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第一章 接続


 音がした方向に振り向けば、棚に置かれた標本の一つが割れ、中身が這い出ていた。

 子犬ほどの大きさで右腕が獣の腕であり、首の後ろに機械のチップが埋め込まれたソウルバディが身体を引き摺るように立ち上がる。

 まるでゾンビのようだとヴァイが感じた瞬間、ソウルバディが紅葉に襲いかかった。

 紅葉は裏拳でソウルバディを叩き落とそうとするが、腕に触れた瞬間、その姿が掻き消えた。


「あ、やば……ぐっ!」


 紅葉が右腕を抑え、痛みを堪えるように呻く。

 その細腕に変化が起きる。先程のソウルバディの右腕と同じ、獣を思わせる腕に変わっていく。


「あ、やだ、私の中に入ってくるな……。ふざけんなああああああッ!」

「相棒!」


 コロナの呼びかけは紅葉に届かなかった。

 彼女は突然怒り狂い、右腕を壁に叩きつけた。


「うわあああああッ!」


 同時に紅葉の全身から雷撃が放たれ、コロナやパソコンを吹き飛ばした。

 突如発生した雷撃、考えられる可能性は一つ、ソウルバディの能力だ。


「まさかソウルバディに『接続コネクト』されたのか」


 左腕を掲げ、吹き飛ばされたパソコンの破片から身を守りつつ、ヴァイは現状を理解した。


 『接続』とは文字通り、ソウルバディと人間が不可視のラインで接続されることを差す。接続を行えば、人間とソウルバディの間で感情の共鳴が起こり、心波を増幅させることが可能となる。

 増幅させた心波はソウルバディを通すことで外部に放出させることができ、通常ではあり得ない現象、『心能力』を発動させることができるようになる。

 紅葉が放っている雷撃もそうだ。


「待て! アタシは紅葉と接続していないぞ!」


 雷撃を避け、コロナはなんとか紅葉に接触しようと飛びまわる。

 コロナと接続することで紅葉が発現できるようになる心能力は炎を操る力であり、雷撃ではない。なにより今の紅葉の状態はおかしい。


「ソウルバディの感情が流れ込んできているのか。紅葉! 怒りに振りまわされるな!」


 サブマシンガンを構えるが撃つことができず、ヴァイは叫ぶ。

 接続を行った場合、ソウルバディが備蓄している感情に影響されることがある。とはいえ、コロナのように元々が自分の心や感情ならば、戻ってきたところで変化は少ない。本来の形に戻るだけだ。


 だが紅葉はコロナとは違うソウルバディと接続を行った。それは他人の感情が紅葉の心に流れ込んだことを意味する。

 他人の感情が流れ込んできたらどうなる? 身に覚えの無い怒りや悲しみ、仄暗い感情が突然芽生えた場合、感情を制御しきれず情緒不安定になるだろう。最悪の場合は性格の破綻だ。

 紅葉が怒り狂っている原因はそれだ。彼女に接続されたソウルバディは怒りの心と感情から形成されている可能性が高い。

 他人のソウルバディが接続されたことで普段感じることのない怒りが紅葉の中に渦巻いているのだろう。

 ゆえに、眼に映るモノ全てに怒りを覚え、攻撃している。


「他人のソウルバディに接続されるなんて、アタシは聞いたことない!」


 コロナが言うように、他人の心と自分の心が接続されるなんてことはまずない。

 しかし眼の前で実際に起きている現象はそうでもないと説明がつかない。


「オレも無いが、実際に起きている以上は否定できん。紅葉! 止まれ!」


 紅葉を取り押さえようと、ヴァイは雷撃の合間を通り抜けて近づこうとする。


「あ……ぐっ!」


 だが突然胸中に鋭い痛みを感じ、ヴァイは動きを止めてしまう。


(なんだ……これは)


