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第三章 繋がる理由

「眼を覚ましたかバイセン9」

「た、隊長?」


 保健室の中に入ってきたのは、三心教高校の学生服を着たセンカだ。その姿を視て、ヴァイがギョッと声を引き攣らせる。

 彼女の年齢から考えて学生服を着ても別段無理はないが、普段のスーツ姿を見慣れているヴァイには相当な衝撃だったようだ。


「先輩ギリギリセーフっすね、今から殴り込みの手段を話し合うところだったんすよ」

「相棒、病み上がりだからってやる気出し過ぎだろ」


 紅葉が闘争本能丸出しのギラついた笑みを浮かべ、呆れ顔のコロナと共に近づいてくる。


「意識が戻ったか、どうする? このまま休むか? それとも行くか?」


 最後に灰色のビジネススーツを着たサラードが現れたのを見て、ヴァイが不敵に笑う。


「治療を頼む、義手と義足も何とかしてくれ。それとドライとリンの状態チェックを頼む」

「それほぼ全部だな。とりあえず傷を繋ぐ。ちぎれた筋肉を繋ぐから相当痛いぞ、我慢しろ」


 サラードが手術を始める医師のように両手を掲げた。その指先が淡く輝きだす。心波の光だ。

 淡い光を纏ったまま、サラードが無造作にヴァイの身体に触れる。

 次の瞬間、身体中に針を刺し込まれたかのように、ヴァイが苦悶の声を洩らした。

 サラードの指先から目に見えないほどの細い線が伸び、ヴァイの全身に在る傷口を縫っていく。それは治療というより、開いている傷口を無理やり縫い合わせているような光景だった。 

 唇を噛んで痛みを堪えるヴァイの手を、リンがそっと握り締める。


「先輩、痛い時は痛いって叫んだ方が楽っすよ。そしたら今度は抱きしめてくれるかも、きゃ」


 その光景を視て、紅葉がニヤニヤとした表情でヴァイに囁く。


「だ・ま・れ。ところで隊長、どうしてここに? というかその格好は?」


 気を紛らわす意味も含め、ヴァイがセンカに説明を求める。


「正規軍の動きを掴み、強硬手段でここに潜入しようとしていたのだが、三心教高校側から招待が来てな。どうやら三心教高校にとってイレギュラーなことが起きたようだ。その問題を我々に収拾させる腹積もりらしい。

 この格好は他の眼を欺くためのものだそうだ」

「そうなんすよ先輩、もといお兄ちゃん。ちなみに隊長が長女で、サラード主任がパパっす」


 凄い家族構成だとドライが思っていると、センカが頬をほのかに赤らめながら、


「ほ、本当は私とサラードが夫婦役でも……よっ、よかったんだがな」

「いや、オレの歳でお前に手を出したら社会的にギリギリアウトだろ」


 サラードが真顔で言うと、センカの周辺温度がガクッと下がったような気がした。


「そうか、そうなのか、そうだな、そのようだな……このロリコン」

「なんでだ?」


 駄目だこの二人と、ヴァイと紅葉が諦観の眼差しをセンカとサラードに送っている。

 二人のことをあまり知らないドライだが、事情はなんとなくわかった。


「まぁいい、三心教高校から敵の位置は知らされている。後は乗り込むだけだ。そうすればこの家族ごっこも終わらせられる」

「隊長、本作戦に当たり、彼女の同行を許して貰えますか?」


 越権行為なのは百も承知といった態度で、ヴァイがリンを指差してセンカに頼み込む。


「認める。言ったはずだ、現地調達を許すと」


 すると意外にも、センカはそう答えた。まるでこうなることを見越していたようだ。


「同じ世代同士でしか対等な勝負は成り立たないからな。友達を救うというなら尚更だ」


 肝心な部分をぼやかしたような言い方だが、ドライはセンカが何を言いたいか薄々だが理解した。ヴァイとリンも感づいている表情で話を訊いている。

 リンが持つ他を寄せ付けないソウルバディの力。ヤナセの実験対象に同じクラスである草士朗とリンが選ばれたこと。ソウルバディの力を全く使えない秋香の同行をヤナセが許したこと。

 これらが偶然ではなく、一つの真実に基づいて関連付けられているのだとすれば。

 秋香はリンでなければ戦うことも、救うこともできない。そういうことになるのだろう。


「細かい部分は気にするな。とにかく貴様は彼女を導き、当初の任務を遂行すれば良い」

「任務了解」


 僅かながら拍子抜けした顔でヴァイが頷く。するとセンカが苦笑しながら、


「上のことなら心配するな、そこから新たな命令が下りてきているぐらいだ。

 ああ、これは風の噂だが、どうやら我々ウィズダムブレインへの指示権を持たないお偉い連中が新たなウィズダムブレインを開設しようとしているらしい。それは我々の上にとっては具合が悪いそうだ」


