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第三章 第三世代ソウルバディ

 両がヴァイにトドメを刺す直前に、紅い何かが射線上に割り込んだ。

 あまりの速さに秋香は眼で追えなかったが、その人物はヴァイの前に立った。


「セーフって、ところっすかね」


 放たれた弾丸を手にした太刀を盾代わりにして防ぎ、朱髪の少女は言う。

 秋香よりも一つ二つ年下の少女だった。心底楽しそうなギラついた笑みを表情に張り付かせた、陽気さや明るさよりも、攻撃的な印象を強く受ける少女だ。

 三心教高校の学生服を着ているが、ただの一般人ではないだろう。


「増援か、こちらの動きを嗅ぎつけたようだな、ウィズダムブレイン」


 これ以上の銃撃が意味を為さないと悟ったのか、両が拳銃を降ろす。


「正解っす。とはいえ、さっきの膨大な心波がなければこうもタイミング良く来れなかったっすけど」

「紅……葉、どうし……て? ごほっ……かはっ」


 声を出すだけで苦しいのか、ヴァイが血の混ざった咳を吐く。


「定期連絡が来なかったからっす。ほらほら、先輩それ以上喋ったらそのままお陀仏っすよ。サラード先生も来てるっすから、さっさと逃げるっす」


 紅葉が片手でヴァイを担ぎ上げ、両達に無防備な背中を向けた。


「おいおい、逃がすと思うのか?」

「包囲網なら潰してるっすよ」


 言われて両が気付いた。紅葉の制服、そして太刀が血で濡れていることに。返り血だ。


「部下をやったか。一応、十人は居たはずなんだがな……」


 いくら不意を打ったとはいえ、報告どころか助けを呼ぶこともさせずに倒せる人数ではない。


「さっきの膨大な心波のお陰で混乱していたみたいっすから、余裕で潰せたっすよ。さすがにあんたらは無理みたいだけど。つうわけで、ここは一時徹底っす! じゃ! 覚えてろよ!」