 外傷は無いが苦しい。まるで胸の中に針山が埋まっているように痛い。ヴァイは胸の中に宿った異物を吐き出そうと呻くが、痛みや苦しみは無くならない。

 それが自分のモノではない感情だと気付き、ヴァイは手にしているソウルバディを見下ろす。

 手の中に居るソウルバディの姿が薄れ始めていた。それと呼応するように、ヴァイの右腕に変化が起きる。まるで凍りついているかのように、氷の鎧が現れ出した。接続だ。

 爆弾は囮で、標本として置かれていたソウルバディが本命のトラップだと気付くが遅い。

 ヴァイはソウルバディを手放そうとするが、右腕は思い通りに動かない状態となっていた。腕は僅かに揺れるだけで終わり、手放すこともできない。刻一刻と接続は進み、胸の痛みも強くなっていく。

 だが腕を揺らした衝撃で、ソウルバディの首に巻かれていた包帯が解けた。

 包帯の下、首の後ろに機械のチップが埋め込まれていた。

 精巧な人形におもちゃのロボットの部品が使われているような歪さ。本来在るべきではないモノ。

 ヴァイは思い出す。今紅葉に接続しているソウルバディも首の後ろ辺りにチップが埋め込まれていたことを。

 なぜ他のソウルバディ達が動かないのかを考える。

 折り重なって倒れていたソウルバディ達にはチップが埋め込まれていなかったからだ。

 ヴァイは一つの賭けに出る。まだ自由に動く口を使い、紅葉に呼びかける。


「紅葉! ふざけてばかりでミスをするとは、お前は新兵以下の一般人だ! この役立たずの能天気馬鹿野郎! そんなお前から生まれるソウルバディは、さぞ劣悪な性能なんだろうな!」


