第三章 千の華
資料館、正面入り口の前で剣戟音が鳴り響く。
センカと両が真っ向から激突していた。
巨体の両が繰り出す大剣による豪快な一撃を、細身のセンカが刀で受け流す。
圧倒的な体格差だが、センカは一歩も引かず、全ての攻撃を刀一本で捌いていく。
「その刀が貴様のソウルバディが、どんな心能力かは知らんが、真っ向からここまでオレの攻撃を受けきった奴はそうそういないぞ」
三十回近く大剣を振りまわしたにも関わらず、息切れ一つせずに笑いながら両が言う。
刃こぼれ一つしていない刀を下段に構え、涼しい顔でセンカは沈黙する。
「惜しいな。それだけの力がある者と、こうして敵対していることが。
なぁ俺と手を組まないか? 俺達の目指すモノは同じはずだ。戦争を終わらせ、平和な世界を作ること、そのためには強い力が必要なんだ。俺達と手を組めば、お前達も傭兵の真似ごとをしなくて済む。
正規軍とウィズダムブレインが手を組めば、世界平和にまた一歩近づけるんだ」
両の説得に対し、センカは拒絶の光が宿る冷ややかな眼差しを向けた。
「我々の目指すモノは同じ? 世界平和? いいや、違うな。全くもって違う」
「……ウィズダムブレインは裏から戦争を途絶する組織ではないのか?」
「ウィズダムブレインは無用な戦火拡大を防ぐ組織だ。戦争の途絶など目指していない。そもそも戦争の途絶など不可能に近い、貴様が言う世界平和など夢のまた夢だ」
困惑する両に対し、センカはハッキリと告げる。世界平和など絵空事だと。
「力で世界は変わらん、抑圧はより強固な反発を招くだけだ。貴様のその方法は間違いだ」
「それでも何もしないお前達よりはマシだと思うがな。しかしそうか残念だ、目指すモノは同じだと思っていたが、俺の勘違いだったようだ。だが安心もした、ここでお前を斬っても世界平和実現の支障にならないことがわかったからな」
不敵に両は笑う。対してセンカはつまらないモノを見ているように嘆息した。
「ヴァイが……部下が言っていたが貴様は本当によく笑うな。そんなに戦いが楽しいのか? それとも人を斬るのが楽しいのか?」
「悲しいな、俺の夢を理解してもらえないことは。
お前は世界平和のために死ね、俺達がお前達ウィズダムブレインに成り変わり、世界を平和に導く」
両が大剣の刃に指を押し当て、皮膚を斬って刀身に血を流す。
「貴様が求めているのは理解ではない。恭順の意だけだろう」
センカが諦めたようにため息を吐く。眼の前の男が全く話の通じない相手だと理解したのだ。
「もはや語り合いは不要。俺達は敵だ、いくぞ!」
センカを押し潰さんとばかりに、凄まじい勢いで両が突撃してくる。
強大な圧迫感と共に振るわれる大剣、先程までと同様にセンカは受け流そうと刀を振るい。
その眼が大きく見開かれる。大剣の刃が刀に触れた瞬間、紙のように刀身が斬り飛ばされたからだ。切っ先を反らすことすらできなかった。
センカが受け太刀を失敗したのではない、両の大剣の斬れ味が異様なほど鋭くなったのだ。
刀を両断したにも関わらず、大剣は狙いを外すことなくセンカの首を刎ねようと迫る。
センカは腰の鞘を抜き放ち、大剣の側面に叩きつけた。
咄嗟の行動だったがそれが功を奏し、頬を薄く斬り裂かれるだけで済んだ。
「そうか、貴様のその大剣は血を吸えば吸うほど鋭くなるのか」
通常、刀や剣は人を斬れば血や脂がつき、刃こぼれもして斬れ味が落ちる。
だが両の大剣は真逆だ。斬れば斬るほど斬れ味が上がる。それが両の心能力。ゆえに部下を斬ったのだ。
そして自分の血を吸わせたことで、センカでは防げないほどの斬撃を放てるようになった。
「これで部下達の死も無駄ではなくなる。お前を斬り、世界平和に近づくことであいつらの死も意味があるものとなる」
「そのような建て前で部下を斬ったか、この外道が。やはり貴様は人斬り、殺人鬼だ。心能力がその証。血を吸えば吸うほど力を上げるなど、貴様にはお似合いだ」
吐き捨てるようにセンカは言って、折れた刀を鞘に戻した。
そして腰から外し、捨てた。センカの行動に両が眼を見張る。