 紅葉が太刀を消して片手を軽く上げ、投げやりな捨て台詞を残しながら走り去っていく。


「待て……紅葉……やつらを」

「あのデカイおっちゃん相手に先輩護りながらは無理っす、なんかもうオーラが違うっすよ」


 そんなやりとりを残しつつ、二人は闇夜に姿を眩ませた。

 両もリザも追うことはしない。紅葉の他に敵がいることを警戒しているのだ。

 いくらなんでもたった一人で十人を一瞬で打ちのめすことは不可能だ。


「では秋香くん。卵についての情報を聞かせてもらうよ、僕の研究室でね」

「あーらら、なんだかいけない雰囲気がするお言葉で」


 対して、あくまで自分のスタンスを崩さずに、秋香はヤナセと話をしていた。


「両、場所を移す。警護を頼むよ」

「わかった。リザ、そこら辺で寝てる奴ら起こしてこい。死んでても回収だ」

「了解」


 リザが三人から離れる。両が大剣を消し、油断なく周囲を見渡しながら秋香とヤナセに近づく。そして、いきなり秋香に拳銃を突き付けた。


「嬢ちゃん、妙な気は起こすなよ」

「抵抗しても意味が無いことぐらい、わかってますって」


 秋香が怯えるどころか笑顔で言い返すと、気味悪そうな顔で両に見下ろされた。

 両、秋香、ヤナセの順で三人は移動する。グラウンドエリアを離れ、舗装された道を歩く。

 向かう先は校舎でも寮でもなく、資料館だった。


「じゃあ両、僕と秋香くんは中で色々とするから、警護をよろしくね」

「了解した。研究成果に期待する」


 資料館の前で両と別れ、秋香とヤナセは正面入り口から資料館に入った。

 警備員の姿は無く、秋香とリンが不法侵入した時のように警報装置は作動しなかった。ザル警備だと秋香は思う。

 このような事態であっても、三心教高校は手を出さないようだ。


「ところでヤナセ先生の研究室って、三心教高校が用意した部屋ですか?」


 資料館の奥へ進むヤナセに、秋香は資料館の内装を思い出しながら訊いた。資料館に実験室と呼べる部屋は存在していない。つまり急遽用意したことになる。


「いや、自前だよ」


 ヤナセが答え、資料館の最奥部、何の変哲もない壁の前で立ち止まる。


「行き止まり……じゃないですよね、今の口ぶりだと」


 秋香が言い終える前に、ただの壁だった場所に鉄製の扉が浮かび上がっていた。


「僕の心能力は陣地作成でね。セーフハウスって呼んでいるんだけど、地中に部屋を作ることができるんだ。と言っても、無差別に造れるわけじゃないんだけどね」

(リンちゃんの考えはある意味で当たっていたってことか)


 ヤナセが開けた扉の奥には、地中深くに続く終わりの見えない下り階段が在った。

 心波によって造られた階段は淡く輝いており、ヤナセは明かりをつけることなく降り始めた。

 階段が地獄にでも続いているんじゃないかと躊躇いを覚えたが、秋香も続いた。


「本当に自前なんですね。三心教高校は何も用意してくれなかったんですか?」

「僕はここにファクターとして呼ばれただけだからね。教師という役は押し付けられたけど、基本的には野放しの自由な状態さ。三心教高校側は何も干渉をしてこない」

「干渉してこない? ヴァイくんをここに呼び込んだことは干渉ではないんですか?」

「ああ、彼は本来別件で呼び込まれている。僕に干渉しているのは偶然であり、事故のようなモノだ。三心教高校も彼を僕に向かわせるのはもう少し遅くするつもりだったんだろうけど、計画が狂ったようなんだよね。

 狂ったのは秋香くん、君が彼と接触したせいなんだけど」


 秋香の指摘に、ヤナセは今思い出したかのように答える。

 秋香とヴァイが接触したから、三心教高校の計画に影響が出た。秋香とヴァイが接触したことで変わったことは一つ。ヴァイがヤナセに辿りつくまでの時間が短縮されたことだ。


「三心教高校はヤナセ先生の実験が成功してから、ヴァイくんをぶつけるつもりだったと? でも、それって……ヤナセ先生の実験が成功しても失敗しても用済みなるってことですよね?」

「失敗すれば間違いなくそうなるね。だけど失敗はしない。成功すれば両とその上に居る偉い人達が僕を保護してくれるかもしれないし、大丈夫じゃない?」


 希望論である。自身がかなり崖っぷちであるにも関わらず、ヤナセは楽しそうに話す。


「人生の瀬戸際なのに、どうして楽しそうなんですか?」

「自分のやりたいようにやっているんだから、楽しいに決まっているだろう?」


 自分が、それこそ実験動物のように使われているにも関わらず、ヤナセは幸せそうに笑う。


「ヤナセ先生のやりたいことってなんですか? ヴァイくんは草士朗くんやリンちゃんに取り付けたチップの完成が目的と考えていたみたいですけど、違いますよね?」


 確信を持って秋香は質問した。ヴァイの話を聞いた時、秋香もそうかもしれないと思っていたが、正規軍がバックに居るとなると話は大きく変わる。


「ヤナセ先生が研究所から逃げる時、逃走先が三心教高校だけではなく、正規軍の保護下という別の選択肢が存在していたはずです。

 なのに、実験が終われば身を切られる可能性が高い三心教高校を選んだ。

 正規軍がバックにつくぐらいなんですから、三心教高校より危険が少なく設備もちゃんとした実験場を用意してもらうことぐらいできたでしょう。

 だけど、わざわざ危険な場所を選んだ。その理由と、チップの完成が結びつかないんですよね」


 自分の命より好きな実験、それも人生を棒に振っても良いぐらいの素敵な実験が行えると踏んだからヤナセは三心教高校を選んだ。

 それはチップの完成ではないと秋香は直感する。


「秋香くんの言うように、このチップはここでなくても完成する。でも僕の目的はこれの完成だよ。完成した後、世界中の研究家達が羨む実験ができる……かもしれないんだけどね」