 それはそうだ。国家の裏で活動する秘密組織が二つも三つも在って良いわけがない。一つだからこそ、ウィズダムブレインは活動してこられたのだ。

 もしも同じような組織が開設されれば、最悪の場合は戦場で鉢合わせになって揉めることになるだろう。


「自分達が指示権を持てないのではなく、持つ資格が無いということを自覚できないバカモノが今回の真の黒幕と言っても過言ではない。

 そちらの方は今頃、火の手が回っているだろうが、まぁ尻尾を切って逃げているだろう。いずれ首を切らねばならぬほど追いつめるがな……」

「それで隊長、上からの新しい命令とは?」


 愚痴が長くなりそうだと予見したか、ヴァイが話題の方向を修正する。

 センカは笑う。狂気を感じさせる邪悪な笑みだった。


「『我々の有用性を示せ』だそうだ。手段は問わない、全員狩ってしまえ」


 シンプルな命令である。その分わかりやすいし、ヤリやすい。


「くっくっくっ、私達に噛みついたこと涙が枯れ果てるまで後悔させてやるっすよ」

「性根も残さず狩り尽くしてやろうぜ、相棒」

「受けた借りは万倍にして返す」

「むしろ魂ごと身ぐるみ剥いでやりましょう」


 ヴァイと紅葉、コロナが翳りのあるぞっとする笑みを浮かべる。ドライもその流れに綺麗に乗る。

 ニヤニヤと目を光らせながら低く笑い続ける四人にリンがドン引きしていた。


「お前ら程々にな」


 言っても無駄だとわかっているような諦め顔でサラードがたしなめた。


「バイセン9の治療が済み次第、作戦を開始する。各自狩りの準備を怠るなよ」







 センカの宣言からほどなくしてヴァイの治療は終わり、外部との通信担当であるサラードを校舎に残してヴァイ達は出発した。

 向かう先は資料館である。


「ドライ、お前にも借りができたな。いずれ返す」


 その道中、ヴァイは感謝の気持ちを込めてドライに約束する。


「借りですか? その必要はありません、私はマスターの……」


 ソウルバディですからと、いつものように言葉を続けようとしたドライが言い淀む。


「……私はマスターに明かさなければならないことがあります」


 ヴァイの反応を窺うような弱弱しい表情でドライが言う。ヴァイは首を傾げる。


「マスターのソウルバディになった理由です。先程マスターとお姉様に本心を明かし合えと偉そうに言って置きながら、私が本心を隠すのはずるいと思ったので……」


 ドライらしくない、歯切れの悪い言葉づかいだ。


「マスター、私は……罪滅ぼしのためにマスターのソウルバディになりました」


 逡巡の末にドライから言われ、ヴァイは彼女の生い立ちを思い出す。複数のソウルバディから生まれた人工のソウルバディ、それがドライだ。


「この身体に使われたソウルバディ達が最後までやり遂げたかったことを行おうと思い、私を使うことができるマスターのソウルバディになったんです」


 ドライが二人に対してアレほど怒った理由を、ヴァイはようやく理解できた。

 無数のソウルバディの身体を使ってドライは生み出された。

 しかし彼女は、その全ての意思や記憶を引き継いでいるわけではない。ドライにはドライの意識しか無いのだろう。

 そのことがドライを苦しめているのだ。彼女の身体に使われたソウルバディ達が、いったいどんな気持ちで彼女の一部になったのか、ずっと考えているのだろう。


「ですが、それが本当に正しいことなのか、やるべきことなのかはわかりません。彼らはもう喋ることすらできないんですから。これは私の自己満足です」


 だからドライは怒ったのだ。伝え合うことができたのに、それをしなかったヴァイとリンを。

 そのままではずっと後悔することになるのを知っていたから。

 ヴァイが過去に抱いた後悔を忘れられなかったように、ドライも過去の出来事を忘れられずにいる。過去に縛られている。

 それがヴァイとドライが上手く繋がった理由なのだろう。


「私は私のためにマスターを利用した、駄目なソウルバディです」


 ドライがションボリと肩を落とす。自身の身体の一部となったソウルバディ達のために動き、今度はその行為に巻き込んだヴァイに対して罪悪感を抱いている。

 難儀な性格だとヴァイは呆れたが、ドライの話を聞いても嫌な気持ちはわかなかった。

 真面目で不器用で一生懸命なドライの姿を視て、純粋に好感を持てた。


「ドライ、お前のその生き方が正しいかどうかはオレにはわからん。例えオレがお前に自由に生きろと言ったところで、結局はその生き方に戻るんだ。それならそのままでいればいい、自己満足のどこが悪い。満足できない人生なんてクソ喰らえだとオレは思う。

 だからオレから言えるのは、そのまま利用し続けろ。お前がオレに嫌気が差したなら別だがな」

「いえ! そんなことはありません!」


 ヴァイが少しだけ意地悪く言ってやると、ドライが慌てて首を振った。


「ドライ、お前は真面目過ぎだ。罪滅ぼしだろうが、お前が傍に居てくれるなら心強いんだ。だから気が済むまで傍に居てくれ。オレはもうお前を自分のソウルバディだと思っているんだ」


 初めは確かに変なモノをつかまされたと思ったが、この数日間をドライと過ごして、その認識は大きく変わった。

 相棒と呼ぶには早過ぎるかもしれないが、近いモノには慣れた気がする。


「ありがとう……ございます。私も、マスターがマスターで良かったです」


 感極まった、今にも泣きそうな表情でドライは頭を下げた。


「……ちょっとだけ妬けるかも」


 隣で黙って話を聞いていたリンがぼそりと呟く。ヴァイはそんな彼女をジト眼で見て、


「犬猫ではないのだから縄張り争いとかはやめてくれ」

「可愛い妹を追い出したりはしない。ドライ、駄目な姉かもしれないけど、これからよろしく」

「はい、お姉様。それとドライは側室で結構です」


 いつもの本気だか冗談だかわからない無表情で言われ、ヴァイとリンは同時にむせた。


「貴様ら、もうそろそろ切り替えろよ」


 先頭を歩くセンカが呆れた表情で三人に振り向く。資料館はもう目と鼻の先だった。



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