通常破壊されたソウルバディは宿主の中に戻る。しかしセンカの刀は破壊されても消えなかった。それは破壊されてもすぐに元通りになるという心能力から来るものではない。
そもそもこの刀はセンカのソウルバディですらない。ただの日本刀だ。
「まさか、いや、だとしたらお前は……どうやって俺の攻撃を防いでいた」
通常の大剣でさえ、一振りで日本刀をへし折ることができる。それよりも鋭く頑丈な両の大剣をセンカはどうやって受け止めたか。
「斬撃を見切ることがお前のソウルバディの能力だと言うのか?」
半信半疑で両が呟いた。本当の答えはわかっているのに、あり得ないと思っているようだ。
「こんなこと、ソウルバディを使わずとも訓練を積めば誰でもできる」
特別なことは何もしていない、ただ受け太刀をしただけだとセンカは語る。鉄さえ叩き斬る斬撃を、ただの日本刀で受け流しただけに過ぎないと。
「いいや……普通はできない。化け物か」
両が引き攣り笑いを浮かべ、大剣を構えなおす。
今のセンカは手ぶらだ。天地ほどの技量差があれ、素手ではなにもできないと踏んでいるのだろう。
両を見据えるセンカの左眼が唐突に変色した、鋭く光る鋼色に瞳の色が変わる。
その段階で両はセンカに斬りかかっていた。何かをされる前にやる。素早い判断能力だ。
センカの心能力が発動するより早く、両の大剣が脳天に向かって振り下ろされる。
目前に迫る斬撃をセンカは冷静に見据え、両手で挟んで受け止めた。白刃取りである。
「いくら斬れ味が上がろうと、側面まで斬れるわけではあるまい」
「な……に!」
眼の前で起きた現象が信じられないと両が呻く。
「そこまで驚くことではないだろう。こんなこと誰でもできる」
「いいやできない! こんなこと誰でもできてたまるか!」
両が喚く間に、センカの心能力が発動する。
一度発動してしまえば、この至近距離はセンカにとって必殺の間合いと化す。
お互いに両手が塞がっている状態で、センカは右足を両の脇腹目掛けて振り上げた。
客観的に見て細身のセンカが繰り出す蹴りが、屈強な肉体を持つ両にダメージを与えることはできない。
なので、ただの蹴りではない。
センカの蹴りは『打撃』ではなく『斬撃』だった。
両がその巨体には似合わない俊敏さで後ろに跳んだ。避けなければ深手を負うと直感して動いたのだろう。その直感は正しかった。
センカの右足が、スカートから覗く膝から足首にかけての部分が、鋭い刃と化していた。人体の一部が刃物に変化したのだ。
右足だけではない、制服から覗く手足も同様の変化を見せる。
髪の毛に至っては一本一本が極小の刀と化し、センカが僅かに身体を動かす度にジャリジャリと耳障りな音を鳴らしている。
「第二世代か……」
センカの身体に起きた変化に、両は舌打ちする。彼が着ているツナギの腹の部分が横一文字に斬り裂かれていた。避けたつもりが避けきれなかったのだ。
「世界平和を口実に人を斬る貴様に、世界を変えることなどできん」
文字通り全身刃と化したセンカが、現実を教える大人のように静かに告げる。
「世界を変えようともしない輩が何をぬかす! 俺は世界を変える! そのためならば人口の半分さえ斬り捨ててみせる! 俺にはその覚悟が在る!」
小娘にそのような態度を取られ、両は激昂しながら大剣を振り上げる。
「その方法では最後の一人になるまで平和は訪れん。世界平和という甘言に自身も惑わされていることに気付けない時点で、貴様はもうただの殺戮者だ」
だがセンカは既に両の懐に飛び込んでいた。武器を持たない分、センカの方が両より遥かに身軽だからだ。
センカが両の隣を通り抜ける。擦れ違い様に全身の刃による流れるような斬撃を加えながら通り過ぎる。
無数の刀を同時に振るう、常人には到底真似できない技だった。
全身をくまなく斬り裂かれ、両は鮮血を噴き出して膝から崩れ落ちる。
「世界を変えるのは貴様のような勘違いロートルでも、若い連中でもない。新たな力を持った、そう……彼らのような新しい世代の子たちだ」
倒れた両を一瞥することもなく、センカは期待を込めた優しい眼差しで資料館を見上げた。