「三心教高校はあなたにそのチップを完成させて、何をする気なんですか? そもそも、三心教高校の目的って何なんですか?」

「三心教高校は僕を利用して卵を孵化させようとしている。僕もそれが目的で来たんだ」

「卵……三心教高校に送られてきた手紙にも書かれていた奴ですよね」


 ヤナセの話を聞き、秋香は卵についての予想が確信に変わったのを感じた。


「ああ、そんな手紙もあったね。だけど、実はあの手紙」

「本当は三心教高校の自作自演なんですよね?」

「なんだ、知ってたんだ」


 嬉々としてネタばらしをしようとしていたヤナセが肩を落とす。

 地下に向かってどれくらい降りただろうか、何の前触れもなく階段が終わる。眼の前にはまた鉄の扉が在った。ヤナセが扉を開けると白い壁で覆われた四角い空間が眼に入った。

 物どころか支柱すらない広間だ。空の倉庫のようにも見える。部屋の高さは五十メートル近く在り、奥行きはそれ以上に在った。どこか現実感に乏しい空間だ。

 ヤナセが広間に入り、秋香も空間の独特な威圧感に怯みながら後ろをついて行く。


「今思えば、あの手紙はヤナセ先生の存在とその目的を仄めかせた内容でした。あの手紙は脅迫状なんかではなく、私とリンちゃんをヤナセ先生の所まで辿りつかせるためのヒントですね」

「正解。一通目の学生が出した爆破予告は計算外だったけど、本来はあの二通目だけを出すつもりだったそうだよ。そして秋香くんとリンくんを僕まで辿りつかせるのが本来のシナリオ」

「それが卵の孵化に、ソウルバディの心能力の覚醒に繋がるんですか?」


 秋香は事の核心に触れる。あまり知りたくはなかった事実に、秋香はもう辿りついていた。


「話が早くて嬉しいよ。ところで君達のクラスは能力的にとある問題を抱えた者達の集まりとされているけど、君達自身はどういう認識をしているのかな?」

「……草士朗くんの心能力は、彼自身はやったことはないと言っていましたが、薬物の素になる危険な植物を生み出すこともできる。その力の使い方を誤れば、悪い奴らに悪用されてしまう。他のみんなも、そういう使い方を誤れば大事件に発展するかもしれない心能力を秘めている。

 だからそういうことが起きないように、正しい心能力の使い方を教えるために、私達のクラスが存在していると考えています。私は例外ですけどね」


 最後に一言、皮肉気に秋香は付け足した。秋香の説明にヤナセは満足そうに頷き。


「大外れだよ。やっぱり何にも教えてないみたいだね。正しい心能力の使い方を教える? 教えるも何も、君達はまだ本来の心能力を発現させてすらいない」


 本来の価値をわかっていない者に対する憐れみの表情をヤナセは浮かべた。


「卵……それはやはり新たな世代のソウルバディの卵ということですか?」


 卵とはそのままの意味だったのだ。

 これから新たに生まれる、現存するソウルバディには無い、別次元の力を秘めたソウルバディの卵のことを差していたのだ。

 だからヤナセも危険を冒してまでここまで来たのだ。新世代のソウルバディという、研究者にとっては貴重なサンプルを間近で見るために。


「現存するソウルバディは現象発生型と肉体干渉型に別けられている。前者が第一世代、後者が第二世代のソウルバディとも言われているね」


 第一世代は雷を放ち、物体を凍らせるような『現象』を発生させるソウルバディのことを言う。

 第二世代は人間の肉体に『干渉』するソウルバディを差している。


「その別け方でいくと僕が造った、君達がドライと呼んでいた子は現象干渉型、第二.五世代だと僕は位置づけている」


 そしてソウルバディの心能力は世代によって大きな差が出る。

 第二.五世代のドライが、現象発生型の第一世代ソウルバディだと思われるドーブの心能力を一方的に封じたように、心能力の性能差は歴然となる。

 それこそ各国が奪い合い、政治的な取り引きに利用するほどにだ。


「そして、君達のクラスは第三世代のソウルバディ、次元干渉型の心能力を持っている」






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