う。
法子は不敵に笑う。
「ああ、それでいい。お前の持ち札の一枚として、騙し合いや脅し合いにでも使っていけ」
ヴァイは二人のやり取りを聞いて、色々と勘繰るのをやめた。
どれだけ考えても狙いがわからないからだ。
「付き合ってられん。オレは好きにやらせてもらう。リンとドライにも好きに生きてもらう。次元を超越する力だろうが、所詮は力だ。
そんなモノに振りまわされてたまるか。もう二度と、力に人生を狂わされない。どんなモノであろうと、立ち塞がるなら潰すだけだ」
手を出してきた時に叩き潰せば良い。それが一番シンプルな答えだ。
「お前もそれでいい。兵士として力の本質を間近で見てきたお前は、私よりも大切なことを知っているはずだ」
ヴァイと秋香の答えに、法子は満足そうに頷く。
「力だけではなく、想いも強く持ち続けている限り、これからどんな困難が訪れようとお前達なら乗り越えていけるはずだ。
……お前達の答えが聞けて良かった。私達の用はそれだけだ」
役目は終えたと言うように、アッサリと二人は背を向けて歩きだす。
「すみません、ちょっと待ってもらえませんか」
だが秋香が呼び止めた。その場に居た全員が怪訝な表情で秋香に振り向く。
「私と取り引きしませんか?」
とても良い、見方によっては極悪な笑みを浮かべて秋香はそう切り出した。