 少ない語呂をかき集め、慣れない罵倒を必死に飛ばす。


「っ! あああああああああッ!」


 コロナのことを言ったのが効いたか、ヴァイの罵倒は怒りの矛先を定めるのに十分な効果を持っていた。

 無差別に雷撃を放っていた紅葉が、ヴァイ目掛けて雷撃を放ってきた。

 ヴァイは雷撃を避けずに受けた。

 雷撃の直撃を受け、耐えることもできずに壁際まで吹き飛ばされる。

 全身から黒煙が噴き上がり、ヘルメットとゴーグルが雷撃と壁に叩きつけられた衝撃で砕け散った。

 艶の無い白色の長髪が宙を舞い、ヴァイの素顔が露わになる。

 男とは思えない顔立ちだった、驚くほど整ったその顔は『女顔』ではなく 『女の顔』をしている。初見の人間は間違いなく女だと思うだろう。それほどに男っ気が皆無だった。


「かはっ!」


 白色の瞳を歪ませ、ヴァイは息を吐きだす。スーツには多少の耐電性能があったはずだが、想像以上の激痛が身体を走る。

 代わりに胸の痛みが消え、全身を自由に動かせるようになる。

 手元を見れば、ソウルバディの首に埋め込まれたチップがショートし、煙を噴き上げていた。

 やはり埋め込まれたチップが原因で動いていたようだ。それが紅葉の雷撃によって破損した。接続も解除され、半透明になっていたソウルバディも再び物質化される。

 危険性はあるが貴重な情報源でもあるため、ソウルバディをスーツのポケットに押し込む。


「一発分、返させてもらうぞ」


 ヴァイは即座に立ち上がり、左手で拳を作りながら紅葉に向かって飛び込む。

 間合いに飛び込んだ物体に対して紅葉は雷撃を放つ。走る閃光、避けることは難しい。

 先程と同様にヴァイは避けなかった。だが受け方は変えた。首からぶら下げたサブマシンガンを雷撃に投げ込み、避雷針代わりにする。

 その下を潜るように通り抜け、紅葉の前に出る。

 距離は無いに等しい、無防備なみぞおちに向かって拳を打ち込む。

 短い呻きの後、紅葉の身体が倒れ込む。その身体をヴァイは左腕一本で担ぎ上げる。


「相棒、しっかりしろ!」


 コロナが呼びかけるが、紅葉は低いうめき声を上げ、身体から僅かに放電を行い、痙攣を繰り返すだけだ。今は気絶しているが、眼を覚ませば再び暴れ出すかもしれない。

 そちらの方に気を払いつつも、ヴァイは通信機に手を当てる。


「こちらバイセン9、物を入手したが、トラブルが起きたため一時帰還する。医療班の準備を」


 返ってきた通信はノイズだ。通信が妨害されている。


「この段階で通信妨害だと?」


 なぜ今更? という疑問が脳裏を過ぎるが、続けて響いた爆発音に思考が掻き消される。

 爆発音は連鎖的に鳴り続け、止む気配が無い。振動で地面が揺れ始め、肌に触れる空気が僅かに温度を増した。

 研究所の至るところで爆発が起きているのは明らかだ。


「機密保持か。逃げるぞ」

「逃げるって、どうやってだよ!」


 切羽詰まったコロナの問いに、ヴァイは答えられなかった。

 爆発音は徐々に近づいてきており、外へ出るための道は無い。

 いずれこの部屋にも火の手が回ってくるだろう。もしくは部屋自体が吹き飛ぶ可能性だってある。運良く火の手が回ってこず、部屋が吹き飛ばなかったとして、研究所の倒壊と同時に瓦礫に押し潰されて終わりだ。


「だが、そう簡単に諦めるわけにもいかないだろ」


 コロナに、そして自分自身に向けてヴァイは言った。


「白色」


 突如、爆発音に掻き消されることなく、混じりけのない澄み切った声が耳に届いた。


「なに?」


 防弾衣の内ポケットがモゾモゾと動き、先程のソウルバディが顔を出す。


「白色です。怒りも哀しみも喜びも、何もかもが塗りつぶされた白色です。私と……同じ」


 人形の口が動いているような不気味さ。それほどまでに、このソウルバディには感情がない。造られた美貌。まるで氷のような冷たい表情だった。


「おいお前、力を貸せ、ソウルバディ」

「ちょっと待てよ! こいつと接続したら、相棒みたいに暴走するかもしれないんだぞ」

「わかっているが、他に案も無い。なら賭けるしかないだろ」


 ヴァイはコロナの制止の言葉を振り切る。ソウルバディは頷いた。


「……了解しましたマスター。あなたの名前を、私の名前を、ください」

「名前? ヴァイだ。お前の名前は……ドライ、そう『ドライ』だ」

「登録しました。私を使ってください、私を振るってください、私を繋げてください」


 ソウルバディ、ドライは言葉を紡ぎ、その姿をヴァイの中に溶け込ませた。


「ぐっ!」


 胸の中に再び痛みが走る。先程よりも強く深く、身体の芯から凍えるような痛みだ。

 眼に見える変化も現れ出す。右腕が氷の鎧に包まれ、右頬に入れ墨のような雪の結晶が浮かび上がる。

 最後に右眼の色が蒼に変わった時、ヴァイの眼の前に巨大な盾が現れた。

 人を一人、完全に覆うことができる巨大な盾だ。蒼が混ざった銀の装飾が施され、表面からは冷気が漂っている。

 ドライが自身に与えられる感情を最大限に活かす形に変わったのだ。

 不完全な接続ではない、これが人間とソウルバディが心から繋がる本当の接続だ。

 盾は握るだけでは本来の力を発揮しない。動かすには必要なモノがある。感情だ。感情が燃料となり、エネルギーとなり、物質化された心を揺り動かす。

 ヴァイの胸には既に宿っている。身体を突き破ることなく、内側から全身を凍らせるように身を震わす感情が。

 盾の持ち手を掴み、頭上に掲げ、ヴァイは感情を発露させる。


「ああああああああああっ……!」


 喉が裂けんばかりの雄叫び、聞くも痛ましい悲痛な絶叫が木霊する。

 次の瞬間、入口から炎が溢れ、それに呼応するように室内の至る所で爆発が起きた。





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